第3話 この感情が本当の愛でありますように
「魔法を制限し、科学を進める――。そんな王国にいる意味はなにかしら」
「……さっき言っただろう。場所がすべてではないと」
「いいえ。根源たるマナの大樹の聖地で研究をする方がより効率的よ。そもそも去年は聖都行きの前向きに考えていたじゃない」
止まらない喧嘩。時間にして二時間。私は二人を見守り、部屋の隅でプリンを食べる。ふと、彼女が私を見た。ハッとした顔をする。
「あなたまさかだけど……。あそこの神龍、もといい成就の杯は王国の所有物だから――。聖都には持っていけないから王都にいる、ってわけじゃないでしょうね」
テオドアは実はわかりやすい。それも、彼と時間を過ごすと微々たる表情の変化が分かるようになるからである。
例えば、彼は今一見すまし顔だ。だが、少し眉間の皺が深くなっている。さながら、ぎくりとしているに違いない。それは彼女にも相手にも伝わった。彼女がテオドアのデスクを力強く叩く。
「ちょっと!!あなた!?あなたの本当にやりたい事を見失ったの!?」
「魔法とマナの研究は続けている」
「聖都に来ないってことは、それだけじゃないわよね!?」
「――マナの研究と、神龍(メイ)の研究」
「~~~~ッ!!大馬鹿テオドアーーーー!!!!!!」
彼女のもっともな怒りが研究所中に響き渡った。
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テオドアは一通の手紙を持っていた。
手紙は私が渡したものだ。「メイが俺に手紙を」と目をキラキラさせ手紙を受け取るテオドア。しかし、私が書いた手紙ではない。
その手紙は、別の研究室職員がテオドアに持ってきたものだ。手紙を持ってきた者は、テオドアが席を外した後に運悪く訪ねてきた。そのため、誰もいない研究室にノックをしていた。
反応から不在と分かる。そうして、彼はぐすんと泣き出してしまった。室内で霊体化していた私は大層驚いた。急いで廊下に出て彼を見る。彼は今にも消え入りそうな声で、「終わった。殺される……」というのだ。彼の悲痛な独り言は私の良心に刺さった。私が代わりに出て、応対し手紙を受け取った。
その手紙の封筒には向日葵が書かれている。秋の今。少し季節はずれるが、洒落た手紙である印象は変わらない。
テオドアは差出人の名前を見て、顔をしかめた。その表情の変化をデスク越しから見る。
「どうしたのですか?」
「……今度、俺の幼馴染が王都に来るらしい。」
大変良いことではないか、そのまま口にする。それでも、彼は同じ表情のままだった。不思議に思ったが、それはさておき。研究室を訪ねてきた者の話をする。
「それ別の研究室に誤って投函されていた手紙らしいです。……謝られていましたよ」
「そうか」
「届いた時期は二か月程前、だそうです」
「……何?」
テオドアの声色が代わった。小首を傾げる。
「それは非常にまずいな……。メイ、しばらく休暇にしよう」
「えぇ!?何を突然……。というか、そんなことできないほどスケジュールはびっしりでしょう!?」
彼自身も分かっているだろうに、急に何を言い出すのかと驚いた。
壁にかけられたカレンダーをテオドアの眼前に持ってくる。
そのカレンダーは彼のスケジュールが書いてある。時間を潰すため、私が書いているものだ。
改めて見ても、休暇の隙間などない。
「足を骨折したことにしよう。そして、自宅で研究は進めて、研究室には来れない状況にすればいい」
どう考えてもおかしい。基本現実主義のテオドアがこんな子供じみた事を言っている。疑念を解こうと彼に話かけようとした時、研究室の扉が勢いよく開いた。
「足を骨折したことにする、ですって?」
声がした扉の方を見る。そこには、女性が立っていた。
女性を美しいと思った。内側に巻かれた首元までの長さの赤毛。きりっとした目に翡翠色の瞳。美しい立ち姿に引き締まったスタイル。他の人が形容しても彼女は美しいと思うだろう。
そんな彼女を見て、テオドアの眉間は一層寄った。そして、重々しく口を開く。
「ジュリス――」
「幼馴染が来たのに結構なご挨拶ね、テオドア?」
ジュリスと呼ばれた彼女は、スーツケースを研究室に入れる。そしてスーツケースを広げると、魔法陣が展開された。
魔法陣を読み解く。それは、転移の魔法だ。条件はスーツケースを開けた時に、指定された場所から、指定された物だけ持ってくる。そのような複雑性もある魔法陣。その魔法陣から、鉄製のデスクが出てきた。
少し待ち、出来上がったのは、テオドアの椅子に劣らず座り心地の良さそうな椅子。そして、書類や筆記用具等、整理されたデスク。
「手紙で書いた通りしばらくお世話になるわ」
凛とした声でそういう彼女。テオドアは顔が険しくなっていく。
「――あなたが神龍?」
「はい。メイとお呼びください」
手を差し出す。確か西部での友好の挨拶は握手、だったはずだ。何百年の前の記憶をたどり実践する。
「あら、もっと嫌な性格かとも思っていたわ」
「……嫌な人?」
「えぇ。テオドアに色仕掛けして王都に引き留めていると思っていたの」
彼女がざっくばらんと話す。当たらずと雖も遠からず。内心冷汗が止まらなかった。
「は、はは。もし、嫌な性格だったらどうしていたんですか……?」
「……試す?」
「イヤ!!ダイジョウブデス!!!!」
全身を悪寒が走った。急いで彼女と距離をとる。彼女の圧力に、清流としての威厳等なく震えてしまう。
「ふふ、冗談よ。改めて、私はジュリス・ミヤレンよろしくね、メイ!」
彼女に引っ込めた手を無理やり掴まれる。
「は、はい……」とほそぼそと口にする私、デスクの方で情けなくおろおろしているテオドア。快活に笑うジュリス。
第一マナ研究室は類を見ない盛り上がりを見せた。
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朝。相変わらずテオドアは朝に弱い。「もう少し一緒いよう」と言い抜かすテオドアをたたき起こす。昨日のジュリスがあまりに嫌だったのか、今日は嫌にしつこかった。
「おはよう。テオドア、メイ」
「ジュリス!?」
「…………」
玄関の扉を開けるとジュリスが立っていた。
彼女は朝からとても美しい。前髪から毛先まで整っており、衣服も着こなし、控えめな香水のいい香り、そして立ち姿。何をとっても不足ない。
対するは、寝ぐせで跳ねた後ろ髪。掛け違えたシャツ。自宅の香り。そして、目を擦りながら猫背姿のテオドア。おまけに、私に手を引かれている。天と地とはまさにこのこと。補足しておくが、いつももっとちゃんとしている。今日はいつにも増して家を出たがらなかったので、面倒になり整えず出てきているだけだ。
戻すと、テオドアの有様を見て、ジュリスの美しい笑みに亀裂が入った。
「テオドア貴方って人は……。」
それは一瞬だった。ジュリスはテオドアを連れて、家に逆戻りする。そして、洗面台に向かわせると勢いよく彼の顔面に水をかけた。その勢いのまま、髪、衣類を整え、少しの香水をつけた。最後に、曲がった背中を思い切りビンタする。完璧で美しいテオドアが完成した。
「全くいつになったら朝が強くなるのかしら!ほら行くわよ。」
「……はい…………」
キビキビと歩くジュリス。それに着いていくテオドア。私は粛々と霊体化して着いていった。
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テオドアとジュリスは阿吽の呼吸だった。
適切なサポート。講義での対応。研究調査。各所への連絡。その他諸々。今日のテオドアの仕事に成績を付けるとすれば120点。魔法学研究者の最高の一日だった。彼女が隣にいる自然さ。片腕と比喩できるほどの一体感。まさにそれ。
1.2倍の仕事量を定時まででこなし終えた。テオドアがこんな時間に帰宅できるのなんて、久しぶりだろう。
帰宅してからもジュリスはまさにパーフェクト。私が台所に立つ前に、彼女が立つ。料理人のごとき手際の良さで4品の料理を完成させた。オムライス、コンソメスープ、手作りドレッシングに綺麗に盛り付けられたサラダ。そして、デザートにフルーツが入ったヨーグルト。
味も最高。美味しいのさらに上。私は美味しいさの余り涙がでた。だが、テオドアとジュリスは静かな食卓を囲う。二人を邪魔しないようにむせび泣いた。
ジュリスの美味しい夕飯を食べ終わる。「お皿終わりくらいは私が!」と立候補するが、「ありがとう。でも結構よ」とスマートに食器を片していく。彼女が制したのも頷けるほど手際が良かった。
テオドアの方を見る。彼は自身の研究にもう少し手を加えたいことがあるようだった。自宅で資料を広げる。こんな余裕のある時間。久しぶりに見た。
肩身が狭いとはこの事か。私は霊体化して眺める事にした。
暫くして彼女が食器を片し終える。私のエプロンを使っていたので、それを所定の位置に戻す。テオドアは、水道の止まった音に気付き広げた資料を片付ける。そして目の前にあるティーポットに入っている紅茶をジュリスが使用していたカップに注ぐ。
「あら、ありがとう」
始終を見ていたジュリスは、微笑み受け取る。テオドアはジュリスを見ずに資料を見続けている。いい集中を保っているのだろう。彼らの空気感は熟練の夫婦そのものだった。
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数時間後、家の時計が鳴った。22時を示す。
テオドアもジュリスもお互いの研究に精を出していた。その音が鳴り、手を止める。いい時間になっていたのを今しがた気づいたのだ。
「……メイ?」
テオドアに名前を呼ばれて、居間に実体化する。
「寝ていたのか?」
「いえ、起きていました」
「……何かあったのか?」
「?とくには何も……?」
テオドアの意図の分からない質問。ただこんな事をしている場合ではない。もう22時なのだ。周りは暗い。もともと22時を回ったら聞くつもりだったことをジュリスに話す。
「ジュリス、今日は此処に泊まるのですか?」
「……泊っていくといったら?」
彼女は強気で、少し挑発的感じた。私は素直に本音を伝える。
「とても安心します。夜も更けておりますし。テオドアもいいですよね?」
豆鉄砲を食らった顔をするジュリス。私がどういう反応をすると思っていたのだろうか。テオドアもあっさり承諾した。時間も時間だ。ジュリスの事を考え、今更帰すことは選択肢になかった様に思う。この晩、ジュリスは泊まった。
ジュリスは居間の大きなソファーで寝る。それが決まるまで大変長かった。
テオドアは気を遣い自分のベッドで寝る様にいう。ジュリスは泊めて貰う身で家主の負担になれない。まさに押し問答。私はこの間で、入浴、風呂掃除を済ませた。浴室から出て、まだ言い争っている二人を見て呆れる。じゃんけん勝敗を決めるよう意見を提示する。結果、ジュリスが勝ち、今の形になった。
家中の明かりが消える。今日は霊体として、朝まで意識を停止させようとする。
「メイ」
不意にテオドアに呼ばれた。声の元へ実体化する。
そこはテオドアの部屋。カーテンから月光が窓から差し込んでいる。彼は既にベッドに横になっている。とろんとした目の彼は、もうすぐ入眠することが明らかだった。空中から声をかける。
「どうしました?」
「会いたかった」
「……何を言っているのですか。いい時間ですよ、寝てください」
テオドアは控えめに自分のベッドを叩いた。彼からの指示を受け取る。叩いた位置に横たわる。寝ているテオドアのすぐ横。彼は私の首に腕を回りし、もう片腕で私を覆う。簡単に腕の中に入った。彼を見上げる。既に目を瞑っていた。
「おやすみ、メイ」
「おやすみなさい、テオドア」
最後の挨拶をし、彼は寝息を立てた。
幸せそうな顔に安堵する。私の知っているテオドアがそこにいた。起こさないように、このまま意識を停止することにした。
停止前。感傷的になった。それはテオドアとジュリスの関係が頭を過ったからだ。
お似合いとはまさに二人の事。テオドアが成就の杯を使わなければ。そもそも私が現れなければ、二人は一緒に生きる事を選択したのだろうか。ちくりと胸が痛んだ。そのまま無駄な思考に浸るより、意識の停止を決めた。
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「ゆ、びわ……?」
ジュリスが驚愕した顔で呟く。
昼過ぎ。テオドアの研究室。ジュリスは昼食を済ませて食堂から帰っていた。そして、テオドアのデスクの上に置いてあるそれが、ジュリスの目に留まった。彼女は手に取りまじまじと見つめる。
何故そこにあるのか、私も理解できない。
『指輪』というジュリスが放った単語を聞きつけて、テオドアの研究室に来た。彼女の言う通り、指輪が目に入る。
今日のテオドアはしっかり朝から起きていた。そのため、起こして身支度を一緒にする必要がなく、
二人に朝の挨拶を済ませたのが最後。今まで霊体化して研究所周りに意識体として存在していた。
「あぁ、俺がメイにあげた。色々あって、まだもらえていない。」
「……結構な宝石が添えられているけれど、いくらしたの?」
急いで視覚と聴覚を切り離す。値段を聞くには居心地が悪いからだ。それが高価でも、安価でも、あまり聞きたくない。なので、10秒数感、視覚と聴覚を切り離した。……9……10。切り離した感覚を戻す。そうすると、テオドアが椅子から落ちていた。近くにジュリスがいる。慌てて実体化する。
「ど、どうしまし」
「あ、ああ、ああああ!テオドアがあなた!そんな大金どこから!」
ジュリスが、テオドアの胸倉をつかむ。わなわなと震えて問いただしている。まさに迫真。鬼の形相。すこし遠くから声をかけるが、迫力に気圧された。テオドアはすごい。その迫力を見ても無表情のまま。いや、もしかして二人にとっては日常茶飯事。慣れているのだろうか。
「自分の貯金だが」
「王都に一等地に戸建ての家が建てられる額じゃないの!!ばか!!!!」
「他に使う予定がないからいいだろう」
ジュリスがテオドアから手を離す。
そうして、大きく息を吐いた。私は本棚の前で両手を合わせる事しかできない。ジュリスはそんな私横目で見て、また小さく息を吐いた。何かを決意したようにデスクを挟んでテオドアに向き直る。
「テオドア。貴方は、いつまでこんな事をするつもりなのかしら。」
恐らく、彼女がずっと聞きたかった事だ。
「貴方は魔法学の未来を支える人間なの。昔から言っているけれども、強い人間は一人で生きていけるわ。他者と寄り添う事に否定はしないけれども、疑似恋愛で賄ってまで寄り添う意味はないの」
ジュリスは冷たい目をしていた。その目には射抜かれそうだと感じ、身震いした。
しかし、テオドアは臆さない。その目を見ても、負けまいと反論する。臆さないのは彼女と長年一緒にいた経験からの慣れもあるだろう。すかさず「いや、本気じゃないわ。」とかぶせられる。
「本気なら一目見た時に分かるもの。この人だけは何が起きても支えて、護る人だってね。
貴方はそんな事なかったのでしょう?」
事実。そうだ、始まりはその通り。私たちは研究者と神龍として出会った。それ以上はない。
「貴方たちの関係はただの夢想で、瞬間的。それは愛とは言えないわ」
テオドアの顔を見る。無表情の彼が、動揺しているのが分かった。
愛なのかどうか。それは彼にとって心を揺さぶられる一言だろう。私に対する思いは確かに、自分で捻出した感情ではなく成就の杯によってもたらされた作り物だ。ただ、それで終わってしまっては、また、路頭に迷ってしまう。愛とは結局のところ何なのか。分からない状態に戻る。それが怖い。怖くて仕方がない。
「……どうしても誰かと寄り添いたいのなら、私だって」
「ジュリス」と声を発する。二人の視線がこちらを向く。
「貴方がテオドアを大切にしている気持ち、よく伝わりました」
ジュリスはテオドアを大切にしている。大切な幼馴染が、誑かされているのであれば、心の底に怒りがあるのも頷ける。
「確かにこの愛のはじまりは、疑似的なものです。でも種はなんだっていい、育み、大切にする事に価値があるのです」
「無責任よ。貴女は所詮、神龍よ。何もかも人間と違うわ」
「そうです私は神龍です。でも、成就の杯の龍だったからこそ、おまけの龍だったからこそ、発端になった。」
テオドアが私をシェンメイと名付けてくれたから、私は胸を張れる。
「私は見てみたいのです。テオドアとの――愛の続きを。何処に行きつくのかを」
お互いが終わらせる気であれば、それが結果だ。テオドアを見る。
「ジュリス、俺はまだ愛を証明終了できていない」
ならば、見切りをつけるのは早い。
ジュリスは目を瞑る。そして、噛みしめた。「テオドア」と名前を呼ぶ。
「結果なんてどうでもいい。書き終えた時、あなたが幸せであることを祈ります。」
ジュリスは荷物てきぱきと荷物をまとめる。そして、研究室を出ていった。扉が閉まる音と同時に重い息を吐く。何とこの私が、人間を前に緊張していたのだ。ジュリス程、高潔で骨の芯まで美しい人間はそういないだろう。
緊張が解けると、とたん足元がぐらついた。倒れる私を支えるため、テオドアは咄嗟に私の腕を掴む。結果、無理な動きに彼もバランスを崩し、私は彼の上に落ちた。
彼の心臓に耳が当たる。とてもじゃないが正常な速さではない。当たり所が悪かったか!?と、驚いて身を起こそうとする。しかし、彼に背中を抱きしめられ叶わなかった。
「心臓がうるさい」
「それはもう。聞いていると心配になるほどですよ」
「止まってしまうと困る。聞いていてくれ。」
私は言われた通りに彼の胸に頭を預ける。集中するために目を閉じて、彼の音に耳を傾ける。冷静になる。これは身体的異常ではないと思い直せた。ではこの音は……。
「俺との愛の続きを見たい、のか?」
「な、なんですか……ッ!まさか茶化しているんですか!」
今思えば、先ほどジュリスと問答をした時、舞台の役者じみた言い回しをしてしまった。勿論、全て偽りのない本心だ。だからこそ誇張して伝えてしまったのではないか、と顔が真っ赤になった。
その思考に陥ってしまえば、テオドアの「そんなこともない」も聞く耳持たない。彼の胸元で顔を覆う。自然的に涙が出てくる。
テオドアの喉が鳴る。笑ったのだ。
「わ~~も~~。私の事『何言ってるんだ』と思っていたのですね!そうですね、今思えば自分でも詩的な表現をしたと反省を……!」
「いや、違う。俺の心音を聞いていてよくそんなこと言えるな、と」
「…………え」
言葉に詰まる。この心音は、動機は――。顔をあげる。彼は、今までに見たことのない表情をしていた。
「君を愛している」
つられて笑ってしまった。
どうか、この感情が本当の愛でありますように。
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日が落ちた研究室。テオドアは帰り支度を済ませた。デスク上には何もない。後は、自分の鞄を持ち電源を消して、部屋を施錠するだけ。彼が研究室のドアノブを手にかけるようとし、動きが止まった。
「メイ」
研究室に現れる。そしてテオドアが近づいてきた。私の右手を手に取り、それを私の指にはめた。
「これを着けるだけ着けてほしい」
「指輪?」
「俺は不器用だ。だから、これからも君に寂しい思いをさせてしまうかも知れない……」
テオドアは私の薬指にはめた指輪を撫でながら。思いを言葉にしていく。
「だが、君を愛している事に変わりはない。それを誓う。」
琥珀の瞳に熱が籠る。私は自身の右手を見て、指輪がハマっている状態をまざまざと見た。自分の指に薄桃色の宝石。最初に指輪をもらったときは、もらえなかった。ただの装飾品ではない。指輪が人間社会で重い意味を持つと知っていたからだ。今は違う。自分の指にハマるそれに心が温かくなった。……振り返って、一つの疑問。
「……『これからも君に寂しい思いをさせてしまう』?」
「君、ジュリスが来て寂しそうだっただろう?違ったか?」
「なっ!」
気付かれていた。いつ。どこで。それより、あの自分の気持ちにも鈍いテオドアに知られていた。一気に恥ずかしさがこみ上げる。私が「自分だけの感情」とかなんとか感傷的に、いや、詩的になっていた事が呼び覚まされる。顔に熱くなっていくのを感じた。
「あ、ありがたく、受け取っておきます……」
小さな声で感謝の意を伝える。そして恥ずかしさのあまりこの場から消えた。勿論、指輪は嬉しい。それ以上に自分の痴態が勝った。
テオドアが私の行動をどこまで理解したのかわからない。だが彼は鼻で笑って部屋の電気を消し、研究室の扉を開けた。
油断した。
私は彼から意識を外していたのだ。それがくだらない自身の羞恥心からだとなると腹が立つ。
彼は研究所の廊下で急に倒れた。彼の魔力の揺らぎに異常を感じた。霊体のまま彼の近くを意識化する。
倒れている彼の近くには、近くに男が立っている。男はテオドアに魔法陣を向けていた。
その魔法陣の式は広く知られているものではない。南部の限られた地方の魔術式。魔力を込めて魔法を発動させている。
テオドアが危ない。応戦を試みるが失敗に終わる。男の腕の中には、既にそれがあったのだ。
「成就の杯……!」
テオドアと一体化していた成就の杯。それを男はテオドアから抜き取ったのだ。
私の姿を見ると男はにっこりと笑う。成就の杯に魔法をかける。強制的に意識を停止させられる。意識が途切れ行く中、男は私を抱きかかえてこういった。
「おやすみなさい、龍様」
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