39話 不快極まりない台詞を吐く父

—―18時


 オリビエは自室で大学のレポートを仕上げていた。


このレポートは単位に大きく関わってくる。アデリーナの助言によって、大学院進学を決めたオリビエにとっては重要なレポートだ。


「……ふぅ。こんなものかしら」


ペンを置いて一息ついたとき。


—―コンコン


ノック音が響いた。


「誰かしら?」


大きな声で呼びかけると扉がほんの少しだけ開かれて、トレーシーが顔を覗かせた。


「オリビエ様……少々よろしいでしょうか?」


「ええ、いいわよ。入って」


「失礼します」


かしこまった様子で部屋に入って来たトレーシーは深刻そうな表情を浮かべている。


「トレーシー。どうかしたの?」


「あの、実は旦那様がお呼びなのですが……」


「え? お父様が?」


今迄オリビエは個人的に父に呼び出されたことはない。

ひょっとすると、今朝の出来事で何か咎められるのだろうか……そう考えたオリビエは憂鬱な気分で立ち上がった。


「分かったわ。書斎に行けばいいのね?」


「いえ、違います。ダイニングルームでお待ちになっていらっしゃいます」


「え? ダイニングルームに?」


「はい、そうです」


「おかしな話ね……今まで食事の時間に呼ばれたことはないのに」


「そうですよね……」


オリビエとトレーシーは顔を見合わせた——



**


「お待たせいたしました。お父……さ……ま?」


ダイニングルームに入ってきたオリビエは驚いた。何故なら真正面に父——ランドルフが満面の笑みを浮かべて待ち受けていたからだ。父の左右には給仕を兼ねたフットマンが立っている。

しかも、いつも着席しているはずの義母、シャロン、兄ミハエルの姿も無い。


「おお、待っていたぞ。オリビエ、さぁ。席に着きなさい」


ランドルフは自分の向かい側の席を勧めてくる。


「はぁ……失礼します」


そこへ、スッとフットマンが近づくとオリビエの為に椅子を引いた。

これも初めてのことだった。何しろこの屋敷の使用人達は全員オリビエを見下していたのだから。


「……ありがとう」


慣れない真似をされたオリビエは落ち着かない気持ちで礼を述べる。


「いいえ、とんでもございません」


ニコリと笑うフットマン。……彼は今まで一度もオリビエに挨拶すらしたことが無い使用人だ。


「よし、それでは早速食事にしようか?」


ランドルフの言葉と同時にワゴンを押したメイドが現れ、次々に料理を並べていく。

どれも出来たてのようで、料理からは湯気が立っている。


「まぁ……」


家族と顔を合わせて食事するのが苦手だったオリビエは、家の食事は冷めた料理ばかりだった。


(出来立ての料理を家で食べるのは初めてだわ……)


つい、口元に笑みが浮かぶ。すると父ランドルフが嬉しそうに話しかけてきた。


「どうだ? オリビエ。今夜の食事はお前の為に用意した。嬉しいだろう?」


何処か恩着せがましい言い方が気に入らなかったが、オリビエは素直に頷く。


「そうですね。どの料理もとても美味しそうです。ところで他の家族はどうしたのですか? 見たところ2人分の料理しか用意されていないようですけど?」


「それはそうだ。今夜は私とお前の2人きりの夕食だからな」


「え?」


その話に耳を疑うオリビエ。


「あの~一体それはどういうことなのでしょうか?」


するとランドルフはため息をついた。


「オリビエ……我々家族はもう駄目だ」


「……え?」


「家庭崩壊だ。ミハエルもゾフィーもシャロンも顔を突き合わせて食事なんかごめんだ、自分たちの部屋で一人で食事をすると言い張ったのだ。まぁ、もっとも私もあんな家族と一緒の食事などごめんだ。折角の食事も楽しめん。何しろミハエルは横領に買収。ゾフィーは賭博に狂い、シャロンは魔性の娘だったのだから。という訳で、オリヴィエ。 これから食事は私と2人でとるのだ。どうだ? 嬉しいだろう?」


ランドルフは……オリビエを不快にさせるセリフを口にした――




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