悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました
結城芙由奈
1話 オリビエ・フォードの憂鬱
20歳の子爵家令嬢――オリビエ・フォード。
背中まで届くダークブロンドの髪に、グレイの瞳の彼女は貴族令嬢でありながら地味で目立たない存在だった――
――7時半
いつものようにオリビエはダイニングルームに向って歩いていた。途中、何人かの使用人たちにすれ違うも、誰一人彼女に挨拶をする者はいない。
使用人たちは彼女をチラリと一瞥するか、これみよがしにヒソヒソと囁き嫌がらせをする者たちばかりだった。
「いつ見ても辛気臭い姿ね」
突如、オリビエの耳にあからさまな侮蔑の言葉が聞こえてきた。思わず声の聞こえた方向に視線を移せば、義妹のお気に入りの2人のメイドがこちらをじっと見つめている。
「あー忙しい、忙しい」
「仕事に行きましょう」
目が合うと2人のメイドは視線をそらし、そのまま通り過ぎて行った。
「ふん、この屋敷の厄介者のくせに」
一人のメイドがすれ違いざまに聞えよがしに言い放った。
「!」
その言葉に足が止まりメイド達を振り返ると、楽しげに会話をしながら歩き去っていく様子が見えた。
「はぁ……」
小さくため息をつくと、再びオリビエはダイニングルームへ向った――
ダイニングルームに到着すると、既にテーブルには家族全員が揃い、楽しげに会話をしながら食事をしていた。
「そうか、それでは騎士入団試験に合格したということだな?」
父親が長男のミハエルと会話をしている。
「はい。大学卒業後は王宮の騎士団に配属されることが決定となりました」
「そうか、それはすごいな。私も鼻が高い」
「お兄様、素晴らしいですわ」
ミハエルとは腹違いの妹、シャロンが笑顔になる。
そこへ、遅れてきたオリビエが遠慮がちに声をかけた。
「おはようございます……遅くなって申し訳ありません」
しかし彼女の言葉に返事をする者は誰もいないし、椅子を引いてくれる給仕もいない。
テーブルの前には既に食事が並べられており、オリビエは無言で着席した。
食事の席に遅れてくるのには、理由があった。それは彼女だけが家族から疎外されていたからだ。
父親からは疎まれ、3歳年上の兄ミハエルからは憎まれている。義母からは無視され、15歳の異母妹からは馬鹿にされる……そんな家族ばかりが集まる食卓に就きたいはずはなかった。
そこで出来るだけ遅れて現れるようにしていたのである。
オリビエが静かに食事を始めると義母がよく通る声で自慢話を始めた。
「あなた、聞いて下さいな。シャロンは今度クラスの代表でピアノを演奏することになったのよ」
「それはすごいな。さすがは自慢の娘だ」
父親は嬉しそうにシャロンに笑いかけ、見向きもせずオリビエに尋ねた。
「そう言えばオリビエ。先週試験結果が発表されただろう? 結果はどうだったのだ?」
「え?」
まさか父親から話しかけてもらえるとは思えず、オリビエは驚いて顔を上げた。その言葉にミハエル、義母、異母妹のシャロンも驚く。
「どうした? 何故答えない? まさか言えないほど酷い結果だったのか?」
鋭い視線をオリビエに向ける。
「い、いえ。そのようなことはありません、お父様。今回は試験を頑張りました。お陰で学年3位になれました」
父親に話しかけられたことが嬉しく、笑顔で答える。
しかし……。
「なるほど3位か。つまり後2人、お前より優秀な人物がいるということだな」
父は冷たい言葉をぶつける。
「3位だから、何だというのだ」
ミハエルはそっけなく言い放つ。
「全く、たかが3位で偉そうにするなんて図々しいこと」
義母は憎しみを込めた目でオリビエを睨み、シャロンは黙って食事を口にしている。
「……申し訳ありません……」
オリビエは弱々しく俯いた。
「ところで、お父様。私、買って頂きたいドレスがあるのですけど」
シャロンが甘えた声を出し、父は目を細める。
「何が欲しいのだ?」
「はい、今度のお茶会で着るドレスなのですけど……」
もう、誰もオリビエを気に留めるものはこの場にいなかった。3人が楽しげに会話しながら食事をしている姿をオリビエは黙って見つめている。
(やっぱり、予想していた通りね……今更だけど)
一刻も早く食事を済ませて、この息苦しい場所からいなくなろう。
オリビエは一人、黙々と食事を進めた――
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