34話 オリビエの作戦

「私はただディートリッヒ様の婚約者は私なのだから、せめて人前で2人きりになるのは、おやめくださいとお話しているだけです。 後何度同じことを言えばいい加減理解して頂けるのでしょうか? まさかお2人は言葉が通じないわけではありませんよね?」


アデリーナの話に、周囲で見ていた学生たちが騒めく。中には彼女の物言いがおかしかったのか、肩を震わせて笑いを堪えている学生たちもいる。


「アデリーナッ! お前……俺たちを注意しているのか!? それとも馬鹿にしているのか? どっちだなんだ!」


プライドの高いディートリッヒは、周囲から笑われる原因を作ったアデリーナに激しい怒りをぶつけた。

しかしアデリーナは怒声にひるむことなく、冷静な態度を崩さない。


「私はお2人に対し、注意をしているわけでも馬鹿にしているわけでもありません。ただ、自分の置かれた立場を理解して下さいと諭しているだけですが?」


「何? 注意することと諭すことの何処が違う! 同じ意味だろう!?」


激高するディートリッヒに対し、サンドラは肩を震わせて俯いている。



「あれは……」


3人の……特に、サンドラの様子を注視していたオリビエは思わず声を漏らす。


「あの女子学生……怖くて震えいるのか?」

「それにしてもアデリーナ様は気丈な方よね」

「だから悪女と言われてしまうのだろう」


周囲の学生たちのヒソヒソ話が聞こえてくるが、誰もが全員アデリーナを悪く言う者ばかりだった。


一方のアデリーナはそんな状況を、物ともせずに言葉を続ける。


「いいえ、注意と諭すでは意味合いが違います。注意は気を付けるようにという意味で、諭すというのは物の通りを教え、理解させる為に使う言葉です。つまり婚約者である私がいるのに、大勢の人が集まる場所で他の女性と2人きりで食事をするのは間違いですとお話しているのです。御理解いただけましたか?」


この言葉に、増々ディートリッヒの怒りが増す。


「何だとっ!! お前という奴は……一体どこまで俺を馬鹿にするつもりだ! だから俺はお前がいやなんだよ!」


すると今まで黙っていたサンドラが突然ディートリッヒにしがみついてきた。


「待って! やめてくださいディートリッヒ様! もとはと言えば、私がいけなかったのです。 私はアデリーナ様の足元にも及ばないのに、身の程知らずにもディートリッヒ様に好意を抱いてしまった私がすべて悪いのです!」


その目には涙が浮かんでいる。


「何を言う。君のように心も優しく、美しい女性は他にどこを探してもいるものか。あんな女の戯言など聞く必要は無いからな?」


「ディートリッヒ様……」


見つめ合う2人を見て、アデリーナはため息をつく。


「全く……くだらないお芝居はしないでいただけますか?」


くだらない芝居――オリビエも同じことを考えていた。

その言葉に、増々周囲のざわめきも大きくなる。


「な、何がくだらない芝居だ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


我慢できなくなったディートリッヒがついに手を振り上げた。


(アデリーナ様が危ないわ!!)


オリビエは素早く動いた。


「え!? オリビエッ!? ちょ、ちょっと何をするのよ!?」


エレナが止めるのも聞かず、オリビエはグラスを掴むと床に叩きつけた。


ガチャーンッ!!


途端にカフェテリアにガラスの割れる音が激しく響き渡る。


「キャアッ!! オリビエッ!!」


堪らず叫ぶエレナ。


「何! 今の音は!」

「何があったんだ!?」


当然、ガラスの割れる音はアデリーナたちの耳にも届いた。


「まぁ! オリビエさんっ!?」


アデリーナの目が驚きで見開かれる。


「た、大変! グラスが!」


オリビエは大げさな声を上げ、床にしゃがんでグラスを拾い上げようとし……


「あ! 痛っ!」


大きな声を上げた。


「オリビエ! 大丈夫!?」


「オリビエさんっ!!」


右手を抑えるオリビエの元にアデリーナが駆け寄って来た。


「あ……アデリーナ様……」


「大丈夫? オリビエさん? もしかして怪我したの……まぁ! 血が出ているわ!」


オリビエの握りしめた右手から血が流れている。騒ぎを治める為にわざと尖った破片を握りしめて、怪我を負ったのだ。


今度は周囲の視線が一斉にオリビエに注がれる。


「オリビエ! 怪我してるわ! すぐに医務室へ行かないと!」


エレナが真っ青になって声をかけてくる。


「だったら、私がオリビエさんを連れて行くわ」


アデリーナが名乗りを上げると、ディートリッヒが大きな声を上げた。


「何だと!? まだ話は終わっていないぞ!?」


「この人の怪我の治療の方が大事です!」


アデリーナは言い返すと、オリビエに優しく声をかけた。


「さ、行きましょう? オリビエさん」


「はい」


頷くと、次にオリビエはエレナに視線を向ける。


「エレナはまだ食事が終わっていないでしょう? だから……ついて来なくて大丈夫よ?」


「わ、分かったわ……」


オリビエは大勢の学生たちが見守る中、アデリーナとカフェテリアを後にした――



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