第10話 約束:裏
動物は好きでも嫌いでもない。
正直言ってあんまり興味がない。
僕が興味を持つのはいつだってフィオナかフィオナ絡みの何かだから。
ドルンセン子爵家に連れて行かれたとき、フィオナが一緒に行かないことを知って一瞬でやる気がなくなった。
そこにいた雌犬に気に入られじゃれつかれ、相手をしてやっていたけど。
べろべろとあちこち舐められているうちに、いいことを閃いた。
この犬は雌だ。つまり女の子。
舐めるって行為はキスによく似ている。
まあ相手は犬だけど、フィオナにはそんなことは言わなきゃわからない。
最近よく考える。フィオナは、どこまで僕を受け入れてくれるかな。
僕のものにしていいってこと?と思ったフィオナの態度が、どれだけ甘くてもギリギリ家族の一線を超えては来ないことにもう気づいていた。
だからこそ、踏み込んでみたくなる。フィオナ、今のフィオナはどこまで許してくれる?
どこまでいけば、全部僕のものにできるのかな?
まあ、フィオナを諦めるつもりはこれっぽっちもないんだけど。
「ここにちゅーして、消毒して?」
フィオナは一瞬固まったけれど、僕の手を両手で握って、恥ずかしそうに手首にキスしてくれた。
おやすみの挨拶の時には、何の恥じらいも見せないフィオナが恥ずかしそうに頬を赤くしている。
そのことに頭の中も心の中も喜びでいっぱいになる。今日も僕は幸せだ。
調子に乗ってあっちもこっちもとねだってみたけど、フィオナは一度も拒絶しなかった。
僕は毎日、フィオナのことで頭がいっぱいなんだ。
◆◇◆◇
「またドルンセン子爵家に訪問する用事があるんだけれど、フィオナも行くかい?」
普通に嫌だな、と思った。
あの家の子供はフィオナと会いたがっていたし、義父さまの言う通り仲良くしたがっていたから。
フィオナと仲良くするのは僕だけでいいのに。優しいフィオナはきっとあの子とも仲良くする。
それが面白くなくて、ほんの少し拗ねてみせる。
「マリアって、犬……」
ついに真実を知ったフィオナの様子を盗み見る。
さあ、フィオナ、どうする?怒る?呆れる?それとも……。
そう思いながらも、僕はちょっとズルをした。
「姉さま、僕、怖い……」
ぱああと、フィオナの顔が嬉しそうに緩む。
やっぱり、フィオナは僕が弱っちければ弱っちいほど嬉しいみたい。
僕の手をぎゅっと握って、励ましてくれる。
僕が犬を怖がっても、犬のことを女の子のように話していたと気がついても、フィオナは怒らないし呆れない。
大好きなフィオナ。どこまで僕のすることを許してくれる?
どこまでなら、嬉しそうに笑っていてくれる?
だけどその後、気に食わないことにマリアは遊んでくれない僕を諦めて、なんと僕のフィオナにじゃれ始めた。
「あはは!やめて、マリア!くすぐったいよ〜!」
大きなマリアに芝の上に押し倒されて、ペロペロと舐められ声を上げて笑っている。
そんなフィオナも可愛いけど……ちょっと、面白くない。
マリアにかこつけて、マーガレットとかいうあの子もまるで仲良しのようにフィオナに気安く接する。
……フィオナは、僕のなのに。僕だけのフィオナ姉さまなのに。
決して僕を蔑ろにはしなかったけれど、なんだかモヤモヤがなくならなかった。
だから夜、寝る前に。
「姉さま、僕とずーっと一緒にいてね?」
僕は今日も、フィオナが嫌と言わないのを分かっていて約束をねだる。
最近は、フィオナにお願いをする時は自然と目が潤んでくるようになってきた。
「もちろんよ!私はずっとリオンと一緒にいるわ」
嬉しそうに顔をほころばせて、そんなふうに答えてくれるから。
今日も僕は、安心してズルくなれるんだ。
「ねえ、姉さま。姉さまも今日いっぱいちゅーされてたから、昨日姉さまがしてくれたみたいに、今日は僕が消毒してあげる!」
「えっ!?」
びっくりして固まったフィオナの頬にちゅっと口付ける。
そのまま戸惑うフィオナのあちこちに口づけしていく。マリアがどこを舐めたかはちゃんと全部チェックしているから、次にどこにキスするか選ぶのはとっても簡単だった。
ちぇ。マリアのやつ。
今日ならフィオナの口をペロってしても許してやったのに。
……いや、やっぱり犬でもダメだ。前言撤回。
フィオナ、約束を忘れないでね?
ずっと一緒にいてね?
そうやって僕は、少なくとも数日に1回は約束して、まるでフィオナの中に刷り込むように繰り返す。
僕はフィオナとした約束は全部覚えている。大事な大事な約束だから。
ずっと一緒の約束。出会った時から、今のが何回目かも全部覚えてるからね。
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