第4話 姉須戸・トンプソン・伝奇とアイアンドッグと暗殺蔓


「おや、新たなモンスターが向こうからやって来るようですね」


 配信視聴者達にモンスターについて解説しながらダンジョン探索を続ける姉須戸。

 進行方向からカシャンカシャンと軽快なリズムの金属音が、姉須戸の方に向かってくる。


「あれはアイアンドッグですね」


『みたまんまの名前。草』

『あいつかあ』


 姉須戸の前に現れたのは金属でできたドーベルマン。

 姉須戸の姿を認識すると、足を止めてグルルと唸る。


「ガオオオオッ!」

「おっと!」


 アイアンドッグは間合いを測りながら姉須戸の周囲をグルグルと回っていたかと思うと、噛みつこうと飛びかかってくる。


 姉須戸は腰を落とし、膝を曲げてステッキを上段に構えており、飛びかかってきたアイアンドッグを杖で叩き落とす。


『むっ? あの構えはっ!?』

『知っているのか!』

『バーティツと呼ばれるイギリスの紳士が杖を使って暴漢と戦う格闘術に似てるな』


 姉須戸とアイアンドッグの攻防をみていた視聴者達の一人が姉須戸の杖の構えをみて流派を言い当てる。


「はい、バーティツと錫杖術を学んでおります。さて、改めて襲ってきたのはアイアンドッグと呼ばれる金属の犬です。モンスター学ではアイアンスネークと同じ種目とされています」


 アイアンドッグはまた姉須戸の周りを彷徨いて死角から攻撃しようとするが、姉須戸は杖でアイアンドッグの攻撃を防ぐ。


『凄いな、全部あしらってる』

『あの杖も特注品か? 何度も金属の犬を殴ってるのに曲がりもしないぞ』

『合気道も学んでね? 力の流し方が綺麗なんだけど』

『アイアンドッグの攻撃方法は噛みつきや爪、体当たりのみか?』


「お、いい質問ですね。アイアンドッグの攻撃方法は基本的には視聴者さんが言ったように噛みつき、爪による引っ掻き、金属の体を活かした体当たりがメインです」


 ガンガンと金属同士を叩きつける音をダンジョン内に響き渡らせながら、姉須戸は配信視聴者の質問コメントに返事していく。


「アイアンドッグの攻撃で一番気を付けないといけないのは───魔法の楯マジックシールド


 解説の途中、アイアンドッグが大きく口を開けたかと思うと、黒い液体を姉須戸に向かって吐き出す。


 姉須戸は咄嗟に呪文を唱えると、ネオンのような光の円形魔方陣が展開されて、黒い液体から姉須戸を守る。


「はい、今のがアイアンドッグの特集能力とも言われている油の吐息オイル・ブレスです。下手に目に入ると大変ですし、液体がまかれたエリアはとても滑りやすい上に可燃性が高いです」


『これで酷い目に遭った』

『仲間が盛大に転けて、尾てい骨骨折した』

『火花で引火した』


 アイアンドッグの油の吐息オイル・ブレスについて姉須戸が解説すると、探索者と思われるアカウントがアイアンドッグの油の吐息オイル・ブレスで酷い目にあった体験談を書き込んでくれる。


「視聴者さんも言っているように、火花で引火するほどの可燃性の高い粘液なので気をつけてください。油の吐息オイル・ブレスは一回限りなので、使用した後は警戒しなくてもいいです」


『それは知らなかった』

『今戦ってるアイアンドッグも、もう吐き出す気配ないね』


 アイアンドッグは一度油の吐息オイル・ブレスを吐き出してからはずっと噛みつきや爪の攻撃を繰り返すだけだった。


「アイアンドッグは体が金属で出来てるので、剣で斬るよりも鈍器などで叩くのが有効です」


 姉須戸はそう言って攻勢に出ると、杖で何度もアイアンドッグを叩いて、金属の体を歪ませていく。


「腕に自信があるなら、このように口の中や目突きも有効です」

「ギャンッ!?」


 姉須戸は杖を槍のように構えると、腰の入った鋭い突きでアイアンドッグの片目を貫く。

 それが止めとなったのか、アイアンドッグは霧散化して消えていく。


「アイアンドッグのドロップ品は、アイアンスネークとほぼ同じで金属の皮膚や歯車です。あと油の吐息オイル・ブレスを吐く前なら、オイル袋と呼ばれる素材がドロップする可能性があります」


『まじでっ!?』

『アイアンドッグの買い取り表にはその名前あったけど、みたことなかったのそれが理由か』

『今度戦う時は油の吐息オイル・ブレス吐かれる前に倒さないと』

『勉強になるなー』


 姉須戸がアイアンドッグのドロップ品について解説すると、探索者達が騒ぐ。


「さて、探索を再開しましょうか」


 アイアンドッグとの戦闘を終えた姉須戸は軽くインバネスコートのホコリを払うと、ダンジョン探索を再開する。


「おや、もう次の階層ですか」


『Fランクダンジョンだからなあ』

『ランクの低いダンジョンはフロアも広くないし、階層も少ないからな』

『逆にCからはめちゃくちゃ広い』

『噂ではAランクは北海道クラスの広さとか?』

『え? 俺は大陸クラスって聞いたぞ?』


 アイアンドッグとの戦闘から三十分も経たない内に姉須戸は次の階層に続く階段を見つける。


 コメント欄ではダンジョンランクごとの階層の広さや深さに関してのコメントが次々と書き込まれていく。


「まだ探索時間に余裕があるので次の階層に挑みますね」


 姉須戸はそう言うと、階段を降りていく。


「次の階層は森エリアですか」


『いろんな人の配信みてるけど、この物理法則無視した世界には慣れない』

『ダンジョンが生まれた初期は物理学者とか発狂してたもんな』

『生物学者も環境や分布図がおかしいと叫んでた』


 姉須戸が階段を降りると、辺り一面木々が覆い茂る森の中だった。


 姉須戸とドローンカメラが振り替えれば、空間にぽっかりと穴が空いたように上の階層に続く登り階段が存在している。


 その光景を配信越しにみた視聴者達がダンジョンが現れた頃の話をして盛り上がっていた。


「森のエリアは探索難易度が上がるので気を付けないといけませんね。視聴者の皆さんはなぜ、森のエリアが危険かわかりますか?」


『視界が制限されてるから』

『木ノ上とかも警戒しないといけない』

『森の中と言う似た風景が包囲感覚を狂わせる』


 姉須戸が配信視聴者に問いかけると、配信視聴者達が次々と森の探索についてコメントを書き込んでいく。


「はい、その通りです。特に木ノ上からの奇襲が探索者の負傷や死亡の原因の半分近くを占めています。他にも………あれをみてください」


『なんだ?』

『なにもないように見えるけど?』

 

 姉須戸は森の中の一本の木を指差す。

 配信視聴者達がみる限りでは蔓が巻き付いた木にしか見えない。


「あの蔓をよくみててくださいね。魔法の短剣マジック・ダガー


 姉須戸が魔法を唱えると、エネルギーでできた短剣が現れる。

 そしてそれを姉須戸が指差した木の蔓に飛ばして刺さると、蔓がまるで陸に上がった魚のようにビチビチと跳ねて暴れる。


『うわっ!?』

『きもっ!?』

『あれモンスターだったの!?』


「暗殺蔓と呼ばれる植物系のモンスターで、木々に寄生して擬態し、獲物が近づくとその蔓を首に巻き付けて絞め殺します」


 ビチビチと跳ねて暴れる暗殺蔓をドローンカメラに撮しながら姉須戸は解説を続ける。


「ただ、移動能力がないので、不意打ちにさえ気を付ければそこまで驚異ではありません。攻撃方法も不意打ちによる巻き付け以外は蔓をしならせて鞭のようにうちつけてくるぐらいですが………」


 姉須戸は解説しながら暗殺蔓に近づいていく。


「暗殺蔓の攻撃範囲はだいたい五メートル前後、その範囲の外なら安全です」


 暗殺蔓は近づいてきた姉須戸を攻撃しようとするがあっと一歩届かないのか、虚しく空を切る。


『シュールだ』

『ちゃんと攻撃範囲まで調べてるの、学者っぽい』


「巻き付き対策としてネックガードなどで防御すれば、ほとんど驚異はありません。植物系モンスターなので炎に弱く、また除草薬などでダメージを与えることもできます」


 姉須戸はコートのポケットから市販の除草薬事を取り出して、暗殺蔓に薬液をかける。


 除草薬の原液を被った暗殺蔓はもがき苦しむように暴れ、徐々に枯れて霧散化していく。


「暗殺蔓のドロップ品は蔓や木の実です。特に木の実はとても美味しくておすすめですよ。ただ………なぜか除草薬で倒すと魔石しかドロップしません」


『楽に倒せるけどドロップが渋くなるのか』

『どういうメカニズムなんだろうな?』

『不意打ち食らって首に巻き付かれた時は除草剤使うといいかな?』


「そうですね。森のエリアを探索するなら緊急時用に備えておくのもいいかもしれませんね」


 アネストはそう締め括ると、森のエリア探索を再開した。

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