第5話 夢で逢えたら
私の名はレティ・ハワード。
人生のほとんどを剣のことだけ考えて生きてきたところ、成り行きで人類軍の勇者になった。
最近は経営している孤児院に面白い子が来てくれて、日々の楽しみが増えた。
ギルという黒髪に赤い目の綺麗な男の子で、気骨があって剣の筋がいい。
最初はビクビクしていたのに、孤児院に来て二週間が経つ今では、ときどき私の魔物狩りについてくるようになった。
そればかりか、彼は私のつまらない話にも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる。
魔王の話をしても楽しそうに受け答えしてくれる人は、本当に貴重だ。
我ながら滑稽だが、私は自分が倒した魔王に不毛な恋をしている。
ギルはそれを知っているこの世で唯一の人物だ。
魔王と切り結び、互いに死力を尽くして命の駆け引きをしたあのわずかな時間は、私にとって人生で最も幸福な時間だった。
あれほどの鮮烈な剣には出会ったことがない。
戦いの常とはいえ、自分のせいで二度と会えなくなった相手に入れ込むなんてどうかしている。
向こうだって、自分を殺した相手に好意を寄せられているなんて怖気が走るだろう――――本当に申し訳ない。
ギルには「そんな風に自分を卑下しないで」と叱られるが、後ろめたさがどうしても拭えないのだ。
あのとき彼を殺さなければよかった……と思いついた一瞬のちには、その場合自分が殺されて人類の命運は尽きていただろうと冷静な考えでいつも目が覚める。
もし万が一お互いに命を拾い、なんらかの形で戦いが終結していたとしても、彼が私に敵意と憎しみ以外の感情を持つことはなかっただろう。
最初から先のない恋だった。
分かっているのに、この感情を捨てられない。
あるいは、剣などやらなければ良かったのだろうか?
国王が愛人に生ませた子として、疎まれながら無力なまま生き、いずれ迫り来る戦火に呑まれてあっけなく死んでいたほうがマシだったのだろうか。
剣を握っているときの、あの「何者かになれている」感覚など知らず、魔王と巡り会うこともなく。
「……今さらな話ばかりだな」
自室の机で、ひとり国王からの手紙に目を落とす。
報われるべきだった母はすでに病気で亡くなっている。
今さら自分の娘として認知すると言われても、だからなんなんだと虚しくなるだけだ。
「……他の娘が惜しいから、私がちょうどいいと思いついただけなんだろうけど……」
行動が遅いところばかり父娘で似てしまったのだとしたら、つくづく嫌な遺伝だな。
◆
「――――はぁっ!!」
ギルがイノシシ型の魔物の腹を切り裂くと、魔物はもんどりうって倒れ、動かなくなった。
小さめではあるが、ここらの森に生息する魔物の中では毛皮や内臓に利用価値のあるほうだ。
剣を触るようになって二週間ほどで単独で魔物を狩れるようになったのだから、目を瞠る成長ぶりだ。やはり筋が良い。ぱっとこっちを振り返りリアクションを求める彼を、私は拍手で讃えた。
「すごいよ、ギル。自分も魔物を狩ってみたいって言い出したときはびっくりしたけど、こんな短期間で魔物を相手取れる人なんてめったにいない。ギルにはやっぱり剣の才能があるね」
「え、えへへ。レティ様に教えていただいてるんですから、当然ですよっ」
えへえへと照れ笑いするギルは、見目の良さも相まって天使のようだ。
剣術一辺倒でやってきて多少朴念仁の自覚がある私でも、彼の容姿が人並み外れて整っていることは分かる。
顔面の造形美というのは極まると収束していくものだったりするのだろうか? さすがにギル本人には言ったことがないが、彼の顔立ちはどことなくあの魔王と似ているように感じることがある。そういえば、名前もちょっと似ている。そう感じる原因は自分がメンタルを病んでいるとかではないことを願うばかりだ。
「……ギルならいつか、あの魔王と並ぶくらいの剣士になれるかもしれないね」
剣才のある人は好きだ。
剣にはその人の本質が現れる。
言葉を交わすまでもなく、剣を交えれば相手のことを理解することができる。
だからギルの根っこの性格もなんとなく分かっている。
この子は結構「イイ性格」だ。努力家で、優しく聡明な良い子であることも確かだが。
普段はそんな素振りを見せないように気をつけているが、私はどうも人と話すのが苦手で長年不便している。
けれどギルとならいつか、一言も喋らなくても通じ合える関係を築けるのではないかという希望を感じてしまう。それは私にとって理想の師弟関係ではないだろうか。
「……レティ様ってばホントに魔王のことすっ……、好きですよねぇ~……へへへ」
持ち帰りやすいよう、魔物の四肢を縄でひとまとめにくくっていたギルがますます照れくさそうに頬を緩める。褒められたのがそんなに嬉しかったのか。
彼の前でだけはこの気持ちを隠さなくていいので、私も素直に頷くことができる。
「ギルがこうやって話を聞いてくれるから、前よりずっと気が楽だよ」
「ふふ、どんどん話してくださいよ! 僕もレティ様が考えてることを知れるのはこう、嬉しいし楽しいですから!」
ずいぶん頼りがいのあることを言ってくれる。
そういうことならぜひ、どんどん話したいものだが……。
「といっても、なんせ私と彼には新ネタの生まれようがないから、結局あの戦いとその後の話の繰り言になっちゃってるよね」
顎に手を当てて考え込む私に、ギルがなんとも言えない困り顔になった。
ああ、私がもう少し話し上手ならよかったのだが。
ギルはえーとえーとと呻いてから、あっとなにかに気づいたようだ。
「そういえば、魔王って倒されたあとどうなったんですか?」
「……倒されたあと?」
「はい、死体の処遇です」
「……」
ギルは魔物の死体を縛りあげながら思いついたようになかなかグロテスクなことを言う。
彼としては何の気なく、ごく自然な疑問を投げかけてみただけなのだろう。感性の違いでしかないのだ。
彼に悪意がないのは明白であり、私も会話スキルが致命的に欠けているためにうまいごまかし方が分からなかった。
よって、こちらも淡々とした振りで答えることにする。
「敵の総大将を討ち取ったんだからさらし首にしろって声もあったんだけど、魔王もあれだけ堂々と戦ったんだし……、後あの状況でそんなこと実行したら、いよいよ人間か魔族のどっちかが死滅するまで絶滅戦争待ったなしでしょう。……って言い張って、私が魔界に送り返した」
当時のことを説明すると、ギルは目を丸くした。
「えっ……それ大丈夫だったんですか!?」
「うん、大丈夫じゃなかったかもしれない」
実のところ魔王の遺体を私の一存で魔界に返したのは、今でも正しかったかどうか分からない。
さらし首はもってのほかだとしても、わざわざ返したのは私の独善でしかなかったのかもしれない。
「返ってきた息子の遺体と対面した先代の魔王……彼の父親が、怒りのあまり卒倒したらしいんだ。あれからずっと具合が良くないって。だから私は余計なことをしたのかもしれない。魔族の価値観からすれば勇敢に戦って果てた死者を冒涜されたようにしか感じないって言われたら、その通りな気もする」
「……」
「死体蹴りみたいなもんだぞって仲間にも言われたし。彼だって故郷に帰りたいだろうと思ったんだけどね……やっぱりダメだったかな」
ギルはしばらく絶句していた。
私は彼の反応を内心こわごわ伺っていた。
私の話を受け止めてくれる人間はギルだけだ。もし彼に否定されたら私は猛省する。そして、もう謝る相手がこの世にいないことを再確認することになるだろう。
けれど、結局ギルはそうしなかった。
彼は心底困ったように美しく微笑んだ。
「……転生の座標がずれたのはそのせいか」
「? え?」
「いえ、なんでも。……ダメなんてことないですよ! 故郷に帰れたんだから、魔王だってきっと悪い気はしなかったはずです」
そうだろうか。
ときおり攻めたことも言うが、この子は優しいから、気を遣わせてしまっていないだろうか。
その目の色をもっとよく覗き込もうとした私をかわし、ギルは魔物を担ぎ上げて「さ、早く帰りましょう! 僕らにも帰りを待ってくれてる人がいるんですから!」とやけに嬉しげに笑った。
その日の晩、奴隷時代の記憶にうなされて泣き出した子を寝かしつけてから、部屋に戻ったときだった。
「……?」
私は窓枠の隙間に一通の手紙が挟まれているのに気づいた。
取り上げてみると、きちんと封蝋がおされている。
……あれ、この紋章……?
まさかと思って開封し、急いで折りたたまれていた便箋を開く。
そこには、信じがたい文面が記されていた。
――――親愛なるレティ・ハワード様
あのような別れになってからご無沙汰しております
折り入ってお話ししたいことがございます
突然ですが今晩のあなたの夢にお邪魔させていただきますので、そのおつもりでいてください
誓ってあなたへの害意はありません
ただあなたに一目会って、話がしたいのです
心からの敬意と愛を込めて
ギルバート・ゲートシュタイン(魔王です)
「…………っ!?」
馬鹿な、誰のイタズラだ?
私は弾かれたように窓を開け、周辺に人影や痕跡がないか探した。が、誰も居ないしなにもない。
この手紙を仕込んだ人物はとっくにここを離れていたようだ。
……だけど、いったい誰が。
魔王から私宛ての偽手紙を書こうだなんて、それもこんな内容で……普通は思いつかない。
私が魔王に特別な感情を持っていることを知っているのはギルだけだ。
確かにギルなら物理的にいえば犯行自体は可能だが、彼は絶対にこんな悪質なイタズラはしない。そういう人格ではないからだ。
そうなるともう容疑者の心当たりすらなくなってしまう。
ギル以外の誰かにこの気持ちが露見してしまったのか?
注意はしていたつもりだったが、密かに会話を聞かれていたか。
もしそうならまずい。
混乱しながら便箋をよくよく観察すると、署名のところに独特の魔力が込められていることに気づいた。
……持ち主の力の強大さをうかがわせる深紅の魔力。
私が分からないはずがない。
紛れもなく、これはあの魔王の魔力だ。
「……、なんで……」
――――生きていたのか?
いや、あれは確実に死んでいた。そのはずだ。正々堂々立ち会って、私がこの手で、剣で殺したのだから。
でも、……でも、ダメだ。
そうだったらいいと、生きていてほしいと私は思ってしまっている。
「……生きてる……?」
視界があっという間にぼやけて、自分が泣いているのだと遅れて分かった。
嬉しいのか、不安なのか。
いくらなんでも突然すぎる。
期待させられるだけさせられて、天に昇ったところで突き落とされたらどうしようと思うと怖い。
この言葉は本当なのか? (魔王です)とか書いてあるが。
私は彼に好かれるようなことなどなにひとつしていない。私たちは敵同士として出会い、その関係のまま終わった。終わらせたのは私だ。もしかしたら遺体の扱いも間違えたかもしれない。
だとすればこれは、やっぱり誰かの悪意ある嘘……いや、魔力という証明は確実だ。
どういうからくりなのかは分からないが、魔王はいま生きている。
手紙を書いたのは魔王本人でも、甘い嘘で私を罠にかけようとしているのかもしれない。
その気になって浮かれでもしたら、生きていてくれて嬉しいと態度に出したら最後、笑われて剣を向けられるかもしれない。
私と魔王の関係ならそれで当たり前なくらいだ。
……でも。
彼の剣から伝わってきた彼の性質は、そういう残忍さは含んでいなかった。
少なくともあのとき、私はそう確信していたのだ。
確かに「イイ性格」をしてはいるだろうが――ついでに悪趣味でもあるかもしれないが――、あれほどの剣才に見合う器のひとなのだと。
◆
おーーーーしおしおしおし!! やるぞやるぞやるぞぉぉぉお!!
この夜のためにサミュエルとともに編み上げたとっておきの夢だ、気合い入れていくぞっ!
今回は玉座の間では圧迫感を与えるだけだと判断し、ロマンチックさを追求した。
空間設定は人間と魔族、どちらの美意識にも対応できるみんな大好き薔薇の園。
魔界に生息している薔薇のうち極悪な品種は、ちょっと目を離すとしゅっと触手を伸ばして虫を捕食しようとしたり、毒を含んだ香気を放ったり、花粉で弱い魔族の目潰しを狙ってきたりするが、もちろんそんなものは用意しない。
ただ美しく、無害な薔薇を、人界魔界の別を問わずに集め、完璧に配置した。
自分の身体を見下ろし、姿見でも少しでもほころびがないか確認する。
いやーやはり、久々の自分の身体は格別だな!
黒髪は濡れたように艶やかだし、この赤い瞳に見つめられれば落ちない女はいなかった。
体格も剣を極めた者にふさわしく、引き締まっていてすべての筋肉の均整が取れている。
黒と金を基調とした魔王としての正装に身を包み、本来は戦場でしかむき出しにすることのない角をあえて見せ――――レティは戦場での俺に惚れたらしいからな! 思い出を刺激するサービスだ――――艶のあるマントを翻せば、おお、完璧だ!
これならレティに見られても恥ずかしくない。
俺はこっそり気合いを入れていた温室を出て、レティがいるであろう薔薇園の中心へ向かう。
あの手紙を読んだレティは相応に身構えた状態で入眠したはずだ。
混乱し、疑念と期待に揺れる彼女の様子が目に浮かぶようだ。
案の定、レティはどこか呆然として薔薇のただ中にたたずんでいた。
「薔薇は気に入っていただけましたか?」
くぅ~~~~!!!! この第一声をなににするかで三日三晩悩んだがキザすぎてないかな~~~~!!??
と、七転八倒する内心はおくびにも出さない。
薔薇の向こうから現れた、魔族の麗人をレティは振り返り、視認した。
優美な微笑みを絶やさぬように全力を尽くしながら、俺は心臓がどっくんと大きく跳ねたのを感じていた。
俺が「俺」として、こんな風に彼女と向き合って話すのは、これが初めてだ。
緊張の溜まった心の中のコップが猛スピードで満杯に近づいていくが、いかん、落ち着け俺!
この登場、この第一声から秒でテンパる男は本気でダサいだろ!?
「魔族の中でも夢魔に連なる者は、古来からこのように夢を密会の場にしてきました」
「……、丸腰ではどうにもならんと、いちおう剣を抱いて眠ったのだが。無意味だったようだ」
レティの表情は氷のように冷たく、口調は人類の勇者、軍人としての硬いものだ。
彼女の困惑と警戒心が伝わってくる。まぁそういう態度になって当然だ。
……あ~~人間の美少年ギルの前では絶対に見せない冷徹な仕事人の顔~~!!
俺のことめちゃくちゃ警戒しててかわいい~~!!
「正しくは密会ではなく、暗殺の場ではないのか?」
感情をうかがわせない声で皮肉か挑発のような問いかけをしてくるレティ。
いやぁ本当に申し訳ないのだが、俺を警戒して必死に敵対的な態度を取ろうとすればするほど、俺を喜ばせることになってしまうんだ。魔族は悪趣味なのである。
にやけてしまいそうになるのを堪えつつ、俺は悠然と微笑む。
「手紙にも書いた通り、誓ってあなたを害することはしません」
誠意を込めて断言すると、レティの透き通った美しい目が剣呑な光を帯びたまま眇められる。
「……あくまで、話がしたいだけだと?」
「はい」
「あり得ない。私とあなたでいったいなにを話す? あなたからすれば、私は憎い仇だろう」
俺は魔王らしくふっと鼻で笑った。
「憎むことなどありますか? どうあれ俺はこうして生きている。であれば、俺にとってのあなたは仇でもなんでもないでしょう」
「……っ」
レティの目が愕然としたように揺れた。
好きな相手を自分が殺してしまったと思っていたのが突然ひっくり返った喜びや安堵と同時に、「お前など俺にとっては有象無象と変わらないどうでもいい存在だ」とでも言われたように感じて、傷ついたのが手に取るように分かる。
あーあーあーそういう反応するのホントやめたほうがいいぞ魔族の大好物だから……俺が言えた台詞じゃないけど~……。
やはりこんな素直な感性の持ち主を野放しにしていては、いつか悪い魔族につけ込まれるに決まっている。
早く俺が家庭へ保護しなくてはおちおち寝てもいられないじゃないか。
「……どれほど信じがたくても、手紙に込められていた魔力があなたの生存を証明している。あなたが生きているのなら、どのみち私はあなたの敵になるだろう。……同じことを繰り返すことになるだけだ。なのに、なぜよりによって、私に生存を明かしたりしたんだ……」
レティは目を伏せ、思い詰めた様子で俺をそうなじった。
「……」
……あのホントに、ホントに冗談じゃなく一回反省したほうがいいかも。
俺のこと殺したくないって言っちゃってるようなもんだからそれ。
そんなにちょろくちゃ、花蜜にたかる虫のごとく傷つけたがりの魔族が寄ってくるぞ。早急に保護が必要だ。
俺は立て続けにあまりに強烈な充足感を得て、本気でレティが心配になってきた。
それをひた隠しにして、穏やかに、諭すようにかぶりを振る。
「ですから、ただあなたと話がしたかったのです」
「だから、話すことなどないだろう」
「俺を倒すほどの人間のことが忘れがたく、一目会って話したいと恋い焦がれてはいけませんか?」
「……こ、?」
っっっ言ったァーーーー!!!!
好きって言ってやったぞォーーーー!!!!
レティの目を見て微笑みながらここ一番の決め台詞、達成だ!!
俺の頭の中では祝賀会がどんちゃん騒ぎで開催されている。
この気持ちをどう伝えるか、何パターンも考えて悩みに悩み抜いて「恋い焦がれる」という表現を辞書から選び出してきたのだ!
魔王たる者が「好きです! 結婚を前提に交際して下さい!」では情けないからな!
最も詩的でロマンチックで言われて嬉しい表現を探し回った! 自信を持って言える、これが最適解だ……!
「……こ……??」
ふ、レティのやつ、「こ」しか言わなくなったぞ。
普段の「ギル」に対する態度の端々に隠しきれない朴念仁感がにじみ出てはいたからな、キャパオーバーに陥ったのだろう。
ここで動揺して自信をなくし、相手の反応を待たずに場を濁そうとするのは小物のやること。
レティが俺にベタ惚れなのはとっくのとうに承知している! のろけだって山ほど聞いたから、びっくりするほど反応が芳しくなくても心が折れそうで折れないのだ!
ゆえにこそ俺は、大人の余裕で返答を待つことができる!
俺は悠然とレティの気持ちが宇宙から戻ってくるのを待った。
こ、こ、こ、と繰り返しながら思う存分困惑し、我が耳を疑い、理性と感情の間でキャッチボールを重ねたレティは、やがてやっとのことで首を傾げた。
「………………あぁ、剣の腕にか?」
「……」
おい、さしもの俺もがくっと気が抜けそうになったではないか。
俺はどうにか魅惑の微笑みを取り繕い、
「剣技もですが、それはきっかけのひとつに過ぎません。俺はあなたという人がす、……好きだと申し上げたのです」
「そ、……そんなバカな……」
いや告白されてそんなバカななんて返しをするヤツがあるか??
薔薇園に設定して本当によかった。ロマンチック値をあらかじめ盛りに盛っておかないと、当のレティにごりごり減らされて底をつかされてしまうところだ。
「……いや、迷惑に思われて当然でしょうね。俺こそ、あなたに憎まれているはずだ。なにしろ魔王ですから」
ふっと自嘲の吐息を漏らしてみせると、途端に分かりやすくレティが動揺した。
考え無しにもほっそりとしたその手で俺の手を掴み、
「い、いや、そんなことはない」
「そもそも人類の命運を背負って戦った勇士が、殺したはずの仇敵なんぞに想いを寄せられ、こうして会話を強いられていること自体、気分が悪いと言われても仕方のないことです」
「無用な心配だ。私にそこまで繊細な感情の機微は分からない」
「……なんの宣言??」
クソッ、思わず素でツッコんでしまったではないかっ。
想定以上にレティの言動が朴念仁すぎるというか、おかしい。変に堂々と言い切る割に、彼女なりにテンパっているのか。
俺は重ねて念を押す。
「俺にはもう、あなたはもちろんのこと、人類に対しても敵対する意志はありません。あなたへの想いにかけて、誓います」
「……」
レティは自分を落ち着かせようとふう、と大きく息をつき、
「……、分かった。本音を言うと、あなたの言葉は……とても、嬉しい……」
「!」
俺は思わず、目の前のレティのつぼみが開いていくような変化に見とれていた。
白い頬に赤みがさし、長い睫がうっすら影を落としながら震えて、小さな口が言葉に迷って開かれるのが、これほどまでに美しいとは。
「…………すきだ……」
「……わ、私も……」
アッ
グッ
クッッ
……ッッッッぶねぇえええええ!!!!
危ねぇ!!!!
俺は完璧かっこいい貴公子!!!!
俺は完璧かっこいい貴公子!!!!
自己暗示を怠るな!!
ぼろを出したら死ぬと思え!!
見とれた勢いで無意識に「好き……」なんて五歳のガキのようになんの面白みもないのろけをもらすなど、魔王の振る舞いではない!!
興奮しすぎて早鐘を打つ心臓をイメージの中でぶん殴って黙らせる。
私も、と端的でありながら必死さのにじむ言葉を返してくれたレティは、かわいそうなくらいに真っ赤になってうつむいている。
グゥォアァァァアアかわいい~~~~!!!!
両思いになった世界で初めて見るレティが新鮮にかわいい~~~~!!!!
逆に誰かに冷や水ぶっかけてほしいくらいだ!! このままじゃ俺おかしくなる!!
「……でも、あなたを一度殺してしまったことは……やっぱり申し訳ない……」
レティはこの期に及んでも真剣に、恋の喜びと後悔の間で震えている。
戦いだったのだ、後ろめたさを覚える必要はない。ああしなくては人類が滅んでいたと頭では分かっていても、二度と会えない俺との思い出と交えた剣を反芻し続けた経験がこびりついているのだろう。
俺は安心させるように優しく笑った。
「そんなこと、気にしなくていい。実を言うと俺も、あなたに対して後ろめたいところはあります」
「……そうなの?」
まぁ、現在進行形で「ギル」としてレティの気持ちをスパイしまくっているからな。
魔族は別として、もし人間の神にでも裁定を頼んでみたら有罪とされるのはまず俺のほうなんじゃなかろうか。
「ええ。……なんのことか聞かないのですか?」
レティはびくりとたじろぎ、不安げに声を潜める。
「……今の話が全部嘘とかじゃないなら、なんだっていい」
「っ、……もちろんです」
想像を絶する声量で「もちろんです!!!!」と叫びたいところをぐっと堪え、優しく請け合った俺を全魔族は褒めるべきだ。
……え~~~~……うそぉ……俺がレティを好きだって言葉が嘘じゃないなら他のことは許すなんて言っちゃうの……??
レティは「生まれてこの方モテたことがない」とかなんとか前に言ってたけど、これでそれはあり得ないんじゃないの……??
人間どもはな~~んも分かってな……いや分かるな、未来永劫分からんでいい。レティという美しい月の裏側を凡俗どもは永遠に見るな。
「レティ、あなたのことは俺が必ず守ります。二度と互いに剣を向ける未来が訪れぬよう、平和のために力を尽くします。あなたとの過去ではなく、未来について語り合っていきたいのです」
俺は彼女の手をそっと取り、痛くしないよう細心の注意を払って握り返した。
彼女が顔を上げて俺を見上げる。
……今は、今ばかりは、俺の身を飾っているのは演技でもなんでもなく命を振り絞るような努力だけだ。
手を取ったまま片膝をつく。これは祈りの姿勢に他ならない。
俺は暴力ではないなにかの力を司るモノすべてに祈り、なによりレティ自身に懇願する。
信じてくれるように。気持ちが伝わるように。できれば頷いてくれるように、祈る。
「――――俺と結婚してくれませんか?」
「………………、はい……っ」
恥ずかしそうに頷いてくれたレティは、驚くほど綺麗で、かわいくて、幸せが人のかたちをしているかのように見えた。
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