新たなる旅立ち

「おっ、今回はかなり良い魔力量だな」


 突如足元に現れた魔法陣、しかしエリートである俺は慌てることなくその魔法陣を読み解く。昔はこれが出来ないで苦労したこともあった。質の悪い召喚魔法は召喚時に隷属がセットだったりとロクでもないものもあるのだ。


「魔力は上々、変な術式も入ってないっと」


 これなら召喚に応じても悪くない、そう考えた俺はそのまま魔法陣に残った。


「行ってらっしゃいませトーマス様」


 召喚されつつある俺を見送るのは執事のエドワード。何かと留守にしがちな屋敷の管理を任せている。彼が居るおかげで安心して旅立てるというものだ。


「行ってくる、あとは任せた―」


 召喚陣から光が溢れる、世界を跨ぐ感覚。前回は殺伐としてたからなあ、今度はのんびり出来ると良いのだが…。


 召喚の光が消える、注意深く辺りを見回す。見える範囲には術者と思しき白いローブを着た小柄な人物が1人。フード深く被っており顔はよく見えない。

 召喚陣の置かれている場所は洞窟の内部のようだ。人目を避けると言う事は非合法かやましいことが目的か? ともかく、これだけの召喚魔法を1人で発動させるとは中々の実力者だと予想される契約が済むまで油断は出来ない。


「やった! 成功したわ!」


 素直な歓声を上げ、ぴょんぴょんと全身で喜びを表現しだす術者。声からして女、まだ若そうだ。


「私はアリシャ、あなたを呼んだ者よ! よろしくね!」


 喜んでいるところ悪いがまだ契約が済んでいない。召喚魔法はしっかりしていたが実際に召喚したのは初めてか? 警戒を緩ませるための擬態だろうか…などと考えていると思いもよらぬ行動に出てきた。


 アリシャと名乗った少女がこちらに駆け寄ってきたのだ。フードを外すと長い銀色の髪がサラリとこぼれた。好奇心にあふれた紫の瞳がこちらを見上げている。


 契約内容も決めていないのに魔法陣内に入ってくるとは…。それを抜きにしても俺は身長は高く体格も良い、そんな初対面の相手に何の疑問持たず近づいてくるなんて危機管理が足りていない。


 今もこちらが生殺与奪の権利を握っている状態だということに気が付いておらずニコニコと無邪気な笑みを浮かべてこちらを見ている。ここはエリートとしてこの子の今後の為にも一つ教えておかねばなるまい。


「おい、お前は何をしているのか理解しているのか?」

「え? 召喚に応じてくれたのよね?」


 何が問題なの? という具合にコテンと首をかしげている。小動物を連想させるその動きに笑い出しそうになる。我慢だ我慢。


「まだ契約が済んでないだろう? 未契約の状態で陣に入ったりしたら、普通は殺されてそのまま帰還されるぞ?」


 そう言って軽く威圧を放つ。


「こっ、ころ…」


 自分の状態を悟ったのか、威圧に気圧されたのかオドオドしだすアリシャ。


 後ずさりして逃げようとするが未契約状態で入ってしまった陣からはもう俺の許可なく出ることは出来ない。召喚魔法とは契約が済むまではお互い気を抜くことは許されない、ある意味戦場なのだ。


「殺すよりも、もっと良い事があるなぁ…ファーハハハハ!」

「いや! 止めて! 来ないで!」


 良い事とはもちろん、契約をすませて任務達成して帰るコトデスヨ?


 『地上最強の生物のポーズ』をとり、威圧を放ったままゆっくりと近づいていく。

 魔法陣の円に沿ってグルグルと逃げ回るアリシャ。


 やがて腰が抜けたのかペタンと座り込み俺を見上げたまま華奢な体を抱えてガクガクと震えだした。


 良いリアクションをするものだから、少し興が乗りすぎてしまったか。だが時には体で覚えることも大切なのだ、まあ今回はこれくらいにしておこう。アリシャを安心させるためエリートスマイルを浮かべる。


「ニィ…」

「ヒッ!」


 白目をむいて気絶するアリシャ。

 安心させようと思ってのスマイルだったが逆に怖がらせてしまったようだ。威圧を解いておかなかったのが失敗だったか。


 その後アリシャが目覚めてから落ち着くまで少々の時間を要した。





「もう、ひどいです!」


 揶揄われたと知ってアリシャはご立腹の様子でほっぺを膨らませている、リスのようだ。


「だが、本当に危うい所だったんだぞ?」

「教えには感謝しているわ…ありがと」


 そう言って頭を下げる。良い子だがちょっと素直すぎて心配にもなるな。


「それで契約内容について話をすすめたいのだが?」

「そうね、私の願いはパートナーとして学園を卒業するまで付き合ってほしいというものよ」


「パートナーとは具体的に何をするんだ? それと卒業するまでの期間はどれくらいだ?」

「パートナーというのは一緒に課題を受けたり、生徒同士の対戦なんかもあるわね。訓練にもつきあってもらいたいわ。期間は2年間よ」

「対戦というのは殺し合いか?」

「まさか! 生徒同士でやるのだから稀に事故で怪我をすることはあっても基本はお互い無傷で終るわ」


 ふむふむ、魔王を倒せとかそういう物騒なものではなく単なる期限での達成という点は楽でよいな…今回は珍しくのんびり出来るかもしれない。


 その他の細々としたことについて確認を済ませ、納得がいく答えが得られた。


「よし、いいだろう。このあとお互いの名前を入れ替えて同じことを宣言するように」

「ありがとう!」


「我、トーマスは汝アリシャとの契約の締結を宣言する」

「我、アリシャは汝トーマスとの契約の締結を宣言する」


 互いにそう宣言すると魔法陣は再び光を放ち、契約は成ったのだった。





「契約してもらってからで何だけど、本当に私なんかで良かった?」

「ん? どういう意味だ?」

「もうわかってると思うけど、私、魔力量が少ないから…」


 魔力量が少ないというのはどうも腑に落ちない。あの召喚魔法から感じられた魔力量は今までの経験から考えても上位に入ったが…。


「ちょっとアリシャを鑑定してみてもいいか?」


 黙って鑑定することも出来るが先に断っておくのがトラブルを未然に防ぐためのマナーだ。


「鑑定?」

「鑑定は対象の情報を読み取ることができる、この世界には鑑定という魔法だったり、スキル…あー、なんというか魔法以外の異能力的なものは無いのか?」

「鑑定は聞いたこと無いわね。魔法以外の異能力、スキル…こっちも聞いたことないわ。あるとしたら恩寵かしら、ごく稀に何かしらの能力を持った人がいるみたい。私の通っているところの学園長も恩寵持ちと言われているわ。どんな能力なのかは見たことないけど」


「恩寵にはどんなものがあるか知っているか?」

「人によって違うというくらいしか知らないわ、そもそも持っているとされる人が少ないし」

「そうか、ありがとう」


 なるほど、そうなるとスキルなどの能力やこの世界に無い魔法の開示はある程度絞ったほうが良さそうだな。


「さっきも言ったが鑑定というのは対象の情報を読み取ることができる。その人の魔力量だけでなく色々な事がわかる。もしかするとアリシャの魔力量が少ないとされている原因がわかるかも―」

「本当ですか?! お願いします!」

「お、おう」


 えらい食いつきようだ、いままで魔力量に関して色々と苦労してきたらしいな。


「それでは、鑑定」


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