2話 オリビエの現状
「それでは失礼いたします」
朝食を終えたオリビエが席を立っても返事をするものは誰もいない。これもいつものことだ。
オリビエは軽く会釈すると、そのままダイニングルームを後にした。
廊下を歩くオリビエにすれ違う使用人たちは挨拶どころか、目を合わそうともしない。
何故、彼女1人がこのような状況下に置かれているのか……それは彼女が、この屋敷では厄介者だったからだ――
****
オリビエの母は彼女を出産と同時にこの世を去った。愛する人を失った父と母親が大好きだった兄の喪失感は計り知れず、亡くなった原因をつくった怒りの矛先がオリビエに向けられたのだ。
2人はオリビエと関わることを極力避け、彼女はメイドの手によって交代で育てられた。
まだ幼かったオリビエは自分が何故父からも兄からも嫌われているのか理解できなかったが、心無いメイドの言葉で理由を知ることになる。
『オリビエ様のお母様は、あなたを産んだことで、亡くなってしまったのですよ』
母が死んだ理由を知ったオリビエは少しでも自分を好きになってもらうために、父と兄に一生懸命愛嬌を振りまいた。
絵のプレゼントや、花壇から花を摘んで花束にして渡そうと試みたが、2人は冷たい視線を投げつけるだけで受け取ってくれることは無かった。
結局オリビエはプレゼントを渡すことは諦め、せめて2人と話をするときは笑顔になろうと決めた。
たとえ相手にされなくても笑顔でいれば、いつかきっと2人は私を好きになってくれるはず――!
そんな未来を思い描いていた矢先、父の再婚話が浮上したのである。
相手の女性は当時まだ20歳になったばかりの男爵令嬢。父は彼女と再婚し……2年後、オリビエが5歳の時に異母妹となるシャロンが誕生した。
オリビエは妹の誕生に喜び、仲良くなるためにシャロンに近づいた。
しかし、元からオリビエを良く思っていなかった義母がそれを許すはずなど無かった。
徹底的にオリビエを遠ざけ、シャロンの前で罵倒する。そして見て見ぬふりをする父と兄。
当然。シャロンもオリビエを馬鹿にするようになってしまったのだった――
****
「ふぅ……やっぱり自分の部屋は落ち着くわね……」
部屋に戻ってきたオリビエはため息をつくと大学へ行く準備を始めた。
彼女は現在、エリート貴族のみが通うことの出来る大学へ通っている。この大学は兄のミハエルすら通えなかった名門大学であり、そのこともオリビエに対する憎しみを募らせる要因の一つとなっていた。
忘れ物が無いか確認すると、カバンを持ってオリビエは部屋を後にした。
エントランスに向って歩いていると、前方から年若いメイドと出くわした。
「あ、オリビエ様。これから大学へ行かれるのですか?」
栗毛色のお下げ髪の若いメイドは数少ないオリビエの味方であり、専属メイドでもあった。
「そうよ、トレーシー」
「今日は何で行かれるのですか? 馬車を利用されますか? もし馬車を利用されるなら馬繋場へ連絡してきますよ」
オリビエは少し考えた。
家族からも使用人からも冷遇されているオリビエは馬車を出すことも渋られている。
いつも馬車を御者に頼むと露骨に嫌そうな顔をされ、仕方なく出してくれるような有り様だ。
そんな態度を取られてまで馬車に乗りたいとは思わない。
そこでオリビエは大学に入学してすぐに、まだ物珍しい自転車を購入した。誰の手も借りずに訓練し、今では普通に乗りこなせるようになっていたのだ。
「いいえ、大丈夫よ。今日はお天気だから自転車で大学へ行くわ」
「そうですか……? 分かりました。ではお気をつけていってらっしゃいませ」
「ええ、ありがとう。トレーシー」
トレーシーは殺伐とした屋敷で暮らすオリビエの希望でもあった。笑顔でトレーシーに手を振ると、自転車が置いてある倉庫へ向った――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます