4 場違いな悪党と不運な庶民たち
その男は、左目に眼帯をつけていた。
黒い布地は擦り切れ、その下に隠された傷口をかすかに覗かせている。
「こう見えてなァ、おじさん、悪いヤツじゃあないんだ。ちょっと話を聞きたいだけさァ」
白昼堂々、若者四人に大の男が三人がかりで迫っている。
眼帯の男は手ぶらだが、ぼろぼろの羽織りに隠して鉈のようなものを背に負っているようだ。細い方は公道のど真ん中にもかかわらず、鉤爪のついたロープを取り出し、もう一人は釘を打ち付けた棍棒を手に、舌なめずり。大きく見開いた目は血走っていて、黒い瞳は淀んでいる。
……失礼だが、どこからどう見ても悪党とその子分だ。
しかも、この三人だけじゃない。別の通りの先から、似たような風貌の男たちがこちらに近付いてきている。眼帯男を目印に、徐々にわたしたちを包囲しようとしていた。
「…………」
わたしは知らず、前に出ていた。ミネイを庇うように立つ。眼帯男から、目が離せない。
「おうおう、そんな警戒しなくたってェな、取って食ったりはしねェよ」
赤茶けたぼさぼさの髪。腹の底に響くような低い声をした、大男。同じ赤毛で武闘派でも、ハントとは大違いに品がない。
「だからな? ちょっと話をしたいだけなんだわ。あんまり人を見た目で判断するもんじゃあねえぜ?」
前歯の欠けた口をにたりと歪め、その視線は嘗め回すように、わたしたちを軽くなぞって、そして比較的近くに、彼らの前にいたわたしに留まる。わたしは口を開いた。
「"見かけ"で判断せずに、どうやって相手が安全かどうか、確認するんです」
見るからに、こちらに対して悪意がある。勘違いするなというのが無理な相談だ。本当に話がしたいだけなら、それ相応の格好と態度でのぞむのが筋というものだろう。
「なんだァ? お嬢ちゃんは前時代の差別主義者か? 貴族さまだってまだ話が通じるぜ。『金が目的か? いくらでもくれてやる!』ってな……!」
げらげらと周囲の男たちが一斉に笑った。その声で、ミネイたちもいつの間にか周りに荒くれものたちが集っていると気が付いたようだ。
十字路の四方から、男たちが近づいてくる。
「な、なにごとなの……!? この人たち何!?」
「わ、分かんねえけど、とりあえず……話を聞こう」
エイリクの言葉に、わたしは場違いにも噴き出しかけたけど、でも確かにその通りだ。わたしたちは「話をする」以外に、この場を無事に乗り切る選択肢がない。包囲は完成しており逃げ出すのは困難で、「戦う」なんて論外だ。
……ほんとうに?
本当だ。第一に、相手は武装している。第二に、多勢に無勢。わたしとミネイは可愛いだけの非力な女の子、エイリクなら
しかし、わたしたちにも希望がない訳ではない。
なにせ、ここは街のど真ん中……まあ中心は「桔花邸」、「星見台」だけど、わたしたちはそこからやってきたのだ。通りはいつの間にか蛇行していて「木実門」はもう見えないけど、「星見台」は視界に入る。それがわたしの希望。
明日は大事な日だ。そして今日はその準備のための祝日。街は人々が行き交い、当然そこには騎衛衆たちも目を光らせている。
この状況を見かねた通行人が騎衛衆に通報すれば。そのための時間を稼ぐことが出来れば。
「そんな格好、そんな態度でこられて、『話がある』?」
相手の気分を悪くしてしまっては、話がこじれてしまう。頭ではそう理解しつつ、どうしてもわたしは挑発的な口調をとってしまう。
――今日のわたしは何も恐れないよ。
せっかくの、祝日だったのだ。
「論外ですよ。胡散臭い。身体あらって出直してきたらどうですか」
「はっはー、いいねェ。そりゃそうだ、こちとら見るからに悪党だ。しかしなァ、じゃあハイそうですかってすぐに身なり整えられねえから、こういう風体してんだぜェ。そこがおじさんのツラいところだ、分かってくれよ」
そう言って、男は自身の左目を覆う眼帯を軽くめくって見せた。一瞬だけ、古い傷跡が空気に触れる。
「消えねェ傷も残ってやがる。……身なりは身分を規定する。その理屈でいやぁ、確かに俺は悪党だ。こういう風に規定されちまったんだよ」
「……?」
その時、遠くで悲鳴が上がった。男性の声だ。眼帯男が後ろを振り返る。遠くの方で、眼帯男の手下と思しき荒くれものが、街の人を虐げていた。
肉を切るような大きな包丁を、振り下ろす。
「おぉい、あんまりやりすぎんなよー!」
眼帯男は笑い雑じりに、手下に声をかけた。
「…………」
おそらく、折を見てこの場を離れ、騎衛衆を呼びにいこうとしたのだろう。そこら中に荒くれものたちがいて、この場に居合わせた人々はうかつに動くことが出来なかったのだ。そんな中、それでも機を捉えた勇気ある人がいて、しかし彼は無残にも頭部を潰された。
これで、他の人たちもむやみに動くことが出来なくなった。
それだけでなく、
「ひゃっはー!」
まるで眼帯男の掛け声が呼び水になったように、そこら中で荒くれものたちが手近な一般人に襲い掛かったのだ。
「あーぁ、どうも血の気が多くてイケねェ。まあそういう訳だ、学生さんたち。ちょっと場所を変えようや」
そう言って、眼帯男は鉈をちらつかせた。
鋭利な刃物ではない。あれは、肉を潰すための鈍らだ。後ろの男たちの得物もそう。「ただ殺す」ための品ではない。「痛めつけて殺す」ための武器だ。
……話?
こんな白昼堂々、【小帝区】の市街で暴動を起こしてまで、いったいなんの話をしようというのか。
「あなたたち、いったい何なんですか」
「あぁン?」
後ろから"引かれる"感覚があった。ミネイか誰かがわたしの着物を引っ張っている。
「何かっつーと答えに困るが、俺ァ、人探しをしてんのよ」
「……人探し?」
「いや、人じゃねえな。アレは、化け物だ」
当然わたしたちがついてくるものと思ってか、こちらに背を向けて歩き出しかけた眼帯男が首だけ振り返り、わたしたちを見た。
「そいつの情報を得るためには、『学生さん』に聞くのが手っ取り早いってェな、俺の勘が言ってんだ。そんでまぁ――」
……あぁ、なんて間の悪い。
いたわ。
休日にもかかわらず、学生服を着てやってきた人が。わたしは頭を抱えたくなった。なんて、運の悪い。
……殺すか?
囁くような声がした。
「――あぁ、ここで会ったが
殺、
「アヤミ! イツセ……!」
大丈夫か、と。
不意にかけられた言葉に、わたしはその場にくずれそうになった。
「兄貴……!」
エイリクが歓声のように叫んだ。
早馬のように現れ、その人は瞬く間にわたしたちと眼帯男のあいだに割って入ってきた。戦槍を手にしたその背中の、なんと頼もしいことか。
「ハント兄さま! わたしの心配は!」
ミネイも元気を取り戻す。
「兄上……なぜ、アイミを先に?
「特に他意はない! 目に付いた順だ!」
カグラギ・ハントを筆頭に、【小帝区】守護を司る騎衛衆が駆けつけた。
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