第9話 呪い子な弟子と寂しがりやな魔女(ディア視点)
「ディア!」
きっかけの言葉をずっと今も覚えている。
光の溢れる昼下がりのことだった。
「私の元に降ってきてくれて、ありがとう!」
花を見つめながら笑っているあなたを見て、この世界で生きていく決意をした。
母親殺し。王宮に産まれた出来損ない。
ずっとそう呼ばれて生きてきた。
龍族の世界は完全なる実力主義。それでも王政が成り立っているのは、王族が圧倒的な強さを誇り続けているからだ。
神祖と呼ばれる龍の血を一番濃く受け継ぐ王族は、産まれつき力が保証されている。
兄も血を濃く受け継ぎ、次期王位継承者として祭り上げられ始めたとき、俺が産まれたらしい。
────神祖の血を濃く受け継ぎすぎている。
それは強さの証明でもあり、ほとんど呪いのようなもので。
物心つかないときから、俺がただ強く考えたり、思いつくだけで魔素が勝手に動いて、自然の理を捻じ曲げることが出来た。いくら実力主義の世界だとしても、その力が制御出来なければ、それは意志のない災害と同じだ。
何より、全員が力を持つ龍族にとって、力に振り回されているということは弱さの象徴でもあった。力を使いこなしてこそ龍族は一人前と認められる。
だからこそ、産まれてすぐに力を暴走させ、母親を含む十数人を殺めた俺は城に幽閉されることになった。
それからどれぐらいの時間が経ったのか分からない。ずっと頭がぼんやりしていて、たまに様子を見にくる使用人に呪い言を吐かれながら、早く死にたいとだけ祈る日々。
そんなある日、いきなり俺は外へ出された。
「お前が生きているだけで迷惑なんだ」
久しぶりに見た兄は、俺の髪の毛を掴んで上を向かせながらそう言った。
龍族は良くも悪くも実力主義だ。
あの呪い子だって、歳を重ねたのだから力を制御出来るようになっただろう。そんな声が国民から出始めたのだと、兄は言った。
「母を奪って、今までずっと幽閉されていた身のくせに! 今更になって俺の邪魔をするな!」
腹を強く殴られる。次は顔で、今度は足の骨を折られて、それでも濃すぎる神祖の血が全てを瞬時に回復させた。
変化も反応もない俺に更に苛立ったのか、兄は大きく顔を歪めると、俺を孤島の淵に立たせた。そして、俺の背中を強く蹴り飛ばす。
「二度と戻ってくるな」
「……………兄、さん」
ごめんなさい。
そう呟いた声は、兄に聞こえていただろうか。
龍の国が遠ざかっていく。
地上へ、落ちて行く。
龍の姿に戻って羽を出したら飛べるのに、それすらもせず、ただ落ちていった。
このまま死なせて欲しい。
そう願ったのに、地上へ落ちて尚俺の身体ピンピンしていた。
「…………ここは、どこだ?」
周囲を見渡す限りの木々。どうやらどこかの森に落ちたみたいだ。
少し考えたあとで、城に幽閉されていた時のように思考をやめた。ただそれだけが救いだったから。
「あなた、ここで何をしているの?」
「………………」
「……ここには誰も入ってこられないように結界を張っているのに。一体どこから?」
声が聞こえた気がした。気のせいだと思ったから応えなかった。
生きながら死んでいる状態が長すぎて、俺は誰かに手を引かれて森の中から小さな家へ移動してからも、ただそこにいるだけの生活を続けた。
それでも、たまに自分に話しかけてくれたり、あたたかい毛布をかけてくれたり。何より、手を引いて俺を家に入れてくれた人がいることだけは、頭のどこかで気がついていて。
微笑まないでくれ。近づかないでくれ。
だって俺には、呼んでもらえる名前もなくて、返せるものだって何もない。早く諦めてくれ。
何度もそう祈ったが、『誰か』は俺に話しかけることをやめてくれなかった。
意図的に目を瞑る時間を増やしたのはいつ頃からだったか。
「ディア! あなたの名前はディアにしましょう!」
世界が変わったのは、なんでもない日の午後だった。パチパチと暖炉の火が燃えていて、甘いココアの匂いがして、目の前では濃紺の髪がふんわりと揺れていた。
二つの大きな目はキラキラと輝いていて、まるで空に輝く星みたいだと思った。
そうだ。俺は彼女を知っている。
「フレミリア……?」
「そう! そうよ! やっと名前を呼んでくれた!」
何度も何度も、俺に教えてくれた名前を呼んでみた。たったそれだけなのに、彼女はとびきり嬉しそうに笑った。
「ふふっ。今日は最高の日ね!」
そう言ってどこかへ行こうとするので、思わず服の端を掴む。
どこにも行かないで欲しい。そんな想いを抱いた自分のことを恥じて、すぐに手を離した。
しかし、彼女は迷惑がるどころか余計に嬉しそうだった。
「プレゼントがあるの。すぐ取って戻ってくるわ」
言葉の通り、彼女はすぐに戻ってきた。
そして、手に持っていたオレンジ色の花束を俺に差し出す。その綺麗な花の名前がカレンデュラということは、後から知った。
「うちへようこそ! 私の元に降ってきてくれて、ありがとう!」
「…………ッ」
ありがとう。ありがとう、と言った。感謝なんて、今まで生きてきて初めてされた。
俺が普通じゃないことぐらい、もう分かっているはずなのに。
身体が大きい龍族は、産まれてすぐに人化の術を覚える。大陸から持ってきて浮かせた土地は広大だが、龍族が十分に暮らすには全く足りないからだ。
その人化の術すら濃すぎる血が邪魔して上手く使えない俺の身体には、部分的に龍の特徴が残っている。
気持ち悪い。誰にも愛されない証。
期待したらダメだ。愛されようだなんて、烏滸がましい。俺の存在を喜ぶ人なんていないのに。
何度心の中でその感情を消そうとしても、ダメだった。それどころか、苦しくて、嬉しくて。
「…………あ」
ただ涙が止まらなかった。目から流れ落ちるそれは溢れて、溢れて止まらない。
「な、泣かないで!? ええと、ごめんなさい! ……私なんかと暮らすのは嫌?」
「そんなわけがない!」
ここにいたい。そう思ったのは初めてだった。居ても立っても居られないまま、彼女の瞳を見つめる。
「俺はここで暮らしたい」
「…………っ!」
「ここに、置いて欲しい」
「もちろん!」
彼女が笑いながら、俺の目元にハンカチを当てて涙を拭う。
その瞬間、目に見えるものが照らし出されて、心に色がついた。制御出来ないほどの喜びが心の中を渦巻いて、止まらない。その中心には彼女がいる。
まるで初めて息をするみたいに、世界が俺のことを受け入れた気がした。
彼女はこの森を守っている魔女なのだという。弟子にして欲しい。そう頼み込んだのは俺の方からだった。
だって、他の魔女にはたくさん弟子がいて、一緒に森を守っているというのだ。
それには後継者を育てるという意味や、単に戦力を増やすという意味もあるらしいが、俺にとっては彼女の隣に居られる理由を得るための口実でしかなかった。
「たまに四方の魔女で集まる会議があるんだけどね、みんな弟子をたくさん連れてくるから、実は憂鬱だったの。ディアが弟子だなんて嬉しいなぁ!」
無邪気に微笑む彼女を見て、俺は彼女が誇れる弟子になりたいと思った。一番強くて、一番信頼出来る存在に。
その日から、一緒にご飯を食べるようになった。言葉が綺麗に聞こえるように改めた。家事の練習も始めた。
いつ俺が、彼女の弟子だと紹介されても恥ずかしくないように。
「ディアには貰ってばっかりだなぁ。たまには師匠らしいこともさせて欲しいんだけど……」
彼女はそう言って、申し訳ないとばかり言っていたが、俺の方がもらってばかりだったと思う。
あれだけ悩んでいた魔力の暴走も、彼女を傷つけたくないと強く思っているうちに自然と収まった。今は感情が少し天候に影響する程度。
守りたい存在が出来ただけで、こうも違うのかと思ったものだ。
そして、この森へ来てから季節が一周した頃。ようやく彼女に声をかけてもらえた。
「ディア。次の戦場、一緒に行く?」
戦場で見た、彼女の魔法は苛烈だった。
ふんだんな魔力を撒き散らして、自らの周囲を爆発させる。側から見ていると、それはほとんど自爆のようなものだった。
それは痛々しい姿だったのに、龍である俺だけは彼女の隣で戦えると喜んでしまった。
「ディア! ただいま!」
「……フレミリア様」
「怪我はない?」
俺より何倍も、何倍も傷ついた姿で、彼女は俺のことを心配する。そして、悪戯がバレた子どもみたいな顔で笑った。
「ごめんね。こんな戦い方しか出来ないんだ」
それなら俺が、ずっと側で守ろう。
そう誓った。
思えばこの時に止めておくべきだったのに。
自分を顧みない戦い方で、彼女はどんどん戦果を上げていった。当時の俺は、巻き込まれないように彼女の撃ち漏らしを狩るぐらいで、ほとんど役に立っていなかったと思う。
戦場での様子を見た周りの人たちは、彼女を「味方殺し」、「化け物」と噂していた。
それが許せなくて、力を暴走させ、戦場に雷を落としたことがある。それを止めてくれたのもやっぱりフレミリア様だった。
彼女に相応しい人になりたかった。
それでもフレミリア様のことが好きで、好きで堪らなくて、仄暗い感情は止められなかった。
彼女に婚約者がいると聞いた時は死ぬほど嫉妬した。戦場へ雷を落として以来、誰もフレミリア様に近づかなくなったことを喜ぶ自分に、失望もした。
別に魔物にも魔王とやらにも、他の人間にも興味なんてない。ただ彼女がどうしたら笑って過ごせるかを毎日考えていた。
──────寂しがりやな人だった。
誰よりも人間らしくて、無邪気に笑う人だった。優しい人だった。だから、寂しい想いをしないように、ずっと側にいようと誓った。
炊事も掃除も出来なくて、見ているだけで不安になるような人だった。それでも俺のためにタルトを焼こうとする人だった。美味しいものと草花を何よりも愛する人だった。自分が焦土にした土地に種をせっせと蒔いては枯らしてしまう人だった。
「よし。今日は素敵な日だから、お祝いしないと! この世で最も綺麗な魔法を見せてあげるわ!」
俺を拾った日は毎年、盛大に祝いたがる人だった。
その時に見せてもらった『花火』という、火を打ち上げて作る花はとても綺麗でだった。目を奪われた俺を見て「そうでしょう。すごいでしょう。とっておきなのよ!」と得意げに笑っていた。
────血の一滴まであなたに捧げる。
そう言うと、彼女は「弟子っていうより騎士みたい」と笑った。
彼女が俺のことをただの子供としか見ていないことは分かっている。それでも好きだった。振り向いてくれなくてもよかった。ただ隣にいられたら、それだけで。
彼女の横顔を盗み見ては、それだけで幸せで、笑みが溢れてくる。そんな俺に、どうして笑っているの、と彼女が訊ねる。
ずっとこんな風に暮らしていくんだと思っていた。
それなのに、この光景は、なんだ。
「ごめん、ね。わたし、しっぱい、しちゃったみたい……」
彼女の身体には穴が空いていた。ぽっかりと、穴が。
既にくたりとして動かなくなっている身体を抱き上げる。彼女はされるがまま俺にもたれかかった。
「かいふく、まほう、がきかない、の」
「そんな! どうして!?」
俺からの問いかけに返事はない。
彼女から貰った服にベットリと生温かい感触がある。このままでは確実に助からない。
頭の中でやけに冷静な声がそう囁いて、感情が握り潰す。
「フレミリア様、大丈夫です。絶対、絶対助かります。だから、安心して────」
「でぃあ、にげ、て…………」
既に俺の声は彼女に聞こえていないみたいだった。それでも、閉じていく目を必死に開けて、俺に逃げろと言う。
こんな状況で俺のことなんて考えないでくださいよ。あなたを失ったら俺に帰るところなんてないのに。
「……泣いて、るの?」
彼女の震えた手が俺の頬に伸びる。頬に触れた手は、ずるりと血で頬を滑ったので、上から包みこんだ。手は、もう冷たかった。
「なきむし、だなぁ」
「……っ、フレミリア、様」
「ごめん、ね」
「嫌だ! 嫌です! 謝らないでください! 明日はあなたが大好きなフレンチトーストを一緒に作って、食べるんですよね! 二人であの家に帰るんだ!」
必死に話しかけても、彼女の体温は冷たくなっていくばかりだった。
それでも、何度も声をかけた。伝えたいことが山ほどあった。支離滅裂なこともたくさん言ったと思う。
俺は今更になって、伝えてこなかった言葉の多さを悔やんだ。伝えたい気持ちも、一緒にやりたいことも、まだたくさんあるのに。
「あなたをッ……あなたを愛しているんです! 俺にはあなたしかいない。あなたがいないと、この世界に価値なんてないッ……!」
細い首を支える手に力が籠る。綺麗なうなじに爪が食い込んだ。嫌だ。いかないでくれ。
もう目も見えていないだろう彼女は、それでも俺の涙を拭おうと、微かに指先を震わせた。
「すぐ、」
「喋らないでください! 傷口が!」
「すぐ、生まれ変わって、あなたをむかえに、行く、から……」
「ふれみりあ、さま」
「あいしてる。しあわせ、に」
完全に力を失った手が、俺の頬から滑り落ちる。
「あ、ああ、あああああああああ!!!!」
何度必死に名前を呼びかけても反応がない。まるで彼女の周りだけ時間が止まってしまったみたいに静かだった。
すぐに彼女を治癒専門の魔女に見せたが、無言で首を振られた。もう亡くなっている。そう言われてやっと、彼女の死を自覚した。
「俺は絶対に……絶対に、何度生まれ変わっても、あなたを探します。必ず、あなたと、もう一度…………」
もう一度、その綺麗な声で名前を呼んで。
彼女の死から二年が経った。
あの人を殺したのは、魔王と呼ばれている、シンシアという名の魔女だった。
死に物狂いで魔物を滅ぼし、魔王に辿り着いたとき。魔王はもう自我を保っていなくて、魔に支配されただけの化け物に成り下がっていたから、恨み言の一つも言えずに首を折って終わらせた。
呆気ない終わりだった。世界は平和になった。それでも、彼女は返ってこない。
「やっと、終わりましたよ」
手を合わせて呟く。彼女の墓は、俺と彼女が暮らしていた森に作った。
森はほとんど焼け野原になってしまっていたので、俺が一から木と花を植え直した。
彼女の墓の周りには、溢れんばかりのカレンデュラの花を植えた。彼女の瞳と同じ色の花。そして、俺が初めて出会った日に彼女から貰った花だ。
柔らかい風が吹いて、花畑の花が揺れる。
「天国はどうですか。幸せに暮らしていますか?」
返事がないことは分かっている。それでも話しかけることはやめられなかった。
「俺も、」
幸せに暮らします。彼女のためにそう言うべきだ。分かってる。分かってる、けど。
「……俺は、あなたがいないと幸せになれません」
我ながら不甲斐ない弟子だと思う。
幸せになりたい。でも、なり方がもう、分からなかった。
フレミリア様がいない世界に光はない。今すぐに後を追いたい。何度もそう考えては、「生まれ変わって会いに来る」と言ってくれたことを思い出して、やめる。
昔、彼女に尋ねられたことがある。
「あなたは何をしているときが幸せ?」
「分かりません」と答えた俺に、彼女は優しく笑った。
「じゃあ、まずはそれを探すことを一番の目標にしましょうか!」
今、やっと分かったんだ。
起きてきたら紅茶を入れて、あなたがおはようと言うとき。あなたが俺の作ったご飯を食べて美味しいというとき。カレンデュラの花畑の中で笑うあなたを見ているとき。
あなたと。フレミリア様と一緒にいられたら、俺はずっと幸せだったんだ。
────どうか名前を呼んで欲しい。
こうなるのだと分かっていたら、全ての瞬間をもっと記憶の中に閉じ込めておいたのに。
彼女だけがいなくなった部屋で起きて、眠る。その繰り返し。「置いておいて!」と言われたせいで、食卓にあるショートケーキは今も捨てられていない。
家の外からたまに聞こえる風の音がなかったら、きっと俺はとっくに壊れてしまっていただろう。
何度頭の中で思い返しても、月日が経って、何度も季節が変わるうちに、植えた木々が立派に育つうちに、徐々に彼女の姿が薄れていく。
どんな風に笑うんだっけ。どんな声で俺の名前を呼んでくれたんだっけ。あぁ、知っていたはずなのにな。
彼女を信じて待っている。
それなのに毎日、あの時一緒に死にたかったと思っている自分もいた。
「ディア!」
フレミリア様が微笑んでいる。
あぁ、きっとこれは夢だ。そう分かっていて、俺は背を向けて走っていく彼女に手を伸ばす。
「フレミリア様……!」
目が覚めた。眠い目を擦り、眼前に広がる夜空を見上げる。
あと少し、だった。手を少し伸ばしたら彼女に届きそうで、怖かった。
ふと手に視線をやる。すると、フレミリア様にそっくりな『ミレリア』の細い手首を握っていた。彼女は穏やかな顔で眠っていたが、寒さからか身を捩ったので、起こさないようにブランケットをかける。
彼女を初めて見た時、頭ではなく心が、直感があなただと言った。
それなのにミレリアは、自分は"フレミリア様"ではないと言う。そうとしか考えられないほど同じ容姿をしているのに。
「君、呪いをかけたんだ」
フレミリア様の婚約者だった北の魔女は、彼女の死体を見てそう言った。
「なんのことだ」
「カレンデュラの君に生まれ変わりの呪いをかけただろ。死体を"視た"らそんな感じがしたんだけど、もしかして君じゃないの?」
「の、ろい……?」
北の魔女は、魔力と強い想いを込めながら自分に傷をつけることで記憶と魂を結びつけ、同じ容姿と記憶を保持したまま生まれ変われるのだと言った。
不意に、フレミリア様を抱き上げた際、うなじに爪が食い込んだことを思い出す。もしかするとあれのことだろうか。
「僕は自分でしか試したことないし、成功してるかは分からないけどね」
そんなことを言われたせいで、俺は余計に希望を捨てきれなくなってしまった。
そんなある日、フレミリア様にそっくりな女が森に迷い込んできたとなれば、勘違いしても仕方がないだろう。
「…………こんな風に笑っていたんだろうか」
俺と友達になれて嬉しい。
ミレリアは、そう言って笑った。
フレミリア様と姿はそっくりなのに魔法は使えず、パンを焼き、植物を育て、家事をする。同じ笑顔で笑いかけてくるのに、俺に敬語を使い、いつもどこか遠慮している。
最初はその姿を見て、フレミリア様の生まれ変わりではないことに絶望したが、微笑ましい、と。最近は、思ってしまうことが増えた。
その度に自分の弱さを嘆いた。
俺はミレリアと一緒にいると弱くなる。
フレミリア様がいないのに、幸せになってしまう。月光に照らされて、ミレリアのか細い首が白く光っている。きっと、俺が握るだけで簡単に折れる。
「……殺しておけばよかった」
最初に会ったときに。中身を知ってしまう前に。絆される前に。今はもう、そんなこと出来やしないから。
ミレリアが狼に襲われていたとき、何百年ぶりに動悸がしたくせに。彼女を失うことが怖いと思ってしまったくせに、何を今更。
何度生まれ変わったって、例え俺からあなたの記憶が全部なくなったって、何度やり直してもきっとフレミリア様のことを好きになる。
見た目が同じだけじゃ意味がない。そう、そのはずだ。そのはずなのに。
夜空の月は少しずつ満ちていく。
俺は昔のことを思い出しながら、隣にいる彼女が目覚めるまで、ただ夜空を見上げていた。
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