10年間、自分に彼女が居るのを忘れてた男

タヌキング

・・・

 僕の名前は滝沢たきざわ りょう。28歳の独身男である。

 こんな歳になっても独り身で彼女の一人も……

 あっ、俺って彼女居たわ。

 今になって思い出した。確かに俺には高校時代に付き合っていた女の子がいた。しかし、付き合っていたと過去形にするのはどうだろう?確かに卒業式以来会っていないが、明確に別れ話をした覚えも無いし、嫌いになった覚えも無い。まだキスだってしたこと無かったのである。

 付き合っていた相手を忘れるというのも奇怪な話だが、お互いに別々の大学に進学してしまったし、僕は遊びに勉強に忙しくて暇が無かったというのもある。いやこれは言い訳だな。忙しいからといって愛しの彼女を忘れるわけが無い。そんなことが本来あってはならない。僕って何て最低なんだろう?

 さて、どうしたものだろうか?このまま家の畳に寝転がりながら自分を責めるのも良いが、とにかく彼女に連絡してみた方が良いのでは無いだろうか?そうして怒れる彼女に土下座の一つでもするべきだろう。そう思った僕はスマホで連絡先を調べ、彼女の電話に掛けてみることにした。彼女の名前は眞鍋まなべ ひかり、八重歯の可愛らしい、愛嬌のある良い子だった。そんな彼女のことを忘れていたという事実は僕の心を痛めた。

 それにしても電話の待ち時間というのは緊張する。10年ぶりに彼女に電話するとなると尚更である。トゥルルルという音色が僕の心拍数を上げていく。


『はい、眞鍋ですが』


 彼女が出たことにより、息が止まるんじゃないかぐらいビックリした。


『もしもし誰ですか?コール来てすぐに電話に出たから、名前のところ見て無かったんですよ』


 おぉ、そうなのか。なら電話したのが僕だということに、まだ気が付いていない様だ。僕は一回深呼吸をスーッとした後に、彼女に電話越しの彼女に向かって話し掛けた。


「もしもし、僕だよ。覚えているかな?滝沢 亮だよ」


『……』


 沈黙が続き、投げたボールは一向に帰ってくる様子が無い。もしかして怒りのあまり失神してしまったのでは無いだろうか?だとしたら大変なのだが、今は待つことが最善の策である。

 暫くすると彼女の声が聞こえてきた。


『あの~、滝沢君。ひ、久しぶり』


「う、うん、久しぶり。とても久しぶりだね。十年ぶりぐらいだ……あははっ。」


 何で笑ってしまったのか自分でも分からない。絶対に笑うところじゃなかっただろう。笑って誤魔化すつもりか僕?そんな期間はとっくに賞味期限切れだぞ?何せ十年だ。笑って誤魔化すには年月が経ち過ぎた。


『……ごめん滝沢君』


「ふぁい?」


 思わず変な声が出た。悪いのは僕の方なのに何故彼女が謝るのだろうか?謝る必要性が全く感じられないのだが。

 しかし、この後の彼女の言葉で、彼女が謝ったわけを完全に僕は理解した。


『今まで滝沢君のこと忘れてた。私達付き合ってるよね?』


 何という偶然だろう。彼女も僕と付き合っていたことをすっかり忘れていたのである。




 数日後、僕らは高校時代によく会っていたファミレスで待ち合わせることにした。店内の右隅のテーブル席。いつもここで他愛の無い話をした。懐かしい気持ちでいっぱいになった。彼女は僕の住む町の二駅先の町に住んでおり、生活県内が違うのだから十年間会わなかったのにも一応の説明が付く。いやでも十年だぞ。すれ違うぐらいのことはあったのではないだろうか?だとしたら何回ぐらいすれ違ったのだろう?考えても答えの出ないことを考えるのは僕の悪い癖だが、彼女を待っている間は暇なので、ドリンクバーのジュースを飲みながら、ずーっとそんな事ばかり考えていた。


「滝沢君?滝沢君だよね」


 不意にそう声を掛けられて、ハッとして声の主の方を見た。そこにはまごうこと無き眞鍋 光さんの姿があった。髪が短くなり、少しばかり化粧が濃くなった気がするが、特徴的な八重歯がチラリと見えたし、間違いなく彼女である。仕事終わりなのだろうか?黒いスーツ姿での登場である。大人になったなぁ。


「ひ、久しぶりだね眞鍋さん」


 思わず声が裏返りそうになる。これは罪悪感と緊張のせいに他ならない。第一声から謝罪の方が良かっただろうか?


「あっ、うん、久しぶり。ここ座って良い?」


「あっ、どうぞどうぞ」


 彼女はテーブルを挟んで向かい側に座る。対面で見つめ合う僕等。何だか目を逸らしたくなったが、そんなことをすれば失礼に当たるので我慢した。


「……凄いよね。お互いに忘れてたなんて。」


 彼女がそう話を切り出したので、僕もうんうんと頷く。


「だってさ、二人共、五年前に同窓会の通知は来たわけじゃん。そこでも気づかなかったってことでしょ?これは凄いよ」


 そうなのである。実は五年前に高校の同窓会があったのだが、仕事が忙しくて欠席したことがある。そこでも彼女が居ることに気が付かなったのは凄い。実は僕に思い出させない為に大きな力が働いたのかもしれない。そう考えた方が自然な様に思えてしまう。


「全くもってその通りだね。神様の悪戯ってやつかな」


「そうだよ。そうだよ。神様も悪い奴だよね」


「うん、悪い奴だ」


 神様批判で意気投合する僕等。やっぱり僕等気が合うのかもしれない。


「で、どうする?」


 突然の彼女の問いにえっ?と首をかしげる僕。一体何の話だろう?

 彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、次にこんなことを言った。 


「だから、このままお付き合いを続行しますか?互いに思い出さなかったぐらいだから、あれからお付き合いしている人も居ないでしょ?」


「確かにお付き合いしてる人は居ないね」


 そうか。付き合っていることを忘れてるんだから、誰か他の人を好きになる事も無かったワケだ。だって流石に他の人を好きになったとしたら、自分に彼女が居たことを思い出すだろう。ということは待てよ。彼女は処じ……いや言うのはよそう。


「なら続行しない?10年間も会って無かった恋人同士が、再び交際を開始するなんてロマンティックじゃない?」


 そう言って屈託な顔で笑う彼女は十年前と同じである。こんなに可愛い彼女を前にして断る理由は何処にも無かった。


「うん、分かった。じゃあ今度は忘れないように、出来るだけ連絡を取り合うことにしよう。」


「そうだね。また忘れちゃうといけないもんね♪」


 こうして僕らは10年間という月日を経て、交際を再び始めたのである。

 今となっては10年間忘れたことは僕等にとっては良かったのかもしれない。あのまま付き合っていても10年間も同じ人を好きでいられたか分からないし、もしかしたら悲しい別れをする羽目になったかもしれない。

 そう考えると10年間経って、お互い成熟した段階で交際を再開させたのは中々にナイスである。

 この3ヶ月後、互いを忘れない対策の為に、今度は二人で婚姻届けを提出しに行くのだが、10年も経っているのだからスピード婚にはならないだろう。




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10年間、自分に彼女が居るのを忘れてた男 タヌキング @kibamusi

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