第3話 可愛いリオン、泣かないで


 リオンをぐずぐずに甘やかして可愛がって私がいないと生きていけないダメ人間にする。


 そう決めたことは、もちろん自分の中だけの秘密にして、とにかく私はリオンを可愛がった。思い切り可愛がった。

 ちなみに可愛がることについては簡単だった。心のままに可愛いリオンを愛でて、一切我慢しないようにするだけなので。


 お父様もお母様も、私がリオンを甘やかすことに対して微笑ましそうに見守るだけ。


 私のおバカで無謀な計画(?)など知らないのだから当然とも言える。計画と言えるほどの内容なんてないのだけれど。


「リオン!ほら、こっちも美味しいよ〜!あーん!」

「あ、あーん?」


 おずおずと控えめに開いた口に、フォークに刺したいちごを放り込む。

 リオンの小さな口は、いちご一個でぱんぱんになる。むぐむぐと口を動かしながら、ぱああっと目が輝いていく。おいしかったみたい。


 か、可愛い……!


 ごくんと飲み込んだ後、リオンはちょっと恥ずかしそうにはにかんで、私の方に自分のフォークをいそいそと向ける。


「ぼくも、姉さまにあーんしてあげる」


 か、可愛い…………!!!



 甘やかしている甲斐もあって、ここ数日でリオンは私にすっかり気を許してくれたと思う。


 実はリオンがうちに来て2日目の夜、夕飯の後にリオンは私の部屋にやってきた。

 もじもじと恥ずかしそうにしばらく立ち尽くして、そして少し潤んだ上目遣いで言ったのだ。


「姉さま、ぼく、姉さまと一緒に寝たらダメですか?」


 ダメなわけないじゃない……!


「いいわよ!ふふふ、リオンは甘えん坊さんね!」


 甘えん坊、最高!神様ありがとうございます!

 きっとこれまでの私がとんでもなくいい子だったから、人生のご褒美タイムが始まったに違いない。

 心の中の喜びを出さないように気をつけて、お姉さんぶってリオンのお願いを聞いてあげる。


 それから私とリオンは一緒のベッドでくっついて眠るようになった。

 数日後、私がリオンを抱きしめて眠っていることにお父様が気が付いた。


 さすがに叱られるかな?とドキドキした。もちろん、ドキドキしたのは叱られるのが怖かったからじゃない。もうリオンと一緒に眠れなくなったらどうしようと心配だったから。

 しかし、そうはならなかった。


「きっと、家族を亡くしたばかりで心細いんだろう。リオンは年も近いフィオナに懐いているようだから、彼の心に寄り添ってあげてね」


 お父様がそんな風に言って私の頭を撫でてくれた。


 そっか……そんな雰囲気を全然出さないから忘れちゃいそうになるけれど、リオンは大切な家族を亡くしているんだもんね。悲しくてつらくて、心細いに決まっている。


 ひょっとして、無理して明るく振る舞っているのかもと思うと、胸が張り裂けそうだった。


 ……大丈夫。ダメ人間になっちゃうくらい、私が多すぎるほどいっぱいの愛を注いであげるからね……!


 その日の夜は、いつも以上にリオンにくっついて、ぎゅっと抱きしめて眠った。

 リオンと一緒に眠るのが公認になった安心感とリオンのいい匂いに包まれて、とんでもなくよく眠れてしまった。



 ◆◇◆◇



 何事もなく平和に穏やかに毎日が過ぎていたけれど、事件が起こった。それはリオンが家族になって10日くらい経った頃。


 何がきっかけだったのかはさっぱり分からない。


「うううっ……!」

「リオン……?」


 一緒に庭を散歩していたときに、突然リオンが苦しみ始めたのだ。


「リオン!?どうしたの!?どこが苦しいの?」

「ううーっ……!姉さま……!」


 急いで駆け寄ろうとして、思わず足がすくんで止まる。


 明らかにリオンの周りに何かはっきり形にならないモヤモヤのようなものが渦巻いていて、怖くて体が固まった。


 お母様が御伽噺の中でお話ししてくれたことがある。初めてみたけれど、ピンときた。

 これって……魔力暴走ってやつなんじゃ……!


 侍女のアリーチェが急いで屋敷に戻っていく。多分お父様を呼びに行ってくれたんだろう。

 でも、そうしている間にもリオンはどんどん苦しそうになっていく。


 体から溢れるモヤモヤの量も多くなっていって……リオンを包み込んでしまいそうで……。

 まさか、このまま飲み込まれてしまうんじゃ。そんな考えが頭をよぎり、一気に怖くなった。だってリオンはこんなにも苦しそうにしている。


 それって、それって、リオンが死んじゃうかもしれないってこと?

 そんなの、絶対ダメ……!!


 リオンがいなくなるかもしれないと思った瞬間、さっきまで全然動かなかったのが嘘のように、考えるより先に体が飛び出した。


「リオン……!!」


 モヤモヤは濃く多くなっていたけれど、今はまだリオンがどこにいるかちゃんと分かる。

 私は無我夢中でそこに飛び込んで、リオンの体をぎゅうっと強く抱きしめた。


「ね、さま……?」

「リオン!リオン!大丈夫だよ、姉さまが一緒にいるよ!」


 ビシビシとリオンの魔力が私にぶつかる。痛いけど、ここでリオンを1人にするくらいなら痛い方がマシだ!


 魔力暴走の1番の理由は気持ちの不安定なんだって。

 お母様が聞かせてくれたお伽話の中でも言っていた。人魚姫は王子が他の人と結婚して悲しくて悲しくて魔力暴走を起こして、そのまま自分の魔力に飲み込まれて、海の泡になって消えちゃったんだって。


 だから、人魚姫が王子に出会う前に夜な夜な顔を出して歌っていた海の砂浜には今でも夜になるとキラキラと、元は人魚姫だった魔力の粒子のカケラが輝くことがあるんだって。


 リオンが魔力暴走を起こしたのは……きっと、家族を亡くした悲しみと寂しさのせいだと思う。

 全然そんな風に見えなかったリオンはきっと我慢強いんだろうな。

 でもね、もう姉さまがリオンを1人ぼっちにはさせないから!


 そんな気持ちでいっぱいで、どんなに痛くてもリオンを抱きしめるのをやめなかった。


「姉さま……」


 リオンはぐずぐずに泣きながら呟く。


「リオン、ずっと一緒だよ」


 自然にほっぺが緩んで、無理したわけじゃなく笑顔でリオンに言うことができた。


 リオン、だから泣かないで。悲しむリオンを見たくないよ。


 でも、ごめん、リオン、正直に言うとね。

 泣いてる顔も、とっても可愛いね…………。




 結局、お父様が駆けつけてくれるまで私たちはずっとリオンの暴れる魔力の中でぎゅっと抱きしめあっていた。


 私はあちこちぼろぼろになって、お母様が慌てて回復魔法士様を呼ぶ羽目になったけど、ものすごく満足していた。



 可愛いリオン、もう魔力暴走なんて起こしたくても起こせないくらい、べったべたに愛して甘やかして可愛がってあげるからね……!


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