40話 媚びる父、取り合わない娘

「はぁ、そうですか……」


別にありがたみもない提案に、適当に返事をするオリビエ。


(さっさと食事を終わらせて、早々に席を立った方が良さそうね)


無駄な会話をせずに食事に集中しようとするオリビエに、父ランドルフは上機嫌で色々話しかけてくる。

煩わしい父の言葉を「そうですか」「すごいですね」と、適当に相槌を打って聞き流していたオリビエだったのだが……。


「ところでオリビエ、昨日町へ1人で食事へ行っただろう? 何という店に行ったのだ? 私にも教えてくれ。是非その店に行ってみたいのだよ。私が行けば店の宣伝にもなるしな」


この台詞に、オリビエは耳を疑った。


「……は?」


カチャンッ!


手にしていたフォークを思わず皿の上に落としてしまう。


「どうした? オリビエ」


娘の反応にランドルフは首を傾げる。


「お父様、今何と仰ったのでしょうか?」


「何だ、よく聞きとれなかったのか? 昨日お前が食事をしてきた店を教えてくれと言ったのだが」


「そうですか……では、そのお店に行かれた後はどうなさるおつもりですか?」


オリビエは背筋を正すと父親を見つめる。


「それは勿論食事をするだろうなぁ」


「なるほど、お食事ですか……それで、その後は?」


「は? その後って……?」


まるで尋問するかのような口ぶり、いつにもまして鋭い眼差し……ランドルフはオリビエから、何とも形容しがたい圧を感じ始めていた。


「答えて下さい、食事をした後の行動を」


「そ、それは……味の評価を書く為に記事を書くだろうな……」


(な、何なんだ……オリビエの迫力は……当主である私が娘に圧されているとは……)


いつしかランドルフの背中に冷たい物が流れていた。そんなランドルフにさらにオリビエは追い打ちをかける。


「はぁ? 記事を書くですって? 一体どのような記事を書くおつもりですか?」


「そんなのは決まっているだろう。美味しければそれなりの評価を下すし、まずければ酷評を書くだろう。何しろ、こちらは金を支払って食事をするのだから当然のことだ。私の責務は世の人々に素晴らしい料理を提供する店を知ってもらうことなのだから」


娘の圧に負けじと、ランドルフは早口でぺらぺらとまくしたてる。


「お店から賄賂を受け取って、ライバル店をこき下ろすことがですか?」


「う! そ、それは……ほんの特例だ! あんなことは滅多に起こらないのだよ!」


「滅多にどころか、一度でもあってはいけないことなのです!」


「何っ!? い、言い返された……?」


驚きのあまり、ランドルフは危うく椅子から落ちそうになった。


「は~……もういいです」


オリビエは頭を抑えると、席を立った。


「どうしたのだ? オリビエ。まだ食事の途中では無いか。ここに並んでいる料理は全てお前の好きな料理ばかりだというのに……まさか、食欲でも無いのか?」


「ええ。無くなりました。それもお父様のせいで」


「何と! 私せいだと言うのか!?」


自分を指さし、目を丸くするランドルフ。


「ええ、そうです。仮にも美食貴族として世間に知れ渡っている人が、賄賂を受け取り嘘の評価を下して、店を閉店に追い込むなんて最低……いえ! これは立派な犯罪です!」


「犯罪……そ、それは少し言い過ぎなのではないか?」


犯罪と言う言葉にランドルフが青ざめる。


「いいえ、言い過ぎではありません。という訳で、部屋に戻らせて頂きます」


「ま、待ってくれ! オリビエ! 食欲が無いなら仕方ないが……せめて昨夜行ってきた店の名前だけでも教えてくれ!」


「はぁ? 教えるはずないじゃありませんか」


オリビエは露骨に軽蔑の眼差しを向け、呆然とする父を残してダイニングルームを後にした——


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