第4話 出会い:裏
ぼくが引き取られた家は、エトワール伯爵家というらしい。
ぼくは今日から、リオン・エトワールになる。
ふわふわした金髪が動くたびに揺れて、濃いピンク色の目がキラキラしていて。
ぼくの前に出てきた女の子はとってもかわいい子だった。
「……リオン、です」
今日から父親になるっていうおじさんの陰から顔を覗かせて挨拶する。
最初から可哀想で弱い存在でいようと決めてた。
これからぼくを取り巻く人たちがどんな人か分からないから、とにかく下の存在だと思ってもらおうと思って。最悪の場合は、そうして油断させて主導権を握る。
警戒しながらその子を見ていたんだけど、なんだか様子がおかしい。顔を真っ赤にして目を潤ませて、口を覆って何かをブツブツ呟いている。
なんだ?大丈夫かな……?
「フィオナです!姉さまって呼んでね」
「ねえさま……?」
姉さま。姉さまか。うーん、とりあえずぼくを排除するつもりはなさそうだ。
「リオン、今日からよろしくね。仲良くしようね!」
別に、興味はなかった。とにかくぼくの邪魔にさえならなければいい。そう思っていたはずだったのに、そう言ったその子の笑顔があんまりにも輝いて見えたから。
思わず嬉しくなって、取り繕うのを忘れてこくんとうなずいた。
別に、ほだされたわけじゃない。ただの気まぐれだ。思ったよりちょろそうで安心しただけ。
だけどそれから、おかしなことにその女の子の笑顔が頭から離れなくなった。
夜、与えられた部屋で1人ベッドにもぐっても、ずーっとあの子のことを考えていた。
可愛いな、可愛いな。
あの子が欲しいな。
物だって何かを欲しいだなんて今まで1度だって思ったことはなかったし、何かで頭がいっぱいになるなんて初めてで。
それでもそれは、そんなに悪くない気分だった。
困惑したのは、そのあとだ。
姉さま……フィオナは、ぼくのことをとにかく甘やかしたがった。
ことあるごとにべたべたと触れ、笑顔を振りまき、ぼくのお世話をしたがる。
「あーん」だなんて。初めてしてもらった。
思ったよりも悪くない気分だったから、フィオナにもしてあげた。
ううん、本音をいうと……嬉しかった。可愛いフィオナが、嬉しそうにぼくにフォークを差し出す姿。ずっと見ていたいな。
ぼくの両親はかなり厳しい人だったと思う。
虐げられたりするわけじゃないけれど、特別甘やかされた記憶もそんなにない。人並みか、人並みより厳しいくらい。
だからこんな風に甘やかされるのは初めてで……。
びっくりした。
ぼくは考えた。こんなにぼくに甘々ってことは、ぼくのものにしてもいいってこと???
「姉さま、ぼく、姉さまと一緒に寝たらダメですか?」
フィオナと一緒にいたくて、夜、フィオナの部屋に行って聞いてみる。
最近気づいたんだけど、どうもフィオナはぼくが目を潤ませたり、もじもじ恥ずかしそうにしていたりすると嬉しそうにする。
念のためにまだ弱い存在でいようと何かを失敗して見せたり、甘えてフィオナに助けを求めたりするともっと嬉しそう。
どうやら、フィオナは「ちょっとダメなぼく」がお気に入りらしい。
だからほら、こうやってお願いしたら絶対に断らないよね?ぼくのお願いは断らないよね?
「いいわよ!ふふふ、リオンは甘えん坊さんね!」
ほらね、やっぱり。
その日からぼくはフィオナの部屋で一緒に眠るようになった。
本当は今までこんな風に誰かと眠った記憶なんかないけれど、これが当然のように振る舞った。
「ねえ、姉さま、おやすみの挨拶はしないの?」
「おやすみの挨拶?」
ベッドに座って、寝転ぶ前にそう言うと、フィオナは不思議そうに首を傾げる。
「そうだよ、パパとママはやってくれてたから……ぼく、姉さまにもしてほしい」
パパやママ、なんて呼んだことはないし、おやすみの挨拶なんて今思いついたでまかせだけど。
フィオナはなぜかうっと胸を押さえる。
これも最近気づいたんだけど、どうやらこの仕草が出る時はかなり喜んでいる時らしい。
「!!!もちろん、姉さまもリオンにおやすみの挨拶する!……でも、おやすみの挨拶って何?」
さっき、おやすみなさいって言葉は言ったもんね。
不思議そうなフィオナがとっても可愛い。
「あのね、ほっぺにちゅってするんだよ。おやすみって、ちゅってするの」
「!!!!!!ちゅ、ちゅってするの?」
エトワール伯爵家では、そういう習慣はないのは気づいていた。
きっともっと小さな頃は母親に額にキスくらいは贈ってもらっていたんだろうけれど、さすがにフィオナは少し戸惑いを見せる。
「そうなんだけど……やっぱり、姉さまはぼくにおやすみするの嫌?」
少し、悲しそうにフィオナを見つめる。
「嫌なわけないよ……!私が、リオンにちゅってすればいいの?」
「姉さまはぼくにちゅってして、ぼくは姉さまにちゅってするんだよ」
「じゃあ、リオン、目を瞑って」
ドキドキしながら目を瞑る。期待で胸がいっぱいになる。
ベッドがフィオナの動きに合わせて少し軋んで、ふわっといい匂いがする。
ちゅっと頬に唇がぶつかる様に触れる。その瞬間、フィオナのふわふわの髪の毛が僕の顔を掠めた。
姉さま、姉さま、フィオナ。
やっぱりぼく、フィオナ姉さまがほしいな。
夜は、フィオナに甘えてうんとくっついて眠る。
◆◇◆◇
体が熱い、苦しい、痛い!
魔力が体の中で暴れて制御できなくなる。
ぶわりと溢れてぼくを取り巻いて、息ができないくらいで。
「リオン!?どうしたの!?どこが苦しいの?」
「ううーっ……!姉さま……!」
ダメ、こないで!フィオナが怪我してしまう……!
どうして自分がこうなっているのか、ぼくには覚えがあった。
大丈夫だから、フィオナはこないで!
そう思うけれど、苦しくて言葉が出てこない。
ただ、魔力に埋もれていく視界の中で、フィオナが怯んで立ちすくむのが見えた。
そうだよ、フィオナ。姉さま、それでいいから……。
そう思っていたのに、信じられないことに次の瞬間にはぼくはフィオナにぎゅうっと抱きしめられていた。
ぼくの制御できない魔力に体中を傷つけられながら、ずっと一緒にいるとフィオナが笑う。
なんで。
なんで。
なんでそんな風に笑えるの……?
絶対に痛くて苦しいはずなのに、傷だらけになりながらフィオナはぼくを離さなかった。
ダメだと言わなきゃいけないのに、ぼくのために傷だらけになるフィオナの姿が嬉しくて涙が止まらなくなる。
そんなぼくをいつものようにちょっと嬉しそうなはにかんだ笑顔で見つめながら。
「リオン、ずっと一緒だよ」
──ああ、姉さま。絶対だよ。絶対に一緒にいてね。
ぼくはこの時、心に決めた。
これは約束だ。約束は守ってもらわなくちゃいけない。
ぼくはいつか必ず、フィオナをぼくのものにする。
必ずね。
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