第9話 リオンを泣かせた相手と会います!


 あの日以来、リオンはさらに甘えん坊になってしまった気がする。

 今までもそうだったけれど、それ以上に、いつだって私のそばにいたがるし、夜もくっついて眠るというより抱きついて寝るという感じで。


 可愛いから私は嬉しいけど、リオンの心が少し心配。



 そう思っていると、機会はやってきた。


「またドルンセン子爵家に訪問する用事があるんだけれど、フィオナも行くかい?」

「えっ?」


 夕飯の席でお父様にそう言われた瞬間、隣に座るリオンがピクリと体を小さく振るわせたのが視界の端に映った。


「子爵の娘がお前の1歳年上なのはお母様に習っただろう?マーガレットという子なんだけれどね、その子がお前と仲良くなりたいと会いたがっていたんだよ」


 ドルンセン子爵家は家格こそ我が家より下だけれど、お父様の仕事の都合上無下にはできない相手らしい。


 子爵の娘、マーガレット。その子が私のリオンに……。

 私に会いたいだなんて、まさか私からリオンを奪おうとしているわけじゃないでしょうね?


「ふ、ふふ、ふふふふふ……」

「フィ、フィオナ?大丈夫かい?」


 望むところよ!


「お父様、私も一緒に行きたいです。マーガレット様がどんな方か知らないけれど、是非!仲良くなりたいですわ!」


 リオンが報告するのを嫌がったから、お父様はリオンがマーガレット様に何をされたかなんて知らないのだ。


 本当は私1人で行きたいところだったけど、「リオンにも是非また来て欲しいと言っていたよ」というお父様の言葉でリオンも一緒に行くことが決定した。


 その後、ちょっと拗ねたように唇を尖らせて目を潤ませていたリオン。


 大丈夫!今回は姉さまが守ってあげるから!

 そして、2度とマーガレット様がリオンにちょっかい出そうだなんて思わないように、姉さまがけちょんけちょんにしてやるわ!



 ◆◇◆◇



「初めまして、フィオナ・エトワールです」

「は、はじめましてっ!マーガレット・ドルンセンです」


 マーガレット様は優しい印象の明るい茶髪に、翠の瞳が清楚なイメージの可愛らしい人だった。

 なぜか一瞬私を呆けたように見つめ、顔を真っ赤にして挨拶を返してくる。


 この人が、リオンに無理矢理キスを迫った女……!

 清楚なふりしてとんだ小悪魔ねっ!


 リオンはマーガレット様から隠れるように私の後ろでぎゅっと手を握ってくる。



 どうやって攻撃してやろうか考えていたら、あろうことか私が仕掛けるより先にマーガレット様がリオンに話しかけた。


「ふふふ、リオン様、マリアがリオン様のことが忘れられないみたいなんです。また一緒に遊んでくれますか?」

「……マリア?」


 マリア?マリアって誰?ドルンセン子爵家の子供ってマーガレットだけじゃなかったっけ?

 私の影に隠れたままのリオンが、ぎゅっと手の力を強める。


「はい。マリアは私が生まれた時から一緒で、まるで姉妹同然に育ったんです。リオン様のことがとても気に入ったらしくて、先日はずっとじゃれあって遊んでいましたわ」


 ……なるほど、嫌がるリオンに迫り、無理矢理キスしたのはどうやらマーガレット様ではなくて、そのマリアなる人物らしい。


 マーガレット様はにこにこと、こともなげに、なんなら嬉しそうにそう言うけれど。

 それ、じゃれあってたんじゃなくて私の可愛いリオン襲われてますから!


 この悪気のなさそうな笑顔を見ると、マーガレットは本当にこれがどれだけ重い事態なのか分かっていないのかもしれない。

 というか、マーガレットが生まれた時からドルンセン子爵家にいるマリアって何者よ!?養子?養子なの?

 でもお母様やお父様はそんな話、一言も──。




 場所を庭にうつして。


「マリアー!リオン様がきたよー!」


 マーガレットは大きな声でマリアを呼ぶ。

 そしてその声に反応して、庭園の奥の方から飛び出してきたのは大きな……。


「ワン!ワンワン!」


「い、犬……?」


 大きな、茶色の毛並みが綺麗な犬だった。

 マーガレット様が教えてくれたけれど、ゴールデンレトリバーというらしい。


「マリアって、犬……」

「可愛いでしょう?マリアは女の子で、私のお姉ちゃんみたいな存在なんです!リオン様のことが大好きみたい」


 ハッと我に帰ると、マリアはリオンに向かって千切れんばかりに尻尾を振っていて、リオンは怯えたように私の後ろに隠れて、しがみついている。


 遊んでくれる気配のないリオンに焦れたのか、マリアはマーガレット様にじゃれつき、手や顔を舐めはじめた。


 女の子に……無理矢理、ちゅー……。

 女の子って、ワンちゃんのことだったの……。


 一気に力の抜けた私に、リオンが不安そうな上目遣いで話しかけてくる。


「姉さま、僕、怖い……」



 ──ああ!今日も!リオンが可愛い!


 そうよね、マリアは体も大きいし、動物と触れ合うことの少なかったリオンからしたら怖い存在でもおかしくない。

 マーガレット様はマリアを姉のような女の子と称して一言も「犬」とは言わないから、それを聞いていたリオンがマリアに舐められたことを「女の子にちゅーされた」って表現したのも納得だわ。

 私のリオンは素直だから。


 素直なリオンはマリアを怖がって目をウルウルとさせている。


 素直で、弱っちくて、私がそばにいないとすぐ不安そうな顔をする。

 可愛い可愛い私のリオン。


「大丈夫だよ、リオン。姉さまがいるからね」

「うん……」


 そんな私達の様子を見ながら。




「あれ?リオン様、もしかしてマリアが怖い……?おかしいな、この間は全然そんな素振りもなくマリアと遊んでくださってたのにな……?」


 マーガレット様が不思議そうにそんなことを呟いていたなんて、リオンに夢中だった私は全然気がつかなかった。


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