35話 悪女の親友 

「大丈夫? オリビエさん」


カフェテリアを出るとすぐにアデリーナが心配そうに声をかけてきた。


「はい。このくらいの傷、私は平気です。それよりアデリーナ様こそ大丈夫ですか?」


「え? 何のことかしら?」


「はい。あんなに大勢の人たちの前でディートリッヒ様に怒鳴られて、しかも手まであげられそうになっていたので」


「その事ね。でもそれは貴女の騒ぎで……」


そこまで口にしたアデリーナは気付いた。


「まさか、オリビエさん。私を助けるために?」


「あ、それは……」


するとアデリーナの顔色が変わる。


「やっぱりそうだったのね……早く医務室へ行きましょう!」


「は、はい」


2人は急ぎ足で医務室へ向かった――




****


—―医務室


オリビエはアデリーナから傷の手当てを受けていた。


「良かった。出血の割には、あまり大きな傷じゃなくて」


「そうですね。でも、まさかアデリーナ様から傷の手当てをして頂けるとは思いませんでした」


オリビエは医務室を見渡した。室内には、本来いるべきはずの校内医の姿は見えない。


「そうね。まさか『昼休み中』のプレートがかかっているとは思わなかったわ。はい、これでもう大丈夫よ」


アデリーナは包帯を巻き終えると、オリビエを見つめた。


「ありがとうございます。でも、アデリーナ様は何でも得意なのですね。まさか怪我の手当てまで出来るとは思いませんでした」


オリビエの手に巻かれた包帯はとても丁寧に巻かれていた。


「子供の頃から騎士を目指していたディートリッヒ様は生傷が絶えない方だったの。だから彼の傷の手当てが出来る様に、一生懸命練習したのよ」


その言い方はどこか寂し気に聞こえた。


「アデリーナ様……」


(やっぱりアデリーナ様はディートリッヒ様のことを、好いてらっしゃるのかしら)


「それにしても、本当にディートリッヒ様は最低な男だわ! まさかオリビエさんにこんな怪我を負わせるなんて!」


「え? この怪我は私が勝手に負ったものですけど?」


アデリーナの突然の発言にオリビエは面食らう。


「いいえ、何と言ってもこの傷はディートリッヒ様の……いえ。ディートリッヒのせいよ。許せないわ……私の大切な親友にこんな酷いことをするなんて」


アデリーナの美しい瞳は怒りに燃えている。


「アデリーナ様、まさか私のことを大切なお友達と思っていて下さったのですか?」


「ええ、当然じゃない。だって怪我をしてでも、助けてくれたのだから。私はあなたに何もしてあげられていないのに」


「いいえ、そんなことはありません! アデリーナ様のお陰で、私は生まれ変わることが出来たのですから!」


首を振るオリビエ。


「え? それは一体どういうことかしら?」


「はい、実は……」


オリビエはアデリーナにも今朝の一連の出来事を説明した――



****


「そう、そんなことがあったのね……でもいくら家族に蔑ろにされているからと言っても、オリビエさんにはショックだったのではないかしら?」


アデリーナがしんみりした顔で問いかける。


「いいえ! そんなことありません。むしろ愉快でした」


「え? 愉快?」


「はい、そうです。仲が良さそうにしていた家族が、たった一瞬でその関係が崩壊したのですよ? 全員が互いを罵りあう姿を蚊帳の外で見るのはとても楽しかったです。ワクワクしました」


「オリビエさん……」


アデリーナは目を見開き、次の瞬間満面の笑顔を見せた。


「良く言ったわ! オリビエさん! それこそ私の見込んだ通りの人よ! 貴女を初めて見た時から、感じていたのよ。きっとこの女性はただ者ではなって! 私の見込んだ通りだったわ! こうなったら私も貴女を見習って、殻を破ってもっと強くならなければいけないわ!」


「え? で、でもアデリーナ様は十分強い方ではありませんか?」


「いいえ、そんなこと無いわよ。でもオリビエさんのお陰で決心がついたの。見ていて頂戴ね。オリビエさん」


「え? 決心て……?」


何のことかさっぱり分からないオリビエは首を傾げた、その時。


ゴーン

ゴーン

ゴーン


午後の授業開始10分前の予鈴が鳴り響いた。


「あ、大変! もうこんな時間だわ、授業に遅れるといけないから早く行きましょう」


アデリーナが立ち上がった。


「はい、アデリーナ様」


結局オリビエは肝心な話を聞くことが出来ないまま、午後の授業へ向かうことになった。



そして後日。

アデリーナの言葉の真の意味を知り、彼女の芯の強さを目の当たりにする—―

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