第4話 既視感と食卓

 

 毎晩空を見上げているが、月は少しずつしか満ちていかない。細長い月を見上げては、南の街でどうやって暮らそうかを考えている。


 空想の中で、理想のパン屋を建てては潰してを繰り返したりもする。絶対お庭も欲しいな。そのためには繁盛させてお金を稼がないと。

 とにかく、パン作りの腕は磨いておいて損はない。そう考えて、毎朝パンを作るようになった。


 ディアはというと、食べる日もあれば食べない日もある。ただ、外へ行ったついでに、と果物や野菜を置いて行ってくれるようになった。


「全部やる。好きに使え」と籠いっぱいに入った野いちごを渡された時は驚いたが、これがもう美味しくて!


 やっぱりここは特別な土地なのか、一粒一粒が大きくて味もハッキリしている。しかも、すごく瑞々しい。採れたてだから、というのもあるのだろうが。

 私も孤児院の庭で畑仕事をやっていたが、こんなに美味しいものは作れなかった。ちょっと悔しい。


「……余程手間暇かけて育ててるんだろうな」


 そんなことを呟きながら、ジャムを煮る。

 今朝はレモンに似た酸っぱい果物を取ってきてくれたので、これは余っていた野いちごをジャムにするしかないと考えたのだ。


 今日は一旦パンから離れてジャムタルトを作ってみよう。


 ジャムを煮詰めつつ、タルト生地を作っていく。ここのオーブンの火加減にもやっと慣れてきた。

 そのうちジャムが出来上がったので、生地に出来立てのジャムを詰めてオーブンへ入れる。焼けるのを待ちながらジャムを味見すると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。


「私ってやっぱり天才かも!」


 ジャムが美味しいジャムタルトが美味しくないわけがない。

 焼き上がったタルトを冷まし、せっかくなら紅茶も淹れようと準備をしていると、ディアが部屋から出てきた。そして、指パッチン一つで茶器の準備を終えると、出来上がったばかりのタルトを一つ掴んで大きく齧る。


「……………」


 ちょっと、なんなんですか。その渋い顔は。

 自分でも一口齧ってみる。あぁ、最高の味。やっぱりこれで身を立てていこう。


 しかし、余計にディアの表情が気になる。彼は渋い顔をしながらあっという間にタルトを一つ食べ切り、二つ目に手を出そうとしていた。


「……味、どうですか?」

「美味しい」

「それならもっと美味しそうな顔で食べて欲しいんですけど」

「…………努力はする」


 不満そうな私を見て、ディアは言葉を続けた。


「フレミリア様は料理が下手で、一度だけ焼いてくれたタルトも不味かった。本人も気にしていたから、本人の前で言えたことはなかったが」

「……………」

「それを、つい思い出してしまって」


 ディアは懐かしそうに笑いながら、目頭を押さえて渋い顔をした。込み上げる感情を抑え込んで、あの表情になっていたみたいだ。


「それなら、料理はディアが作っていたんですか?」

「そうだ。俺は食事を摂らなくても生きていけたが、どうしても恩を返したくて必死だったからな。家事も全部俺がやっていた」

「……外の畑も、それで?」

「あぁ。植物を育てたがるくせに、片っ端から枯らすんだ。それを指摘するといつも拗ねて……だから畑も俺が面倒を見るようになった」

「案外可愛らしい方なんですね」

「そうだな。……大変だったが、戦場で頼られることはなかったからこそ、嬉しくて堪らなかった」


 この人、本当にフレミリア様のこと大好きなんだな。


 プライドの高い龍族が家事をやるだなんて想像もつかないのに、嬉しかったと言い切るなんて。

 畑を残していて、今もせっせと果物や野菜を作り続けているのは、フレミリア様が愛していたからなのだろう。


 微笑ましい目でディアを見ていると、今更照れたのか、途端にタルトを一口で頬張った。案外分かりやすい人なのかもしれない。


「野菜と果物、ありがとうございます。おかげでパン作りに精が出ます!」

「……あぁ。ついでだから気にするな」

「美味しく作りますからね。食べなくても生きていけるかもしれませんけど、気が向いたら食べに来てください。誰かと食べた方が美味しいですし、美味しいものを食べたら幸せになれますから!」


 パン屋の看板娘だった、私の前世からの口癖だ。

 ディアに笑いかけると、彼は不意に手を伸ばして私の髪を柔らかく撫でた。そのまま頬を撫でようとして……ハッとしたように我に返る。


「ッ、あの人の真似をするな! 紛らわしい!」

「してませんけど!?」


 フレミリア様に会ったこともない私が、どうやって。

 完全なる八つ当たりだ。勝手に私と彼女を重ねているのはそっちなのに。


 ディアはバツが悪そうにタルトをもう一つ手に取ると、そのまま家を出て行ってしまった。

 なんて理不尽な話なんだ。


 傷ついたので、タルトを齧って機嫌を治す。私が本当にフレミリア様だったら、キラキラの目で喜んだくせに。


 いつかフレミリア様に会えたら、ディアが私に行った悪行は絶対に言いつけてやろう。











 パンや料理を作るとき、必ず2人前作るようになった。私がご飯を作っていると、ディアがふらふらと部屋から出てくるからだ。


 最初はご飯の匂いに釣られているのかと思ったが、どうやら先日の会話の中で言った言葉を気にしているらしい。


 ────誰かと食べた方が美味しいですし、美味しいものを食べたら幸せになれますから!


 もちろん私の影響ではなく、かつてフレミリア様に言われていたことを思い出したからなのだろうが。


 そういうわけで、ディアと私は一緒に食事を摂るようになった。ただ、食べなくても生きていけるせいで好きなものしか食べてこなかったのか、尋常じゃないぐらい好き嫌いが激しい。

 今日だって、ビーフシチューに入ったニンジンを全てどけて食べている。これが龍族だと言っても誰も信じないだろう。


「はい、ニンジンも食べてくださいね〜。そんなのじゃ食事のうちに入りませんからね」

「お前、居候してるくせによくそんなことが言えるな。森の外に捨ててきてやろうか」

「言いつけますよ、フレミリア様が戻ってきたら」


 そう言って笑いかけると、彼は死ぬほど嫌そうな顔をしながら黙って食べた。

 "フレミリア様"の名前に弱すぎる。

 私としては有難いことだけど。


「あの。フレミリア様のどこが好きなんですか?」

「全部」

「わぁ……」


 分かりきっていた答えなのに、実際、急にとろんと甘くなった目で言われるとちょっと引く。そんな私に気づかないまま、ディアは暴走列車のように話し始めた。


「優しいところが好きだ。案外子供っぽいところが好きだ。歯を見せて笑うところが好きだ。動物が好きなのに懐かれなくて、悲しそうな顔をするところが可愛らしい。お祝いごとには特別なものを見せようと必死になってくれるところも愛しく思える」


 止まらないな。そこまで聞いてないのに。

 ここまでくると感心してしまう。


 相槌を打つ間もなかったので、全てが終わってから拍手すると、ディアはスンと無表情に戻って口を開いた。


「なんだ、その顔は。お前だってあるだろ。好みの一つや二つぐらい」

「今はニンジンを残さず食べられる人ですかね」

「……変わってるな」


 あなたに言われたくないです。百歩譲って同じ穴のムジナではないでしょうか。


「ちなみになんですけど、私のいいところも一つぐらい聞いてみたいです!」

「生命力が強そうなところ」

「…………まぁ、有り難く受け取っておきます」


 てっきり美味しいパンが焼けるとか、そんなことを言われると思っていたのだけれど、違ったらしい。


 生命力が強い、ならともかく、強そうと言われると途端に悪口っぽく聞こえるのは何故なんだろうか。

 明日の料理には必ずにんじんを擦りおろして入れてやろうと思う。

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