第11話 味方殺しの魔女と泣き虫な弟子(フレミリア視点)


 小さい頃から『こんな魔力量を持つ魔女は見たことがない』と褒められてきた。


 将来は救国の魔女になってこの戦争を終わらせてくれるだろう。周囲からそう言われて入った魔女学校では、最下位の成績を叩き出した。


 魔力を上手く操ることができない。そんな致命的な欠陥を、私は持っていた。


 魔力量が多すぎて調節が効かないのだ。ただ火を出すだけの魔法が勝手に大爆発を巻き起こす。

 模擬戦では森を丸々一つ焼き、相手の魔女を殺しかけた。治癒魔法のおかげで一命を取り留めた彼女の元へお見舞いに行ったとき、かけられた言葉は今でも覚えている。


「この味方殺し!!」


 その時から私は『味方殺しの魔女』と呼ばれるようになり、そのうち親や先生からも距離を置かれ始めた。


 こんな私と肩を並べて戦いたがる人なんていない。それでも、戦争に勝つためには、私のような欠陥兵器でも必要とされたようだった。

 魔女学校を卒業後、すぐに私は西方の魔女に任命された。


「私が西方の魔女に、ですか!?」

「あぁ。異例の出世だな」


 先生は出世だと言ったが、実際は単なるその場凌ぎの配属だと私を含め全員が知っていた。


 ちょうど先代が亡り、早急な穴埋めが必要だったこと。最前線となることが多い西は攻撃力の高い魔女を配置する必要があったこと。私を弟子に取ってくれる魔女がいなかったこと。

 そして、私のような味方殺しと肩を並べて戦うことを他の魔女たちが嫌がったこと。


 先代の弟子たちは全て他の森へ移り、西は私一人に任せると、さも良いことのように先生は言った。


「一人の方が君も戦いやすいだろう?」

「…………はい」


 新人が一人で最前線を任されるなんて、死地へ飛び込んでいくようなもの。

 きっと誰もがすぐに死ぬと思っていたはずだ。


 私だってまさか、こんな最前線で五年も生き延びてしまうとは思っていなかった。


 ────一人きりの戦場ほど寂しくて静かな場所は他に知らない。


 コントロールする術がないから、自分に強い防御魔法と回復魔法をかけた上で爆炎を放つ。

 自分を囮にして巻き込むのは、魔獣を倒すには一番効率が良い方法だ。そのせいで森の端の方は更地になってしまったが、戦果のおかげか、誰も私に文句は言わなかった。


「今日はスープにしよう」


 五年間の森暮らしで独り言が増えた。

 誰とも話さず、野菜を煮ただけのスープや固いパンを齧る日々。


 死ぬためだけに戦場へ行っていた。せめて誰かのために命を使って、散れるのならば本望だ。


 本当にそう思っていたのだ。

 ある日の帰り道、森であの子を見つけるまでは。













「今日も生き延びちゃったなぁ……」


 戦場からの帰り道、家の近くにボロボロの服を纏った子供が倒れているのを見つけた。


 何歳ぐらいだろう。13歳ぐらいだろうか。作り物のように整った顔のせいか、性別は分からない。

 この森には強い結界が張ってあって、許可された者以外は入れないようになっている。

 最前線になることが多い西は、特に強い結界が張ってあるはずなのに、一体どこから迷い込んでしまったのだろう。


 近くへ駆け寄ると、うっすら目が開く。どうやら意識はあるようだ。


「あなた、ここで何をしているの?」

「………………」


 返事はない。もしかすると何か複雑な事情があって声を出せないのだろうか。


 とにかく、このままここにいるのは危ない。

 そう考えた私は、すぐにその子を家へ連れて帰った。


「怪我してないか確認させてね」


 声をかけたが相変わらず反応はない。しかし、もし怪我を負っていて、それがあとから悪化したら大変だ。

 ボロボロの服をめくり、手や足を確認していると、怪我の代わりに不思議なものが見つかった。皮膚のところどころがキラキラと光っているのだ。


「…………龍の鱗?」


 確か図鑑で見たことがある。

 天に浮かぶ島に住み、圧倒的な強さを誇る種族。プライドが高く、気まぐれで地上へ天災を起こす。


 もしこの子が本当に龍なのだとしたら、すぐに天へ返さなければならない。


「ねぇ。あなた、どこから来たの?」

「……………」


 訊ねてみたが返事はなかった。

 そうか。龍が使う言葉と、私たちが使う言葉は違うのかもしれない。


 それなら余計に、早く天へ返してあげなければ。


「……でも、まずは元気になるのが先よね」


 何せこの子はまるで抜け殻のような状態になっている。うん、そうだ。もう少し家で様子をみよう。


 天で何かが起こって自分から降りてきたのかもしれないし、帰るかどうかは元気になったこの子が自分で決めた方がいい。

 私は最もらしい言い訳をして、天へ返すという選択肢を頭の中から消した。


 ─────独りぼっちの生活に、もう耐えきれなかったから。












「私、フレミリアっていうの。西方の魔女よ。この森に一人で暮らしているの」


 次の日から毎日龍の子の世話をし、話しかけるようになった。

 彼だか彼女だか分からないその子は何も返してくれることはなかったけれど、家に自分以外の誰かがいるだけで幸せだった。


 戦いにだって熱が入った。

 私が死んだら家にいるあの子が危険に晒される。そう思うと、手が千切れたって足が潰れたって、怖くなかった。


 こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。死に場所を探して彷徨っていた戦場が、必ず戻らなければならない死地へと変わる。


 いつからか私は、人間のためでも、魔女のためでもなく、あの子のために戦っていた。


「ねぇ」


 私がやっていることは卑怯だ。

 そんなことはとっくに分かっている。でも。


「ずっと、ここに居てくれる?」


 艶のある髪を優しく撫でながら呟いた。

 返事がないのをいいことに、私はずっと龍の子と暮らし続けた。











 そうして一年ほど経った、ある日のこと。

 ついに私は勝手に名前までつけてしまった。


 その日は彼がうちに来てから一年の記念日だった。彼の誕生日を知らない私にとっては、ほぼ誕生日のようなものだ。

 だから想いを綴ってみようと手紙を書いていたのだが、まずは宛名をと思い、困ってしまった。


「Dear……」


 愛着が湧かないように、とか。本来の名前があるはず、とか。色々考えて名前をつけてこなかったが、やはり名前がないと不便だ。


 そうだ。プレゼントは名前にしよう。

 あなたへ贈る名前だから、ディア。ディアがいい。


「ディア! あなたの名前はディアにしましょう!」


 センスがない私にしては良い名前なんじゃないだろうか。大喜びで名前を呼んだ私に、ディアは目を瞬かせた。


「フレミリア……?」


 今、ディアの口が。ディアの口が動いて、少年のような透き通った声に、今名前を呼ばれたような。


 頭がパニックになって思わず振り返ってみたが、この家にフレミリアは私だけだ。

 ディアが、私の名前を呼んでくれた。


「そう! そうよ! やっと名前を呼んでくれた!」


 誰かに名前を呼ばれるのなんて久しぶりだった。嬉しくて、嬉しくて堪らなかった。


「うちへようこそ! 私の元に降ってきてくれて、ありがとう!」


 その言葉にどれだけの重たい想いがのっていたか、彼はきっと知らないと思う。


 私の声を聞いて突然泣き出した彼に、てっきりもっと早く天へ帰りたかったのかと思って慌てた。そして、涙ながらに言われた言葉に、もっと慌ててしまった。


「俺は、ここで暮らしたい」

「…………っ!」

「ここに、置いて欲しい」

「もちろん!」


 その瞬間、私がどれだけ嬉しかったかは知らないだろう。


 今まで生き残ってきて良かった。諦めなくてよかった。絶対に守りきらないと。天へ返してあげられなくて、ごめんなさい。

 溢れ出しそうになる涙を堪えて、彼の目元にハンカチをあてる。


 寂しさを埋めてくれるなら誰でもいい。

 最初はそう思っていたはずなのに、ディアはすっかり私の特別になっていた。













 それからディアは私の弟子になった。

 彼は想像以上に手のかからない良い子だった。それどころか、気がついたら私の苦手な家事までするようになり、いつの間にか私は自分の家なのに砂糖がどこにあるのかさえ分からなくなっていた。


 このままでは私ばっかり得をしている。

 そう思っても、正直落ちこぼれの私に教えられることなんて一つもなかったのだが、彼は私を慕ってくれているようで、余計に胸が痛んだ。


 私はそんなに立派な人間じゃない。そう伝えるたびに、ディアは首を振って、親愛の念をたっぷり込めた表情で嬉しそうに笑う。


「フレミリア様以上に素晴らしい人なんていません。俺はあなたの世話をするために生きているんですよ。あなたに出会ったから、自分が誰なのか分かったんです」

「……そう」


 冗談でもこんなことを言ってくれる、ディアに相応しい魔女になりたかった。


 だから、精一杯背伸びをした。

 出来ないことなんてないみたいに振る舞ったし、カッコつけたこともたくさん言った。


 極め付けは、彼を初めて戦場へ連れて行ったときだ。本当は死ぬほど嫌だったが、何度も何度も本人にねだられ、ディアの強さに目をつけた国の偉い人に命じられて、連れていくしかなかった。


 私の戦い方は不恰好で、死に物狂いで、泥臭くて、おまけに傷だらけになる。

 それでもあの子が私を師匠でいさせてくれるか不安だった。


「ごめんね。こんな戦い方しか出来ないんだ」


 巻き込まない位置へディアを置いたまま、いつも通り爆発を起こして傷だらけになった私が、少しでもカッコよく見えるように笑ってみせた。

 好きでこんなことになってるんじゃない。こうやるしかないからこうなっているのだと、バレたくなかった。

 作戦通り、ディアは私の姿を自己犠牲だと受け取ってくれたようだった。


 この時に、言えば良かったんだ。

 お願いだから家にいて欲しいと、私と一緒に戦場へなんて来ないで欲しいと。


 それでも、ディアが弟子になってしまった以上、他の魔女の手前そんなことは言えなかったし、戦争は激化するばかりで、実際彼は強かった。


 ディアは健やかに育ち、どんどん大きく、強くなった。16歳になった今では、あどけない顔立ちは少しずつ精悍なものになり、会議へ連れて行くたびに他の魔女や弟子から羨望の視線を向けられている。


 それが誇らしくもあり、私のディアなのに、と親のような目線で腹立たしく思っていることもった。


「明日は一緒にフレンチトーストを焼きましょうね!」


 ディアと過ごす毎日は幸せだった。


 共に戦場へ行き、ご飯を食べ、同じ家で眠る。彼が作ってくれたお菓子がすごく美味しすぎたから少し太って、カレンデュラの花で花輪を編むのが上手くなって、見に有り余る幸福を知った。


 ディアの喜ぶ顔が見たくて毎日必死だった。

 こんなことになるなら、綺麗な花の名前とか、美味しいパンの焼き方とか、そういうことを学んでおけばよかったと何度思ったことか!


 この子は、何の話をしたら喜ぶのだろうか。ずっと諦めたように生きてきたから、私はディアが喜びそうなことを何も知らない。

 どうして私は『味方殺しの魔女』なんだろう。ディアにはもっと幸せになって欲しいのにな。


 何を話したら笑ってくれるのかを必死で考えて、結局失敗する私を見て、ディアは「気持ちは伝わってますから」といつも照れ笑いを浮かべていた。


 叶うならば一生、こんな毎日を続けたかった。













 闇の魔女、シンシア。

 魔法の使えない人間を下等種族だと考え、魔女第一主義の思想を持っていた彼女は、その魔法への素質もあって『何か』に魅入られた。

『何か』が何なのかは分からない。忘れ去られた邪神だと言う人もいれば、潜在的集合意識の成れの果てだと言う人もいた。


 シンシアは彼女に賛同した『教団』を従え、動物に魔素を過剰摂取させては暴走させて、人間や人間に味方する魔女を襲う。

 だからといって、本人が弱いというわけではない。むしろ本人が一番強いのに、それなのに。


「……ここから先へは、行かせない……っ!」


 戦場へ突然現れたシンシアに対して、私は一人で戦う決意をした。

 周囲にいた魔女たちはみんな死んでしまった。背後にいるディアは、魔物と化した亜竜と戦っている。とても余裕がある状況ではない。


 だから私が。私が止める。

 だってこの時のために、私はこれまで生きてきた。


「─────、─────────」


 シンシアは声にならない声をあげて襲いかかってくる。

 爆炎。爆炎。治療魔法。爆炎。爆炎。

 防御なんてしている暇はない。攻撃を一度くらったら終わる。そんな状況で、自分の繰り出した炎が肌を焼いては魔法で治っていく。


「───────?」


 シンシアがあらぬ方向を向いた。違う。ダメだ。やめて。そっちには、私のディアが!


「……………あっ」


 気がついた時にはお腹に大きな穴が空いていた。

 回復魔法が効かない。魔力阻害がかかっているのだろう。あり得る。

 相手はあの、魔王だから。


「行かせっ、ない……!」


 このまま倒れたらあの子が危ない!

 ただそれだけの想いで意識を繋ぎ止めた。


 それからのことはほとんど覚えていない。ただ、周囲が焦土と化して焼け野原になった頃、シンシアは去って行った。


「かひゅ、かひゅっ……」


 喉からおかしな音がする。

 目が見えない。喉に血が流れ込んできて、息も吸えずにただむせ返る。


 あぁ、こんなはずじゃなかったのにな。


 家には呼び出しのサイレンを聞いて放り出してきた、食べかけのショートケーキがあって、早く家に帰らないと腐っちゃうのに。明日はフレンチトーストを作ろうって、ディアと約束したのに。


 ただ、死が近づいてくる足音がする。


「フレミリア様っ!!」


 その気配を払うように、ディアの声が聞こえた。私の大好きな、大好きな声。


「ごめん、ね。わたし、しっぱい、しちゃったみたい……」


 身体の感覚ももうない。それなのに、ディアに抱き上げられているらしいことだけは分かった。

 首の後ろに手を回して支えてくれるけれど、もう、身体に力が入らなかった。


「かいふく、まほう、がきかない、の」

「そ──! ど──て!?」


 音が聞こえない。でも、ディアが何か、何か言ってる。


「フレ──ア様、大丈───。絶────かります。だから、安──て────」

「でぃあ、にげ、て…………」


 生きて。ディアだけは、生き残って。

 はやく、シンシアがもどってくるまでに。

 祈りが届いたのか、うっすらとだけ空いた目から世界が見えた。


「……泣いて、るの?」


 わたしの、でぃあ。泣かないで。

 震えた手を頬に伸ばしたけれど、届かなかった。


 あぁ、もうわたし、だめみたい。


「なきむし、だなぁ」

「……っ、フレミリア、様」

「ごめん、ね」


 もっとしてあげたいことが沢山あったんだ。

 私が師匠でごめんなさい。してあげられたことも特になくて、最後まであなたを守れなくて。


 いつも泣き虫なあなたの涙を止める方法を知らなくてごめんなさい。


「──! ──! ─────────!」


 ディアが何か言っている。

 音が遠のく。泣かないで。


「すぐ、」


 言わないと。喉を血が塞いで、何も伝えられなくなる前に。


「すぐ、生まれ変わって、あなたをむかえに、行く、から……」


 あなたがあんまりにも泣くから、後を追ってきそうだったから、根拠のない嘘を言ってしまった。


 弱くてごめんね。不甲斐なくてごめんね。

 ディアの前ではカッコつけてばかりだった。


 あなたが産まれたてのヒヨコみたいに懐いた私が、ただの落ちこぼれ魔女で、本当は大したことのない人間だったと、きっとあなたは私が死んでから気づくんだろう。

 それはちょっと嫌だけれど、私がいなくなったら、ディアがシンシアと戦う必要はなくなる。


 彼をこの国に縛っていたのは私だ。あの子ならどこでも幸せに生きていける。

 もう私は十分幸せだった。だからもう、私のことなんて忘れて、幸せになって欲しい。

 困ったように笑うディアの顔が脳裏に浮かぶ。


 あぁ、わたし、愛されてたんだなぁ。


 音なんてとっくに聞こえないのに、名前を呼ばれた気がした。


「ふれみりあ、さま」

「あいしてる。しあわせ、に」


 喉が血を塞いで、今度こそ意識が遠のいた。

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