第2話 そうだ、ダメ人間にしてしまおう!


 あれは私が6歳の頃のこと。

 その日、私の世界に天使が舞い降りた。


「さあ、今日から君の家族になるフィオナだよ。ご挨拶できるかな?」


 そう言ったお父様の足にくっついて、その陰に少し隠れるような体勢のままおずおずと顔を覗かせてその天使は言った。


「……リオン、です」


 ズギャーーーーーン!!!

 胸を撃ち抜く音が聞こえた!

 リンゴンリンゴンと幸せの鐘の音も頭の中に響いている。


 なんて……なんて……!


「なんて、か、かわいいの……!!!」


 涎が垂れてないか気になるが、確認する余裕すらないため、咄嗟に手で口元を覆う。その手に阻まれて私の心からの呟きは聞こえてないと思いたい。


 濡れたように艶やかな黒髪、くりくりと丸く、少し潤んだ黒い瞳は少し変わっていて、ところどころ少し金色が混じっている?どうりでキラキラしてると思った!

 不安そうな表情がまあなんとも可愛らしい。

 華奢で、小柄で、ちょっと転んだだけで折れてしまうんじゃないかと不安になるくらい。



 私は内心の興奮と喜びを隠して小さく深呼吸をすると、にっこりその天使──今日から家族の一員になった、2歳年下の義弟に笑いかける。


「フィオナです!姉さまって呼んでね」

「ねえさま……?」


 可愛すぎる……!!


「リオン、今日からよろしくね。仲良くしようね!」


 私は心の底からそう伝えた。仲良くしたい。すごく仲良くしたい。

 相変わらず瞳を潤ませたリオンは、ほんのり頬を染めて嬉しそうにこくんと頷いた。



 この時、私の頭の中はある感情でいっぱいになっていた。

『この天使のような義弟が……欲しい!』

 幼い私は分かっていなかったけれど、多分一目惚れだったんだと思う。



 夜。リオンが部屋で眠った後に、私はお父様に呼ばれた。


「フィオナ、ちょっとこっちに来てくれるかい?」

「はい、お父様!」


 そこで私は、リオンが我が家の一員になった経緯を聞かされることになる。

 馬車の事故でリオンは家族を失い、1人ぼっちになってしまったこと。事情があり、今は親族の元へはいけないこと。私たちとは血の繋がりはないものの、色々な縁があり家族になったこと。


 幼い私は知らなかったけれど、リオンのような黒髪黒目は珍しく、古い価値観の残りで『魔族もどき』として嫌う人たちがまだまだ存在していること。


 だから、突然義弟が出来て戸惑いもあるかもしれないけれど、私にはそんなリオンを嫌わずに守ってあげてほしいということ。


 正直そんなの簡単だと思った。

 むしろ、あんなに可愛いリオンを嫌うかもしれない人がいるなんて私には驚きしかない。

 これから可愛い義弟とずっと一緒にいられるなんて夢みたい!


 だけど、そんな風にうきうきと考えていた、私の無自覚の淡い恋心はすぐに砕かれることになる。


「それからね、リオンには特別な事情があるんだ」

「事情?」

「そうだよ、あのね、リオンは────。……だから、ここで平穏な子供時代を過ごし、彼が自分の置かれた立場に見合う人間になったとき。その時はお別れしなくちゃいけないんだ」


 ズギャーーーーーン!!!

 胸を撃ち抜く音が聞こえた!

 だけど、今度は悲しみに撃ち抜かれた音だった。


 それは、リオン本人すらも知らないらしい事情で。

 確かに、仕方ないと思えることだった。

 私に教えてくれたのは、本当に私がリオンを守れるように、ということも含んでいたんだと思う。


 一瞬固まってしまった私の頭を、隣に一緒にいてくれたお母様が撫でてくれる。


「家族になったばかりで、これから仲よくしようというときにこんな話をしてしまってごめんなさいね」

「お母様……いいえ」


 事情が事情だから、話さないわけにはいかなかったんだと思う。

 それに、きっと私を信頼して話してくれている。




 ……だけど、そんな両親の信頼をよそに、その時の私の頭の中には邪な気持ちがいっぱいに溢れていた。


 どうにか……どうにかリオンを私のものに出来ないか。

 お父様やお母様におやすみなさいの挨拶をして、ベッドに寝転んだ後も悶々と考える。


 あの可愛い可愛い義弟に、どうにか自分の側にいてほしい。

 ずっとずっと、そばにいてほしい。



 そして、私は唐突に思いついた。


 そうだ!リオンをぐずぐずに甘やかして可愛がって、こうなったら私ナシでは生きていけないくらいのダメ人間にしてしまおう!!!!



 ……幼い私は浅はかな考えで、どうしてそうなった?という決定を下してしまったのだった。


 この出会いが、そしてこの決意が私の運命を大きく変えることになるなんて、この時の私はまだ知らない。


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