一章
3.しくじり転生
「──気が付きましたか?」
ぼんやりと天井を見ていたら、ミーナに声をかけられた。部屋が暗いから、今は夜なのかもしれない。
声の聞こえた方に目をやると、ミーナはベッドの横に座ってこちらを見ていた。
わかってはいたが、自室のベッドに寝かされているらしい。
「ん……」
返事をしようとしたけど寝起きだからあまり声が出なかった。それでもミーナは安心したのか、表情を幾分かやわらげ、何があったのかを教えてくれた。
「アル様は倒れたんです。スキルを使って、一瞬で魔力欠乏症になって。
たまにあるんです。生まれ持った魔力量と
魔力欠乏症というのは読んで字のごとくで、魔力量が極端に減った時に起こる生理現象だ。普通は空になるまで使ったりしないから気分が悪くなる程度で済むのだが、僕の場合は一瞬で底を割ったから、身体が耐えられずに意識が飛んだのだろう。
「魔力が増えないとまた気絶するか、でなくても死ぬほど気持ち悪くなるでしょうから、しばらくスキルは使わない方がいいでしょう」
それは困る。僕はこのスキルでいろんなことをやりたいのだ。まだ具体案はないが、計画を立てる前からご破算では第二の生が十年そこらで無意味になってしまう。
「……魔力を増やせばいいんでしょ?」
「そうですね。魔力を伸ばすにもいろいろやり方がありますけど、やはり魔術を使うのがいいでしょう。戦う術を学ぶことは無駄になりませんし」
「じゃあ覚えるよ、魔術」
やるしかない。もともと鍛錬はすることになっていたのだ。辺境伯家とはいえ四男の居場所なんてものはそのうちなくなる。家を出て身を立てるのは避けられない。ならばそのための修行が前倒しになったところで問題はない。なんならその分強くなれてオトクなくらいだ。
「鍛錬を早めるなら一緒に身体も鍛えましょう。魔術師にも体力は必要ですし、近付かれた時に何もできないのでは命に関わりますから」
それからいくらか話して、修行は明後日の午後からに決まった。大事を取ってとのことだ。
「では私は旦那様にアル様が目覚めたとお伝えしてきます。お夕食はどうしますか? 水差しと果物ならありますけど、ご飯は食べられそうですか?」
立ち上がりながらミーナが聞いてくる。
「いや、それでいいよ。そのまま寝ちゃうから、ミーナもおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
軽くお辞儀をして、ミーナは部屋を出て行った。
「ふぅ」
フルーツを食べて寝巻きに着替えて、ベッドに戻った。頭の後ろで腕を組んで、考えを整理する。
アーロイース・フォン・シュタインハイム。10歳。シュタインハイム辺境伯家の四男坊。それが今の僕だ。
両親と祖父、三人の兄と、姉と妹が一人ずつ。祖母は五年前に亡くなってもういない。
祖父が獣人で祖母と父は人間だから獣人のクオーターだ。一応、希望通り人間以外の種族になれたらしい。おっと、「人間」は知性ある人型種族全般を指す言葉だからこれだと差別表現になってしまう。
我がシュタインハイム辺境伯領はゲオルクラント竜王国の西端に位置し、西をフェルゼン大連峰に蓋されている。
もともとシュタインハイム家はここら一帯の盟主だったのだが、ゲオルクラント竜王国の成立を受けて当時の当主が竜王国に恭順の意を示し、辺境伯位と領地の安堵を約束されたそうだ。
辺境伯とは辺境、つまり国境の伯爵ということだが、もちろんそれだけじゃない。
国境を任されるということは国土防衛の要衝であるということだ。万が一にも裏切るようなことがあれば国は深刻な被害を受けるため、通常であれば国主から信頼の
小領主とはいえ
その理由の一つはシュタインハイム家が元から一帯を治めていたこと。頭を
そしてもう一つが西に聳えるフェルゼン大連峰だ。
このフェルゼン大連峰から採れる石には特殊な力がある。なんと触れると自分のステータスがわかるのだ。自分のステータスを確認するためにはこの石に触るしかないため、その採掘・流通を握っているシュタインハイム家は竜王国も無視できなかったということらしい。
またフェルゼン大連峰の地下には大規模ダンジョンが広がっている。麓に入口がいくつもあり、入る場所によって出てくる魔物も変わるのでダンジョン群とも言われている。多種多様な魔物から様々な資源が回収できるため冒険者が集まり、その冒険者を目当てに商人が集まり、そうして人が人を呼んで大都市になったシュタインハイムは、冒険者の色が強い
冒険者協会の本部は王都ということになっているが、規模も機能もシュタインハイムの方がはるかにデカい、らしい。
これはステータスが手軽に確認できるというのも大きいそうだ。実は鑑定石は時間が経つとただの石になってしまうから定期的に替える必要がある。シュタインハイム領では原産地だから無料で鑑定石が使えるが、他の領地だと購入費を賄うため利用ごとにお金がかかるらしい。
ダンジョンの種類が豊富だから自分に合った稼ぎ方ができるし、鑑定も気軽にできるからとにかく冒険者が集まるのだ。
そんな領地で一旗揚げようと思ったら、僕も冒険者になるのが早道だろう。
しかしスキルが十全に使えないとは誤算だった。いや、理由はわかってる。僕の中に九尾の狐が封印されていないからだ。
つまり魔力タンクがないと【ドッペルゲンガー】は手軽に使えないのだ。
一にも二にもこの問題を解決しなければ、普通の冒険者の仲間入りをしてそこまでで終わってしまうだろう。
だからといってすぐさま魔力を肩代わりしてくれる存在を見つけるのは難しいし、仮に見つかったとしても素直に魔力を使わせてくれるとも思えない。そもそもそんなものがいるのかどうかすらわからないし。
結局は自分の魔力量を高めるしかないのか。いや、九尾は無理でも事前に何かに魔力を貯めておいて、電池みたいに使うことはできないのかな。……緊急時はそれでいいかもしれないけど、日常使いするなら魔力量は必須か。
ということはいかにして効率よく魔力を伸ばすかが重要になってくるわけだ。
──ミーナは『魔法を使えば魔力も伸びる』って言ってたな。筋肉を鍛える時の超回復みたいなことだろうか? となると大事なのは『魔力を消費すること』であって『魔法を使うこと』ではない、……はずだ。
ならあるじゃないか。効率よく魔力を消費できる方法が。
「すぅ……はぁ……」
布団を被っていつでも眠れるようにして、息を整えた。
大丈夫だとわかっていても能動的に気絶するのはちょっと緊張するな……。
とはいえやると決めたからにはやらなければ始まらない。
目を瞑って、眠るための言葉を呟いた。
「【ドッペルゲンガー】」
おやすみ。
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