黄金林檎の落つる頃

長月瓦礫

黄金林檎の落つる頃

『天地を揺るがす台風がやってくる 黄金林檎が落つる頃に』


これはじいちゃんの床の間にある格言だ。

じいちゃんのご先祖様が書いた掛け軸で、大事に飾ってある。


じいちゃんはリンゴ農家をやっていて、毎年リンゴの収穫を手伝いにじいちゃんの家に行く。じいちゃんは「つがる」というリンゴを作っている。

赤くてつやつやしていて、リンゴの中で一番おいしいと思う。


今年も三連休を利用して、帰省した。

すでに作業服を着ていたじいちゃんたちが出迎えてくれた。


午後から収穫をすることになって、俺たちはリンゴ農園に向かった。

一面に赤いリンゴの木が広がっている。


赤いリンゴの中に金色のリンゴがあった。

太陽の光を反射し、ギラギラと輝いていた。

キズ一つなく、ずっしり重い。

日光を浴びすぎたせいでかなり熱くなっていた。


「……まーたーこーれーかい! いい加減にしてくれよ、本当に」


じいちゃんはぶつぶつと文句を言って、かごに入れず大切そうに布にくるんでいた。

ばあちゃんも不安そうにリンゴを収穫していた。


じいちゃんによれば、金色のリンゴがなる年がある。

金色のリンゴができる年は、ヤバい台風が来るらしい。

リンゴをダメにするくらい、鬼ヤバな嵐が来る。


特にここ数年、毎年のように金のリンゴができる。

地球温暖化か何かか原因は分からないが、世界規模で異常事態が起きている。


「絶対に触るなよ。壊れたら神様に何をされるか分からんから」


「なにそれ」


「リンゴの神様がいるんだよ。神様がうちの農園を守ってくれる」


金は金属の中で一番重いらしい。リンゴの大きさになるとかなり重い。

手のひらの中でずっしりとおさまる。ただの金の塊だ。


じいちゃんはそれを大切に拾って、神棚に捧げる。

リンゴの神様が金のリンゴを食べて、台風を追い払ってくれるとかなんとか言っていた。大きな台風が直撃したその日に絶対に金のリンゴがなくなっているらしい。


そして、じいちゃんの周りの農園だけ被害が少なく、リンゴを育て続けることができているというのだ。床の間の掛け軸は、金色のリンゴを初めて見つけたご先祖様が神様から話を聞いて、書きあげたものらしい。


黄金のリンゴと収穫したてのリンゴを神棚に置き、みんなで手を合わせた。


今年もおいしいリンゴがとれますように。

じいちゃんの農園が無事でありますように。


黄金のリンゴはLEDライトに照らされ、優しく光っている。

その後は夕飯を食べ、デザートに収穫したリンゴを切ってくれた。

収穫したてのリンゴが一番おいしい。


神棚にはリンゴが二つ、並んでいる。

神様はどちらが好きなのだろう。


そんなことを考えながら、みんなで和室で布団で寝た。

いつもより天井が高く見える。

木目の天井のシミがこちらをじっと見ている。

にらめっこをしているうちに寝てしまった。


外でうねる風の音、雨の音が大きい。外がうるさい。昼間はあれだけ晴れていたのに、天気が一気に悪くなったらしい。


なんとなく、神棚のリンゴの様子が気になった。

もしかしたら、神様に会えるかもしれない。


こっそりリビングに行くと、暗くてよく分からないが、何かがいた。


居間のテーブルに肘をついて、むしゃむしゃリンゴを食べている。

大きな口を開けて、ひたすらにかじりついている。


「どうも、お邪魔してます」


こちらに気づいて、頭を下げる。

リンゴを食べる口は止まらない。


「こんばんは」


「こんばんは。今はこんな天気ですが、朝にはおさまりそうですよ」


「そうなんですか?」


「私が目をつぶしますからね、当たり前ですよ」


女の人の声だ。

学校の先生みたいに喋っているけど、ひたすらにリンゴを食べている。


「誰ですか?」


「魔法少女です。台風をつぶしにきました」


女の人はガッツポーズをする。絶対嘘だ。

魔法少女が勝手に家に入って、採れたてのりんごを食べるもんか。


「うん、今年もおいしいです。君はリンゴ、好き?」


「好きです。金のリンゴはどうですか?」


勢いで答えてしまった。

女の人は金のリンゴを手の中で回す。


「申し訳ないけど、これは食べられません」


「そうなんですね」


「でも、金のリンゴは不吉ですから。私がもらっていきますね」


女の人は金のリンゴをポケットにしまった。

何が不吉なのかはよく分からない。


「毎年、金のリンゴがなるってじいちゃんが言ってました。

やっぱり、なんか起きてるんですか?」


女の人はしまった金のリンゴを取り出した。

鏡をのぞくように、金のリンゴをじっと見つめる。


「私は平神様なので、詳しいことは分からないんです。

ごたごたやっているのはもっと上の神様なので。

でも、人間に悪い影響を出しているのは事実です」


「魔法少女じゃなくて、りんごの神様なんですね」


「……違います。両方やってるんです。

どっちも世界を救うお仕事ですからね」


何を言っているのか、よく分からない。

ただ、少しだけ悲しそうだった。


「それじゃ、ちょっと頑張ってきます~。応援よろしくね~」


女の人は手を振りながら、ベランダの戸を閉めて外に出て行った。

リンゴの木が風に揺さぶられている。

目に見えるほど大きな雨の粒、水たまりもたくさんできている。


次の朝、大嵐が来て外に出られなかった。

りんごを収穫するのは諦め、トランプで遊んだ。

昼頃には弱くなっていて、明日は晴れるそうだ。


神棚にあったりんごは両方とも消えており、りんごの芯だけが残っていた。

三角コーナーに山のようになっているリンゴの芯を見て、じいちゃんは何も言えなくなっていた。


「俺、神様に会ったよ。魔法少女もやってるんだって」


「何を言ってるんだ、そんなわけあるか。

ウチの神様が子どもみたいなことをするわけないだろ」


「俺、見たんだよ。そこにあるリンゴ、全部食べちゃったんだ」


「だあから、ウチの神様はそんなことしないんだって。

全部神様に渡すぞ、いいのか?」


「それは困る!」


じいちゃんはバッグにリンゴをたくさん詰めてくれた。

嵐を消してくれたあの神様は、どうなったのだろうか。


無事に家に帰れたから、後でりんごをお供えしておこう。

ありがとう神様。来年も楽しみにしていてね。

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黄金林檎の落つる頃 長月瓦礫 @debrisbottle00

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