第12話 リオンのいない社交界デビューは続く
王子殿下とのダンスが終わる。
が、しかしなぜか私はそのままエスコートされ、休憩用のスペースに置かれたソファに座らされていた。
「ここまで連れてきてしまってすまない。さすがに疲れてしまったのだけれど、一人になると次のダンスに誘われてしまうからね」
なるほど。ダンスのお相手とまだ一緒にいるのに声をかけるのはマナー違反だ。休憩のために私も一緒に連れてこられたということね。
まあいっか。こんな機会はそうそうないだろうし、せっかくならば楽しもう。
「君は他のご令嬢たちのようにあまり私に興味がないみたいだね、フィオナ・エトワール伯爵令嬢」
「えっ」
まさかそんなことを言われるとは思わず驚いて王子殿下の方を見る。ひょっとして不満げにしているかと思ったけれど、殿下はおもしろそうに目を細めていた。
「そんな、麗しい第二王子殿下に興味がないなんてまさかそんなことは」
どうしよう。言えば言うほど嘘っぽい気がする。というか。
「……王子殿下、私の名前をご存じだったんですね……」
「もちろん。今日デビュタントを迎えるご令嬢のことは全員知っているよ」
なるほど、ダンスを踊るのだし、事前に確認していたってことか。
私でさえドキッとしたんだもの。憧れの王子殿下に名前を呼んでもらえたご令嬢たちはきっとすごく嬉しいに違いない。とはいえ、別に知らなくても問題はない。
要は気持ちの問題よね。
さすが王族。第二王子殿下、今は身分と容姿で人気が出ている部分も大きそうだけれど、学園に通い始めたら本気で恋する令嬢も多そうだわ。
「ちなみに、フィオナ嬢は私の名前を知っている?」
さりげなく名前で呼ばれていることも気が付かないほど焦る。
第二王子殿下の名前……なんだっけ……!
もちろん知らないわけじゃない。王族の名前は基本中の基本。ユーリア夫人にも何度も教え込まれた。
だけど、実際に本人が目の前にいて名前をこたえる機会が来るとは思っていなかったし。咄嗟すぎてド忘れした!
「ええっと……」
なんとか思い出そうと冷や汗をかいていると、くすりと笑い声が聞こえる。
「私の名前をむやみに呼ぶと不敬になると思っていたりするかな?こちらから聞いておいてそんなひどいことはしないから、ぜひミカエルと呼んでほしいな」
そうだ!ミカエル殿下だった!
なんてスマートなの!不敬に思っているからではなくて、ド忘れしたってこと、きっと気づいて今みたいに言ってくれたんだ。忘れている方が不敬に違いないのに。
「ありがとうございます……ミカエル殿下」
「今年から同じ学園に通うことになるのだし、ぜひ仲良くしてほしいな」
こうも簡単に名前を呼ばせていいの?と思ったけれど、こうやって親しみやすさを感じさせて距離を縮めていく方針なのかも。
私みたいな目立たない令嬢相手にも抜かりなく、今から人心掌握しているってことだろうか。
大成功だ。すっかり好印象を抱いてしまった。
結局、ずいぶん長くミカエル殿下と話していた。私と別れたあともミカエル殿下はたくさんのご令嬢やご令息たちと笑顔で会話を楽しんでいて。
それにしても、さすがの話し上手。おかげであっというまに時間が過ぎていった。
◆◇◆◇
「おかえり、フィオナ姉さま」
「ただいまリオン!私の帰りを待っていてくれたの?」
屋敷に戻ると、真っ先にリオンが迎えてくれた。
ああ、やっぱりリオンは最高に可愛い!
しかも、なんだかきちんとした格好をしているような。
んんん?
私が不思議に思っているのが伝わったのか、リオンはもじもじと少し恥ずかしそうに告げる。
「どうしても、今日の綺麗なフィオナ姉さまと、僕もダンスを踊りたくて……着替えて待っていたの」
「はうっ……!」
あまりに心臓が痛くて思わず胸を押さえる。
ん、んん、んんああああ!私のリオンは!なんって!なんて可愛いの!?
「嬉しい!私も今日ずっと、リオンと踊れたらどれだけ楽しいかなって思っていたの!」
「……姉さま、あっちに行こう?」
嬉しそうにはにかんだ可愛いリオンに手を引かれて、こっそりと屋敷の外に出て、ガゼボのある方へ向かう。
今日は月が明るくて、外もそんなに暗くない。
月明かりに照らされたリオンの黒髪はつやつやと輝いているし、金色の瞳は猫のようにまん丸で。なんて綺麗なんだろう。
「ふふふ」
「?姉さま、どうしたの?」
思わず笑うと、リオンは不思議そうに首をかしげる。
「やっぱりリオンが一番可愛くて一番素敵だなあって思って」
にこにこと告げる。本当にそう思ったから。
煌びやかな王宮も、キラキラした王子様も、とっても素敵だったけど。いつだってなんだってリオンの可愛さに勝てるものなど何もない。
「姉さま、嬉しい……王宮にも、素敵なものはあった?」
あら、やっぱりリオンも王宮には興味があるのかしら?
自分がいけなかったデビュタントの様子が気になるのかも。
「王宮はすごくキラキラしていたわ!」
「ダンスは踊ったの?」
「そうそう、今日のデビュタントのお相手はミカエル第二王子殿下でね。私とも踊ってくださったわ」
「そうなんだ……」
そのあとも、たくさん今日の話を聞かせてあげた。
リオンが喜ぶとおもったから。
だけど、いつの間にかあまり相槌がかえってこなくなっていることに気が付いた。
「リオン?どうしたの?ひょっとして眠くなっちゃった?」
リオンが目を伏せる。月の光がリオンの白い頬にまつげの影を作って、すごく神秘的に見える。
13歳になったリオン。私の心臓をぶち抜いてくる可愛さはそのままに、少しずつ大人びてきていて、綺麗だなあと感じる瞬間も増えてきた。
「……姉さまの初めてのダンスは、僕が踊りたかった」
「リ、リオン……!」
なんて可愛いことを!
崩れ落ちなかった私を誰かほめてほしい。
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