学園にて
話をしながら歩いていたせいもあり、4時間近くかかってようやっと森を抜けると遠目に学園とおぼしき建物が見えてきた。
「もう日も暮れてきたし図書室へ行くのは明日にして、今日のところは夕食にしない?」
「いい提案だ、ちょうど俺も腹が減ってきたところだ」
アリシャに案内され食堂へと向かう。
学園の敷地内に入った時から感じてはいたが、俺たちに向けられる生徒からの視線には良い感情を感じられない。小さな声で器用貧乏がどうのこうのと言っているのも聞こえてくる。アリシャの様子を何気なく伺ってみると、努めて気にしないように振舞っているのがわかった。
アリシャとの事前の会話で直接的に何かしかけてきた場合のみ俺が出る事になっている。脅しの威圧だけでもかなりヤバイ事になるというのはアリシャ自身体験して感じたらしい。俺もアリシャを恐怖の器用貧乏魔王にしたいわけではないので良いのだが―と、そんな事を考えていると前に立ち塞がってくる奴らが現れた。
現れたのは6人ほど、全員が男だ。さっと鑑定するがどれも大したことがない、マナー? こんな奴らには必要ないね。
一番小柄な男が前に出てきてなにやら吠えたててきた。
「おい、器用貧乏! その隣のデカブツはなんだ? ブレスレットをしているようだがまさか召喚したとか言わないよな? 金を積んだか? それともその貧相な体でも売ったかのか?」
小男が喚くと、後ろの男たちはニヤニヤしている。
ふむ、これはデカブツ(俺)の出番のようだな。
アリシャの頭をポンっと軽く叩くと、無言のままズイッと前に出る。俺の行動を見た小男が慌てて手に持っていた杖を向けてきた挙句、魔法まで使おうと魔力を込め始めた。
こんな簡単に人に向かって魔法を使おうとするのかと呆れを感じつつも体は自然と動いていた、この距離ならこうするほうがはるかに速い!
即座に間合いを詰め、小男にエリートアイアンクローを炸裂させる。
「いだぁががががが!」
あっという間にグリンと白目をむき、口から泡を吹いて気絶する小男。
ドシャッ
手を放すと地面に倒れピクピクと痙攣している小男。
「え?」
「え?」
男たちはともかく、なぜアリシャまで驚いているのか。
「おおおお、お前! こんな事をして許されると思っているのか!」
今度は痩せたノッポの男が喚きだした。口だけは威勢がいいが完全に腰が引けている。
「契約主であるアリシャを罵倒した挙句、俺に魔法を撃とうとしたんだ、寧ろこれくらいで済んで感謝してほしいところだな」
「器用貧乏のくせに召喚なんて成功するわけない! ズルをしたんだ! お前も卑怯な手を使ったに違いない!」
「卑怯な手? 普通に右手を使っただけだが? んんー? 意味が分からんな、言葉が話せるフリをした召喚モンスターだったか? それなら召喚された者同士仲良くやろうじゃないか」
同士を落ち着かせるため、友好のスマイルを浮かべる。
「ニィ…」
「ヒウッ!」
ノッポのみならずその場にいた男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。痙攣する小男を残して。
「なぜだ」
今回威圧は使ってなかったのに…。
「トーマス、やりすぎよ」
「いや、そんなつもりは無かったんだが…」
「でも、ありがとう」
そう言ってそっと俺の手を握ってきた。
「…うむ」
「食堂はこっちよ」
アリシャに引かれるまま俺はついていくのだった。
食堂につくとやはり俺たちは注目の的になっている。だが誰一人として近づいては来ない。もしかしたら先ほどの話がもう広まっているのかもしれない。どっでも良いが俺としては広々とテーブルを使えるので非常にありがたい。
「そんなに沢山食べられるの?」
俺の前に並べられた料理の数々を見てアリシャが呆れた声を上げる。
「俺は食べるのもエリートだからな、問題ない。アリシャこそそんな少量で大丈夫なのか?」
「私くらいが普通なの!」
「あらあら、アリシャちゃん、楽しそうね」
先ほどまで厨房にいた女性がニコニコと笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。
「ルイーザさん、私は別にそんな…」
「ふふふ、良かった。ちょっとアナタ、アリシャちゃんを泣かせたら許さないわよ」
「ふ、言われるまでもない俺はエリートだからな。それよりここの料理はどれも美味だな」
「あら、ありがとう。アナタ見た目の割に良い人そうで安心したわ。それじゃあ、ごゆっくり」
そう言い残すと厨房へ戻って行った。
「トーマス、あまり気にしないでね。ルイーザさんはいつも私の事気にかけてくれてるの」
「ん、ああ、それくらいは分かるさ。俺も安心したよ、この学園にも味方してくれる人が居たんだってな」
「うん…」
話を聞いてわかったがアリシャを蔑視というか敵視? しているのは生徒の大半を占める貴族出身の派閥。入学当初、平民の全属性持ちというアリシャに話題をかっさらわれた事を逆恨みした複数属性持ちの貴族の坊やが居たとか。それが派閥のトップと血縁関係にあるのが問題を大きくしている。そんな状況でもアリシャと友達付き合いをしている生徒は極少数だが居るそうだ。
教師陣は仕事としての対応(授業の妨害などはさせない)はしている。ただ、授業外や授業の妨げにならない行動には特に関わらないようだ。
「明日は午前中に図書室で勉強会、午後からは授業を受ける予定だけど自由に動きたいときは遠慮せずに言ってね」
「気にするな召喚者ファーストが俺のモットーだ、なんせ俺は―」
「エリートだもんね」
フッ、アリシャもわかってきたじゃないか。
「ニィ…」
ビクン!
俺が笑顔を浮かべるとアリシャの体が小さく震えた。
食事を終えて寮の前までやってきたのだが…。
「なあ、ここって女子寮じゃないのか?」
「そ、そうね」
「施設が使えるとは聞いていたが、俺はここに入っても大丈夫なのか?」
「大丈夫よ…たぶん」
「入ったとして部屋はどうなるんだ?」
「そそそれは私はソファーで寝るから!」
はぁ、妙なところでポンコツだなこいつは。
「こういう場合にも対応できるのがエリートというものだ」
『ルーム』
そう唱えると先ほどまで何もなかった空間に白い扉が現れた。
扉を開くと広々とした部屋。これは数多の異世界を渡るうちに身に着けたスキルの一つだ。召喚された者はその世界の理と関係なく自分の能力を使えるし、その世界での能力を努力次第でだが身に着けられる可能性を持つのだ。
「えっええええーー?! 何それ!?」
「俺の寝泊まりする部屋だな。それじゃあ俺は寝る、また明日な」
「ちょっと待って!」
「何だ?」
「私も入ってみてもいい?」
「構わんが特に面白い物はないぞ」
「こんな部屋が出てくること自体すでに面白いよ!」
俺とアリシャが部屋に入り扉を閉めると、そこはまた何もないいつも通りの風景に戻るのだった。
「へー、ふーん」
物珍しそうにキョロキョロしながら歩いたり、他の部屋への扉を開けて見回るアリシャ。
「立派な家具だけでなく装飾品も高そうね」
「実際、高いぞ」
そっと花瓶から遠ざかるアリシャ。
「すごい、このソファー…癒されるー」
「人をダメにするソファーだぞ」
さっと飛び起きるアリシャ。
「この部屋は何?」
「そこは風呂場だな、体を洗って湯舟につかるんだ」
「お風呂なんて話で聞いたことはあったけど、見るの初めて! トーマスってまるで貴族みたいな生活しているのね!」
「貴族だが?」
「え?!」
俺が貴族だと聞くと途端に顔色が曇った。
「安心してくれ、貴族といっても元平民だ。召喚関係での功績が多大とかでな、色々と面倒な事態も起こったりして政治的に貴族になる必要があった。貴族社会には殆ど参加したことがない。俺は単なるエリートさ」
「単なるエリート…」
「そうね、トーマスはエリートだものね」
何やら呟いて云々唸っていたが、暫くして自分の中で落としどころをみつけらしい。
「さて、部屋も見たし、もう満足したろ? 俺はそろそろ風呂に入りたいから寮に戻ってくれ」
「お風呂…私も入ってみたい」
「アリシャは普段どうしてるんだ?」
「私は水魔法を使って体を洗っているわ、魔法が使えない人は水浴びか、お湯にタオルを浸して体を拭くくらいよ」
水魔法で体を洗うのは中々大変そうだ…魔法の制御力は高いようだな。
「別に構わんが、風呂に入るなら自分の部屋から着替えをとって来るんだな。あと、この指輪をつけておいてくれ」
「ゆびわ…」
「『ルーム』に他人が入る為に必要なアイテムだ」
それ以外にも機能を付与してあるがな。
「もちろん分かってたよ! うん」
「? まあ行ってこい、その間に準備はしておく」
「いいか、ここが脱衣所でこのカゴに…」
着替えを持って帰ってきたアリシャに風呂の使い方の説明をしていく。蛇口をひねってお湯が出ることや、シャンプーやトリートメント、ボディソープなどでいちいち感動しているのが面白い。
「長い事湯につかりすぎるとのぼせるから気をつけろよ」
やれやれ、子供を持つ親の気分てのはこんなもんかね。
人をダメにするソファーでのんびりしていたら満足そうな顔でアリシャが出てきた。
「お風呂最高ね! シャンプーとかもすごいわ! こんなにツルツルで綺麗になるなんて思わなかった!」
お風呂上りのアリシャはとてもハイテンションだ。
「そんなに気に入ったならいつでも使っていいぞ、さっきの指輪さえあればいつでも部屋に入れるんだからな。ただこの『ルーム』など俺の能力については口外厳禁で頼む」
「約束するわ、誰にも言わない」
「よし、良い子にはサービスしてやろう、こっちへ来て座るんだ」
アリシャの長い髪に温風を当て乾かしつつブラッシングしてやる、風魔法の応用である。長毛獣のペットのペロにもよくやっていたから手慣れたものだ。
「~♪」
アリシャのご機嫌な様子を見ながら召喚1日目にしては悪くないスタートじゃないかと思うのだった。
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