目指すは超器用貧乏だ

「ふむ…」


 図書室でまずは歴史書などに目を通し、大まかな知識を得ることができた。この世界はバルディアスといいそこには大きくわけて4つの国がある。ここはその中で一番規模が大きい国、ルルディア王国。


 この世界は魔王とかそういう存在はいないようだが、常に魔物の脅威にさらされている。魔法使いはその戦力として非常に重宝されており、魔法使いの存在意義=戦力となっている。 


 戦い方は相手が魔物が想定されているからか割と脳筋志向で、持てる最大の魔法をぶっぱなすのが主流になっている。全属性持ちとは言え下級魔法しかつかえないアリシャが揶揄されるのはここらへんが原因だな。


「それ本当に読めているの?」


 アリシャからするとパラパラとページをめくっているだけに見えるようだ。


「必要な情報は読み取っているから大丈夫だ、次は魔法体系についてだな」

「それなら用意しておいたわ、これよ」

「おお、助かる」


 魔法体系にについても一通り頭にいれたところで、今後のアリシャが目指す方向が見えてきた。やはり超器用貧乏路線で間違いはなさそうだ。


「アリシャの進むべき方向がわかったぞ、これが出来ればアリシャはおそらく唯一無二の存在になれる」

「唯一無二…」

「信じていないのか?」


「ごめんなさい、私少し怖くなってしまって。持ち上げてくれるのは嬉しいんだけど、またがっかりさせちゃうんじゃないかって」

「アリシャの努力次第だが、間違いなくなれるぞ。唯一無二の超器用貧乏にな」

「うう、器用貧乏にはかわりないのね」


 超器用貧乏が別の呼び方をされる日もあるだろうが、それについてはその時のお楽しみということで。


「魔力の出力に関してはなあ…ダンジョン深層から出るアイテムには魔法に効果があるものもあるようだからそれに期待してみるのも手だ」

「それは聞いたことはあるけど、伝説のアイテムよ」


 アリシャにはまだ内緒だが訓練のためダンジョンにもいずれ行く予定だ。


「まずアリシャには出来るだけラグなく魔法を連続で出せるようになってもらう。次は魔法を同時に発動。次は異なる属性魔法を同時に発動。最終目標は属性魔法を融合させることだ」


「属性魔法の融合…」

「魔法を融合させた場合の威力の跳ね上がり方は桁違いでな、悪くても中級の上位、うまくすれば上級に届くはずだ」


「融合という概念が広がったとしても、バリエーションで言えば、全属性を持つアリシャに敵う者はいない」


 裏の最終目標はダンジョンアイテムによりアリシャの魔法出力を改善して、中級以上の融合魔法を使えるようにすることだが、これはダンジョンの結果しだいなのでまだ秘密にしておく。




 ひと段落ついてさあ昼食だという所で、そろそろ来ると思っていたやつらが現れた。今回は10人以上いるだろうか、前回いた小男は見当たらなかったが、ノッポは後ろの方でこちらを睨んでいる。


「そこの君、待ちたまえ」


 リーダー格と思われる金髪の男が偉そうな言葉遣いで話しかけてきたが、とりあえず無視して食堂に向かってみよう、アリシャを庇いつつ歩き出してみる。


「アルフォンス様が待てと言っているだろう!」


 男たちが道を塞いできた。金髪の男はアルフォンスというらしい。


「なんだ?」

「昨日はうちの派閥の者に手を出してくれたらしいな? 今の内ならきちんと謝罪をし、契約を切って帰還すれば許してやるぞ」

「面白い事を言う、この学校には道化の授業もあるらしいな。なかなか良い成果がでてるじゃないか」

「はあ、折角のチャンスを無駄にしたな。アリシャ君、次回の模擬戦楽しみしているよ」

「そ、それは…」


 模擬戦と聞いて動揺するアリシャ。


「安心しろアリシャ、俺にかかればこの程度何人いても同じだ」

「何人いても、だと? どういう意味だ」

「模擬戦とやらをするのだろう? まさかお前1人で俺の相手をするつもりなのか? どこまで笑わせようとしてくるんだ、勘弁してくれ」

「…いいだろう。望み通りこちらは複数で相手をしてやる、明日の模擬戦の授業で勝負だ」


 煽られてすぐ激高するようなタイプではないが無視できるわけでもないか、まだ青いな。


 アルフォンスが立ち去ると一緒にいた連中も慌ててその後を追いかけていった。貴族は上位者の顔色伺いも仕事とはいえ大変だねえ。




 食堂につくと一人の少女がこちらに駆け寄って来て俺から庇うようにアリシャを両腕に抱えた。


「アリシャ! 大丈夫なの?!」

「メリベル、そんなに慌ててどうしたの?」

「明日、アリシャが大人数相手に模擬戦するって。負けたらアルフォンスの下僕になるとかって噂が出回ってるわよ!」

「ええっ!?」


 余計な尾ひれをつけて言いふらしてるわけか、流石にそういう所は手抜かりが無いな。


「あなたがアリシャを誑かしたんでしょう!」


 キッとこちらを睨んでくるメリベル。気の強そうな目をした女の子だ。


「お待ちなさいメリベルさん、決めつけるのはアリシャさんに対しても非礼にあたってよ?」


 見事な金髪縦ロールのいかにも貴族のお嬢様といった風情の女の子が歩いてくる。


「アウローラ様…」


 アウローラという少女に注意を受け、しゅんとするメリベル。


「立ち話もなんですし、まずは座ってお話しいたしましょう」


 一番奥の大きなテーブルを俺たち4人で占拠する。


「まずは自己紹介をいたしましょう。わたくしはアウローラ=ルルディア、ルルディア王国の第4王女ですわ」


 お嬢様どころかお姫様だったか、貴族派閥に関係なくアリシャと付き合えるわけだ。


「私はメリベル=レイザード。レイザード辺境伯家の長女よ」

「俺はアリシャにこの世界に召喚されたトーマス。エリートだ」

「トーマス=エリートでいいのかしら?」

「いや、俺はトーマスでエリートなんだ」

「?」


「トーマスは召喚された世界で問題を解決するエリートなの」


 アリシャがフォローに入る。


「ああ、そういう意味ですか」

「ちょっとアリシャ、こいつ大丈夫なの?」

「あはは、トーマスさんはエリートって言葉にこだわりがあるのよ。いい人だよ」

「アリシャにかかると殆どがいい人になるから不安ね…」


「それで先ほどの噂についてですけれど、実際のところはどうなんですの?」

「アルフォンスのグループを相手に模擬戦をするというのは本当です…。でも負けたら下僕だなんて話はしていません」


「グループを相手に模擬戦だなんてどうしてそんな!」

「それは俺が言い出したことだ、ちまちま小出しにこられても面倒なのでなまとめて片付けた方が楽だし、実力差もハッキリさせておけばちょっかいもかけられなくなると思ってな」

「やっぱりアナタが原因なんじゃない!」

「トーマスは悪くないの、私を庇おうとしてくれただけ」

「それで負けたら大変なことになるのよ? こいつの事、そんなに信じられるの?」


 俺の実力を知らなければそう思うのも無理はない。怒っているのもアリシャの為だし気にすることも無い。


「信じてるわ」


 そう言ったアリシャの目には迷いが無かった。


「!」


「そう、そこまで言うならこれ以上私たちが口を出す問題では無いわね…。でも忘れないで、どうしても困った時には必ず私たちを頼ってね」

「ありがとう」


 模擬戦についての話はそれで終わりとなり、その後昼食となったが二人とも俺の食事量を見て目を白黒させていた。




 午後からはアリシャが受けている授業に向かう。この学園は授業の内容ごとに教室が分かれており、それぞれ受けたい内容を生徒が選ぶ形だ。


「ここが魔法陣についての教室よ」


 そう案内された教室には生徒が数人、こちらをチラッと見るものもいたが大半は気にしていないようだ。そこそこの広さがある教室に対して生徒たちがまばらに座っているので余計広く感じた。召喚された存在は俺のほかには居ないようだった。


 教師が入って来た、ぐりぐりメガネをかけた老年の男性だ。アリシャの横に座っている俺を見て驚いた顔をすると、アリシャに話しかけてきた。


「アリシャ君、召喚を成功させたのかね?」

「はい! モリックス先生のおかげです!」

「ふーむ、素晴らしい。後で召喚魔法を実際に使った事についてのレポートを提出するように」

「はい」


 モリックスと呼ばれた先生は俺の方を見ながら「素晴らしい」と小さく呟き、しきりに頷いている。あのメガネ何かの魔道具だな。ステータスは強力に擬態をかけているから真の情報が抜かれることはないと思うが、一応注意しておこう。それにこいつは何か…。


「では今回の授業は―」


 授業内容は俺が居たからなのか召喚魔法についての歴史や陣に描かれている内容についての考察などがされていた。

 どうやら魔法陣は古代の遺跡などから見つかったものを研究しているようで完全に把握しているわけではないようだ。




「次の授業は体力アップのための基礎訓練ね」


 校庭に行ってみると少数の生徒たちが居た。先ほどとはまた違った顔ぶれだが、こちらに対する反応は似たようなものだった。


「さっきも思ったんだが、授業あたりの人数が少なくないか?」

「今、私が受けているのは正直言って人気とは言えない授業が多いの。下級魔法については習得してしまったけど中級はいくらやっても出来ないから、その他に私が受けれるものを受けているという感じね」


「基礎訓練は何をするにも必要なはずなんだがな」

「私もそう思うんだけどね実際人気ないの」


 実戦は魔法を撃つだけで終わりじゃない、戦場までの移動、戦場での動き、帰還するまでと、まず何をするにしても基礎体力がないと話にならないのだ。


「授業始めるぞー」


 体格の良い女性の教師が歩いてきた。魔法使いというよりは女戦士といった風格だが、これでもちゃんとした(?)魔法使いらしい。


「ほう、これが噂の…アタシはジェニーだ、よろしくな」

「トーマスです。ちなみに噂とはどんな内容ですか?」

「それはおいおいわかるだろうさ、楽しみはとっておくもんだよ」

 別に楽しみでもないのだが―。


「では始め!」


 いつもどおりの手順なのだろう、皆慣れた様子で柔軟体操を終えると、走り込みが始まった。


「フハハハハハ!」


 全員を周回遅れにして走り回る俺。


 アリシャは華奢な体だが体力は中々にあり目標ペースを達成できていた、なかなか頑張っているな。


 走り込みが終わると、動きながら魔力運用をする練習が繰り返し行われていた。このジェニーという人は実戦向けの良い教師のようだ。


 この後アリシャはこれも不人気だという『薬学』『古代語』の授業。

『古代語』の授業に至っては生徒はアリシャを含めて3人しかいなかった。ニッチな授業ばかり取っていたとは、自然と超器用貧乏への道は開かれていたといったところか。

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