第6話 聖なる鎮魂歌(ホーリーレクイエム)



 ま、まあね、大して魔力もないから、心配っちゃ心配されちゃうよねー。

 わたし自身もちょっと心配。

 強制力の余波なのか、なんなのか、結構大胆で自信満々なムーブ醸してるけど、失敗したらなーって思うし。

 もし失敗したらメルクーア大迷宮都市にある冒険者ギルドに連絡とってもらって、ちゃんとしたプリースト呼んでもらうこともできそうだし?

 念の為の保険として見守っててもらっちゃう?


「そ、そうですか、じゃあ、その、お急ぎでなければ……でも、皆さんはこの建物の中に入らない方がいいですよ」


 ダグラスさんとボイルさんが頷く。


「ああ、それはわかる」

「物理でどうこう出来そうもないからな」


 アンデッドでもスケルトンとかグールだったら実体があるから、みなさん物理で討伐できそうだけど、ゴーストは幽体だからねえ。

 建物の中にある掃除道具――桶と雑巾を持って扉の外に出る。

 ちょっとこの桶にお水汲みたいな。

 店主が亡くなったあのカウンターを掃除してから浄化魔法をかけたい。

 実は、別の物語で聖女ヒロインやってた時に司祭様から聞いた話で、軽くお掃除するだけでもお清めされて浄化魔法の効果UPするんだとか。

 この世界じゃどうかわからないけど、やっぱお清め的な効果が出るんじゃないかって、期待しちゃうのよ。初めてだし、保険の意味も兼ねてお掃除お掃除。


「どうするの?」

「えーと、店主が亡くなった場所がカウンター内みたいなので、そこをちょっとお掃除してから、浄化魔法をかけます」

「え~結構、手間かけるのねえ」

「じゃあその桶かせよ」


 ボイルさんがそう言うと「はいはい」とシャムさんがわたしの手から桶をとってボイルさんに渡す。


「ありがとうございます。井戸があって良かったです」

 もしなかったら水場を求めて、この森を彷徨っていたかも知れない。

「元は店だったんだろ? 水や火は使えない感じか?」

「魔石を抜き取られていたので、多分お水も火も使えないようですね」

「お、そういうところも見るのか……でも抜き取られていたっていうのはあれだな、盗賊の類も出てくる可能性もあるな」

 ダグラスさんが言う。

 わあ、そういう可能性もあるか。

「やばいじゃん! やっぱり見守ってやらないと」

 シャムさんがぐっと握りこぶしを作ってそう言ってくれた。


 そんなこんなで水を汲んだ桶を運んでもらって、お店に戻る。

 窓と、店舗入り口のドアを開けて中の様子が外からも見えるようにして掃除を始めた。

 店舗の窓枠枠や棚、テーブルや椅子、カウンターに、ハタキをかけて、ホール部分カウンター内の床を箒で掃き掃除、そして最後にテーブル、椅子カウンターやシンク部分を拭き掃除。


「手伝えなくてごめーん」


 そうシャムさんがしっぽをゆらゆらさせながら声をかけてくれる。

 窓の外にいる様子が店舗の中からでも見える。


「大丈夫でーす」


 よし、こんなもんかな。

 ふむふむ。お店自体はいいじゃないですかー。

 けど、やっぱりベテランはここで休みなんて挟まないで街へ向かっちゃうんだろう。

 わたしだったら休んじゃうよねー。

 ちょっと掃除しただけなのに、森からの木漏れ日で窓もキラキラしてる。

 さてさて、お掃除だいたい終わったかな。

 お店の中を見ると、屋内のどよんとした空気は治らない。

 何度かダグラスさんとボイルさんがお水を汲みかえてくれて、桶の中にある綺麗な水で手を洗う。


「よし」


 最後に、ここの店主が倒れて手をかけていたと思われるカウンター内のシンクの淵に塩を盛る。

 盛り塩はね、まあ前々前世っていうか~ヒロイン転生繰り返す前の世界での、お清めだからさ。効果あるかな~って気休めみたいなものかもだけどさ。

 ぱたぱたっと服の埃を払って、錫杖を手にする。


 亡くなった方の宗教はどうだったのかわからない。

 でも、ゴーストになるから未練があるってことよね。

 すーはーと深呼吸をする。

 錫杖を両手で持って、唱える。


 ――聖なる鎮魂歌――ホーリーレクイエム!!


 転生転生また転生の中で、聖女の役をやった時の浄化魔法と、聖歌を組み合わせた。

 詠唱ではなく本当に歌。

 亡くなった人を悼む歌。

 メロディは、転生人生前の記憶にある、何かの歌のメロディをつけつつ。

 この曲調なら、きっと、魂をここに留まらせるよりも新しい世界に踏み出せる前向きな気持ちが起きるように。


 綺麗に。

 清涼に。

 光が見えるように。


 楽器があった方がいいかもしれない。

 教会のパイプオルガンの荘厳さとかにはおよばないけど。錫杖でリズムをとって、シャランシャランって鳴らすと魔法の効果で反響してるみたい。

 そうしてると、ふわあって、目を閉じてるのに柔らかい光を感じる。

 亡くなった人の魂かも。

 よし、どうか成仏してください。


 ――お願いがある。どうかこの店を残してほしい。


 お、おお~。

 やっぱりここの店の亡くなった店主の魂かしら。


 ――そう、ここの店の主だった。迷宮に行った息子を待っていた。結局息子には会えなかったが、この店があれば、その時は私が死んでしまっていたとしても……いつか訪ねてくれるんじゃないかと。


 今回……この依頼を受けた時に店主の家族とか調べたんだけど、店主の息子がメルクーア大迷宮にチャレンジして戻ってこなかったらしい。

 多分、きっと亡くなってる。

 でも店主はずっと待っていて……病気か何かで亡くなったと。


 ――大丈夫、光の方向へ向かって、きっと待ってる人に会えるから!


 聖なる鎮魂歌――ホーリーレクイエムの浄化魔法が、淡く光る魂を包み込む。


 ――でもまだ未練がある。この店を貴女に託したい。


 ……まじか……。

 もしかしてゴースト相手にも魅了スキル効果発動してるのかな?

 うーん……。


 ――この店を少しでも素敵だと思ってくれた貴女に託したいのだ……。


 確かにいいなとちょっぴり思いました。

 あ~こういう場合ってどうすればいいのかなあ~。

 目の前の淡い光がお願いお願いと懇願してるようで……。

 よーし、なんとかしよう!


 ――わかった! プリースト見習いのわたしでよければ!


 魂が浄化魔法と重なって、ぱあっと光を増した。


 ――ありがとう……ありがとう……。


 おお~浄化成功! ミッションクリア! やったね!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る