3話 親友
石畳の町並みを赤い自転車に乗って、颯爽とペダルをこぐオリビエ。
大学までの道のりは自転車で片道30分。決して近い距離では無かったが、御者の顔色を伺いながら馬車に乗せてもらうよりも余程気が楽だった。何より風を切って自転車をこぐのは気持ちが良い。
いつものように正門を自転車で通り抜けると、学生たちの好機に満ちた視線が向けられる。
はじめはその視線が気まずかったが、今ではすっかり慣れてしまっていた。
正門の隅の方に自転車を止めると、前方から友人のエレナが手を振って近づいてきた。彼女はオリビエの自転車に興味を持ったことがきっかけで友人になれた一人でもある。
「おはよう、今日も自転車で通学してきたのね?」
「ええ、だってとても良い天気じゃない。多分、この様子だと雨は降らないはずよ」
空を見上げれば、雲一つ無い青空が広がっている。
「それじゃ、教室に行きましょう」
「ええ、そうね」
エレナに誘われ笑顔で返事をすると、2人で校舎へ向って並んで歩き始めた。
「あのね、オリビエ。私も実はあなたにならって自転車を買ったのよ」
「え? そうなの? それは驚きだわ」
「これも全てあなたの影響ね。ようやく少しずつ乗れるようになってきたところなの。やっぱりいつまでも、どこかへ行くのに、御者に頼るのっていやだったのよね。少しは自立出来るようにならないと」
「……そうね」
オリビエは曖昧に返事をした。家族関係が良好なエレナには自分の置かれた境遇をどうしても言えなかったのだ。
(家族や使用人たちから冷遇されているので、馬車にも乗りづらくて自転車を使っているなんて絶対エレナには言えないわ。もしそのことを知れば、きっと気を使わせてしまうもの)
「そう言えば、来月は秋の学園祭ね。後夜祭はダンスパーティーがあるけれど、パートナーはギスランと参加するのでしょう?」
不意に話題を変えてくるエレナ。
ギスランは同じ大学に通う同級生であり、親同士が決めたオリビエの婚約者でもあった。
「ギスランがパートナーになってくれるかどうかは……まだ分からないわ」
オリビエの顔が曇る。
「あら? どうしてなの?」
「それ……は……」
オリビエはそこで言い淀む。
なぜならギスランはここ最近、急激に大人っぽくなった異母妹のシャロンに夢中になっていたからだ。
オリビエに会いに来たと言っては、シャロンと2人だけでお茶を楽しむような関係になっていた。
それにオリビエには内緒にしているが、2人がこっそりデートをしていることもメイドたちの噂話で知っている。
(シャロンはまだ15歳なのに……。でもこのままだと今にギスランは、私からシャロンに乗り換えるつもりかもしれないわ。婚約解消を告げられるのも、時間の問題かも……)
そう考えると、重苦しい気分になってくる。
ギスランは親が決めた婚約者であり、別に好きというわけでも無かった。けれど息苦しい家を早く出たいオリビエにとって、ギスランは希望の存在だったのだ。
「どうかしたの? オリビエ」
エレナが心配そうにオリビエの顔を覗き込んだ。
「いいえ、なんでもないわ。そういうエレナはどうなの?」
「勿論、婚約者のカールと参加するわよ。それで、ドレスのことなのだけど……」
そのとき。
「いい加減にしろ! アデリーナッ!」
校舎のそばにある中庭付近で男性の興奮した声が響き渡った。
「キャッ!」
「な、何!? 今の声は!」
突然大きな声に、2人は同時に驚き、中庭を振り返った。すると3人の男女の姿が目に入った。
1人はブロンドの髪の青年。その隣には栗毛色の髪の女性が寄り添っている。
そして2人に対峙するように正面に立っているのは、情熱的な赤い髪の女性。
「あら。あの方は4年生で侯爵令嬢のアデリーナ様だわ」
「え? 侯爵令嬢なの?」
エレナの言葉に驚くオリビエ。
「ええ、知らなかったの? 有名な方よ。そしてあの男性はアデリーナ様の婚約者のディートリッヒ侯爵よ。でも一緒にいる女性はどなたかしら?」
けれど、エレナの言葉はオリビエの耳には届いていない。
何故なら、燃えるような髪色の美しいアデリーナにすっかり見惚れてしまっていたからだ――
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