第3話 彼女の好きなひと
ブリタニーを筆頭に、俺の美貌に魅せられた哀れな女児たちのおままごとに付き合わされ続け、分かったことがある。
「ねぇ~あなたぁ~。あなたったら~」
「……連呼しなくとも聞こえている、今度はなんだ?」
「愛してるって言って~~」
「つい一分前に言ってやっただろうが!? ……はっ、また記憶喪失設定か!?」
「違~~う~~。愛してるって言ってほしいだけ~~。好きな人にはね、なんにもなくても愛してるってちゃんと伝えなきゃ、捨てられちゃうんだから~~」
「ませたことを言うな!! お前五歳だろ!!」
「あ、そうだ、ね~~やっぱり髪の毛ちょうだいよギル~~。おまじないするから~~」
「おままごとはどこへいった!?」
そのしなだれかかるような話し方をやめろと言っても聞かないこの問題児ブリタニーが、謎の魔術を会得しているらしいのだ。
こうしてことあるごとに俺の髪の毛をねだってくる。
レティに支給された持ち物を盗むのは、彼女に注意されたのでやめたようだが(俺の悲しげに潤んだ瞳の前では勇者も形無しだったのだろう、レティの対応は迅速そのものだった)、髪の毛に対する執着心がすごい。
これだけの執着を見せるのだから、よっぽど効き目のある魔術に違いない。
その辺の元奴隷の女児がなぜそんな秘法を会得しているのかという疑問はあるが、レティしかり、人間はたまーに突然変異を生むからな。
魔王たるもの警戒は怠らん。相手が女児でも、だ。
ブリタニーの謎の魔術……「おまじない」には、術をかける対象の一部を用いることはもう分かった。
そしてその「おまじない」の中身というのが……。
「んふふ、恋のおまじないしたらねぇ、ギルはもう私のとりこになって、すっかり好きになっちゃうんだよ~~」
「……!!」
これだ。
い、いったいなんなんだ……「恋のおまじない」って……!!
魔族、特に女性体の一部の個体は魅了の魔術を行使できるが、その場合でも髪の毛一本などというこの上なく軽い対価ではなし得ない。
他人の心を思うままに操る洗脳術となると、魔族でさえ魔術的なアプローチではなく、時間を掛けたコミュニケーションのほうが成功率が高いとされているくらいだ。
それが髪の毛を使っただけで、半永久的に「とりこになっちゃう」ってもうどうなっているのだ!?
それ人に使って大丈夫なヤツなのか!?
そんな魔術のターゲットにされてるの普通に嫌すぎるんだが!?
いっそ強引に対処したくても人間の振りは続けないといけないし!!
猛烈に詳細を聞き出したいが、幼児の話はいかんせん要領を得ない。
今だって唐突に話題が変わった。
ついさっきまで入り込んでいたおままごとの役を投げ捨てて、俺の髪の毛を狙っている始末だ。
もし論理立てて俺に分かるように親切に説明してくれるなら、そいつは幼児ではない。
高位の魔族である限り縁のないはずだった幼児だが、俺でもそれくらいのことはすでに思い知らされている。
「……ブリタニー、いい加減にしろ。その……なんだ、おまじない? どう聞いても手法的にまともじゃないだろう。俺は再三、俺をそんな術のターゲットにするなと言ってきたよな? 人の嫌がることはしちゃいけないと、レティに叱られたのをもう忘れたのか?」
「ハ? 奥さんの前でよその女の名前出すわけ?」
「おままごとは脇に置け!」
くっ、こっちが下手に出ていればコイツ……!!
「コラ、ブリタニー! あんまギルを困らせてやるなっつったろ!」
そこへ救いの手が降って湧き、俺は思わず勢いよく振り向いた。
誰あろう、ロビンである。
俺よりかなり遅れたが、出された計算の課題を終わらせてこの中庭へ休憩に出てきたらしい。しかしこのタイムなら上々だろう。相手が悪かった。
夕焼けを背にこちらへ迫り来るロビンに、ブリタニーがびゃっと縮こまって、次いで慌てて立ち上がる。
「うわ、怒りんぼロビン!」
「誰が怒りんぼにさせてんだ? ギルが旦那役のおままごとは他の子も順番待ちしてるんだろ! お前ばっかり好き勝手してちゃ、そのうちみんなに嫌われちまうぞ!」
「そんなことないもん! いいもん、ロビンなんかだいっきらーい!」
「あっ、待て!」
短い足を全力回転させてその場を逃げ去ったブリタニーに、ロビンが大きく溜め息をつく。
「……ったく、あいつはまた……。あんなことしてっから友達と喧嘩になるんだよ」
「まったくだ。人の髪の毛で妙な術を使おうと企んでいるし、とんでもない悪童ではないか……」
「へ? 髪の毛?」
つい俺がこぼした愚痴に、ロビンがぎょっと反応を見せた。
あぁそうだ、こいつに訊いてみよう。ブリタニーの怪しげな秘法についてなにか知っていないとも限らん。
「あの悪童め、この前からずっと俺の髪の毛や持ち物を狙っているのだ。恋のおまじないだとか言って……一体なんなんだ、おまじないって。なにか情報はないのか、ロビン……」
「え……? ええ~……」
なんだよそれ、とロビンは気の抜けたような声をもらす。それはこっちのセリフだ。
「情報って……おまじないだぞ?」
「だからなんなんだ?」
「……マジで訊いてる?」
「ふざけているのか?」
俺が魔王だとか以前に、人が真剣に訊ねていることを無駄にかわして愚弄しようなど、恥ずかしいとは思わんのか?
許せん、いっぺん凹ませてくれる。
俺が今にも人間の枠を飛び出ようとしたとき、ロビンがにやっと笑って言った。
「いやでもぉ、恋っつったらブリタニーよりお前こそ切実じゃね?」
「はぁ?」
「だってお前、好きなんだろ? レティ様のこと~」
「………………は??」
一瞬、言葉の意味が咀嚼できなかった。
好き??
誰が誰を??
「罪なことしてる自覚くらい持てって、色男。ブリタニーたちがあんだけお前にぞっこんなのに、お前はレティ様が好きなんだもんなー。ああ見えてレティ様も一筋縄じゃいかねぇ人だし、まぁ道の険しさでいえばトントンか?」
ロビンは木の枝で地面に矢印を駆使して勝手な相関図を描き始める。
い、いやいやいや、ふざけるなよ!?
なにがどうしてこの俺がっ……!!
「~~~~お、おおお俺がなんでっ、レティを、はっ、……はァ!!??」
「うるさっ」
うるさくないわ!!
「適当なことを抜かすなっ!! 俺がレティを、すっ……好きなんてこと、あるはずがないだろうが!!」
か、顔が熱いのはあらぬ疑いを掛けられて熱く抗弁しなくてはならなくなったせいであって、他意とかはない!
お前は知るよしもないことだがなぁ、俺の正体はレティと敵対して討たれた魔王なんだぞ!?
それどころか今まさに転生して人界に紛れ込み、レティの命を虎視眈々と狙っているところなんだ!!
それを言うに事欠いてお前っ……なにも知らないからって勝手な邪推をぉおお……!!
腹立たしいことに、この俺の怒気を受けても、ロビンは相変わらず面白そうに言い返してくる。
「へぇ、じゃ嫌い?」
「えっ」
「好きじゃねぇんだろ? なら嫌いなのか?」
「…………きっ、嫌いじゃない、が……」
お、落ち着け冷静になれ。
言葉に詰まってる場合じゃない。ゼロか百かを選ばせる誘導尋問に乗せられるな、俺は魔王、俺は魔王。
「そりゃ俺たちにとってもレティ様は大切な恩人だけど、お前は明らかに違う目で見てるじゃん。毎日毎日全力ぶりっこしながら顔を合わせるたびにあーんな幸せそうな顔しといて、とぼけんなよな。バレバレなのに見て見ぬ振りするこっちがもう限界だって」
せっかく精神統一しようとしてるところに追い打ちをかけるなロビン!!
あとこの魔王の至上の演技をぶりっこ呼ばわりするのやめろ!!
……ふ、ふん、馬鹿な。
バレバレもなにもそんな感情は事実無根だぞ。
お前は火のないところに煙の幻影を見ている。いい加減にしろ節穴少年が。
いやもちろん、暗殺対象とはいえ、俺とてレティの人柄と剣技は正しく評価しているさ。
俺を倒した人間として、そこに至るまでの努力と研鑽を想像せずにはいられないし、敬意も持っている。
それは素直に認めよう。
だから俺は一度としてレティに悪感情は抱いていない。嫌いだなんてとんでもない。俺が彼女という個体を嫌うことは断じてないと胸を張って言える。
だ、だが! だからといってなぁ……!!
「想像してみ?」
思考の渦に巻かれてほぼ酸欠状態の俺の耳に、ロビンの声がこだまする。
「もし本当に効果があるなら、レティ様に試したいだろ? 恋のお、ま、じ、な、い♪」
「んなァーーーーにを言っ……!!!!」
「ロビン、ギル」
「!!!!」
この、魔族からすれば生まれたても同然のちっぽけなガキの暴虐のあまり、寛大な俺の堪忍袋の緒もついに切れるというときだった。
聞き間違えるはずもない、レティの声がぽんと降ってきて本気で心臓が止まりかけた。
おいこっちはこの前転生したばかりだぞ、おニューの心臓をなんだと心得る。
ま、まさかとは思うがさっきの会話を聞かれてたり……しないよな? な??
聞かれてたら可及的速やかにこの世のすべてを破壊し自分も死ぬ用意もあるが?
「レティ様。みんな課題終わったんですか?」
「うん、だから先に終わったふたりを捜しに来たの」
なんら後ろ暗いところのないロビンはしれっと会話しているが、俺はもうなんかとっさに顔を上げられない。
冷や汗が噴き出してきて、ばくばくと動ける範囲の限界まで前後左右に跳ね回る心臓を押さえる。
この絶望感、冤罪で処刑台に送られる囚人も同然だ。
するとレティはなにかを思い出したようにあぁ、と細い顎に手をやり、
「そういえば、ギルが来たから先週は素振りの日がなかったよね」
「うげっ……!」
素振りの日?
その単語が出たとたん、今まで好き放題していたロビンが塩を掛けられた青菜のように萎れていく。
なんだ?
「ギルにはまだ説明してなかったね」
「あっは、はいっ!? なんの話でしょう!?」
自然な流れでレティの流し目がこっちを見たので、俺は一瞬でぎくりと背水の陣気分になった。噴き出すなロビン、次やったらもう処すぞ。
幸いレティは俺の反応については追及せず、
「この孤児院のみんなには、私の方針で少々剣を学んでもらってるんだ」
「は、はぁ……体育の一環、みたいなものですか……?」
……なんだろう、いつもは凪いでいるレティの目が、妙に楽しげにきらきらしているような……?
思わず彼女の観察に集中しかける俺をよそに、ロビンが嫌そうに後ずさる。
「ギル、最悪なんだよ、この人剣に関してはガチすぎて……! 素振りの日とはいうけど、素振りで散々しごかれたあげくにこの人と試合までさせられるんだぜ!? 奴隷は戦い向きじゃないって言ってんのに!」
「才能に身分は関係ないよ、やってみなくちゃ向き不向きは分からない。そもそもみんなはもう奴隷じゃないでしょう」
「な、なるほど……?」
「なるほどじゃねーよ!」
このこれまでに例を見ない前のめりな言動、確かにレティは剣の才能のある者の発掘に余念がないようだ。
思えば、俺はレティの油断を誘うべくこうして人界に潜伏しているわけだが、彼女が好きなものさえ知らなかった。
まぁ転生してから過ごした時間を除けば、魔王の俺と勇者のレティは会話を交わしたことすらないに等しいしな……。
考え込んでいると、ロビンが必死で俺の背に隠れ、前へと押し出してくる。コイツはつくづく不敬者だな。
「で、でもさレティ様、今日のところはまずコイツに素振りの日のなんたるかを教えてやるべきじゃない!? 剣術の右も左も分かんないんだから! ねっ!?」
「でもロビンは……」
「俺のことはいいから、コイツが次回以降の素振りの日にスムーズに参加できるようにしてやってってば! ぶっつけ本番なんてことになったら困るのはギルなんだぜ!?」
「……うーん……」
なかなか引き下がらないレティ。これもまた珍しい。
頑是無い子どものように唸っているその姿が、本来なら幼稚な真似をと嘲笑うべきなのに……なぜだか、無性にかわいく、なくも、ない…………、じゃなくて!
「あのっレティ様、僕やってみたいです、剣! 試合も!」
そうとも、考えてみればかの勇者じきじきに剣術を指南してもらえる魔王垂涎もののチャンスなのだ!
それが儚き美少年相手に手加減されたものであっても、あの絶技のひとかけらだけでも見たい、聞きたい、味わいたい!
ふだんは控えめな美少年が、勇者ファンとしての積極性をこれでもかと発揮しておねだりしてきては、レティに抗う術などあるまい。
彼女は俺の熱意に心動かされ、「それじゃあこっちへ」と俺だけを伴って孤児院に併設されている小さな訓練場へ向かった。
練習用の木製の剣を一振り渡され、「こうやって、思い切り振ってごらん」と手本を見せられるままに数回素振りを繰り返す。
ちっ、当たり前だがこの身体ではちっとも迫力が出ない。
こんなもの、とてもじゃないが魔王がレティの前で見せていい剣ではない。
一瞬魔王パワーでバルクアップしたい衝動に駆られたが、いかんいかん。そんなことをしたら正体がバレてしまう。
心底口惜しいが、人間の「ギル」はレティにとって触れなば折れんばかりの可憐な少年という評価で固まってしまうのだろうな……。
俺はそう思っていたのだが、
「……ふーむ……」
レティは食い入るように俺の素振りを観察し、おもむろに、
「ギル、ちょっと打ってきてみて」
「えっ? 打つって……」
「試しに斬りかかってきてってこと。ホラ、チャンバラ遊びなんだから、気軽に振って」
「き、気軽にって、無理ですよぉ」
「ものは試しだから、ホラ」
ねっ、とおねだりされて、俺は迷いながらも剣を振った。
レティはやすやすと俺の攻撃を受け流す。
はぁ……ガキらしい貧弱な剣だと思われているんだろうなー……。
それを数度繰り返すうちにも俺はどんどん気分が沈んでいくのだが、おかしなことにレティのほうはぱちぱちとけぶるような睫を上下させて、また妙なことを言い出す。
「……うん……ごめん、ギルが受けられるように気をつけるから、ちょっとだけ、いい?」
「え?」
「そうやって構えててね」
えっと思った瞬間、今度はレティが軽く打ち込んできた。なんだなんだ唐突に!?
俺は「わぁっ!?」とギリギリ猫かぶりを忘れずに可愛らしく驚きの声を上げ、
「レ、レティ様!? 突然なんですか!? 怖いですっ!」
「ふふ、だよね、ごめん」
いやそれはごめんと思っている顔じゃないだろ!?
夕陽に照らされたせいではなく、レティは白い頬をほんのり紅潮させ、軽やかに剣を操る。
俺がぎこちない振りでそれを受け止める高い音が、カンカンと空に吸い込まれていく。
「すごい、上手だよ、ギル」
レティがあまりに嬉しそうに俺を褒めるので、腹の底がむずがゆい。
彼女は本当に剣が好きなのだ。
好きすぎて、完全に清楚でクールで慈悲深い普段のキャラが吹っ飛んでいる。
そ、そっちは楽しいかもしれんがなぁ、完璧な可憐さを崩さぬようにぎこちなく、それでいて光るところがある剣を演技で再現しているこっちは大変なんだぞ!
なんかいつになく距離も、近いしっ……!
「っ……、レティ様、僕もう……!」
「え? あっ」
文字通りの紅顔の美少年を前にして、ようやくレティははっと我に返ったようだ。
剣を引き、顔を真っ赤にして肩で息をしている(振りだが)俺の姿を見て慌て始める。
「ご、ごめん。初めてなのにやりすぎちゃった……」
「い、いえ……」
俺ははぁはぁと荒い呼吸をしながら手の甲で汗を拭い、
「レティ様って、剣のことになると子どもみたいになるんですね……」
「……う、うん……それもあるけど」
レティは恥ずかしそうに目を伏せ、言いよどんだ。
単刀直入というか、端的な言い方が多い彼女が、なにに躊躇しているんだろう?
じっと見つめる俺の反応をうかがうように、彼女は言った。
「……なんとなく、ね。ギルの剣を見てると、なぜか別の人を思い出して、その感覚を追いかけようとしちゃった……」
「……別の人、ですか?」
む、それはなにか……もやもやする。
本来の俺の剣術とはかけ離れたつたない剣に低評価を食らうのもシャクだが、それ以上に他の誰かを思い浮かべられていたことにむかっ腹が立つ。
「本当になんでだか分からないんだけどね。似ても似つかない剣なのに、なんで思い出したんだろう」
「それ、誰ですか?」
不思議そうに首をひねっているレティに、俺は鋭く訊いた。
ずいと身を乗り出す俺に、レティが目を瞬く。
「どこのどいつですか?」
「あ……えっと、気になる?」
「はい、とても」
この魔王と混同するなど、いったいどこのどいつだと気にならないほうがおかしい。
それも、レティの記憶にそれほど刻み込まれているヤツだ。
この可憐なかんばせをフル活用してじっと見上げると、レティは困ったように柳眉を下げる。
「ごめん、名前を聞いたらギルは……嫌かもしれないから伏せるんだけど、前に少し剣を交えたことのある人で……」
「構いません! 誰の名前が出てきても受け止めますから、はっきり言って下さい! このままじゃ気になって夜も眠れません!」
「う、うーん……」
いったいどこのどいつだ? 事と次第によっては……アレしてアレしてくれる。
俺が決して退かない構えだと知ると、レティは迷った。
迷いに迷った末に、
「……魔王」
「え?」
「だから、魔王。私が倒した……」
言いにくそうにぽつりと呟かれた答えに、俺の頭はほんの一瞬更地になった。
い、いやいや!!
思考を回せ俺、今レティはなんて言った!?
「ま、ままま、ま、魔王って、あの魔王??」
「そう……ごめん、良い気持ちしないよね」
「そんなことないです!!!!」
だってそれ俺だし!!
とうっかり口に出してはいけない。
逸る気持ちを押さえつけ、その心を探るべく質問を考える。やばめの可能性として、魔王の顔と俺の顔が似ていると思った、なんて返事が返ってこないとも限らない。その場合は一気に身バレの危機だ。
「えーと、僕の剣筋が、魔王の剣筋になんとなく似てるってことでしょうか?」
いやこの下手な剣はあくまで演技だがな?
本当の俺は超絶技巧者だし本来共通点があるわけがないのだがな? 念のためな?
「ギルは、魔王の話されるの、嫌じゃない?」
「全然だいじょうぶです!! むしろ聞きたいです、レティ様の忌憚ない意見!! どんな話でも聞けたら嬉しいのがファン心理です!!」
俺は拳を握って力説した。
「絶対誰にも言いませんし、レティ様が思っていることをそのまま言ってほしいんです!!」
「ギル……」
ここまで言ってようやく、レティは固く引き結ぼうとしていた口をゆるませた。
視線をさまよわせ、言葉を吟味しながら、慎重に話し始める。
「……その、彼とギルが技巧的に似てるなんてことはあり得ないはずなんだけどね。剣にはその人の根っこの部分が出るから。そういうのは、遊びでも剣を交えれば分かる」
「……俺と魔王は、本質的なところが似てるってことですか?」
顔とかじゃなく……?
なら身バレ問題はセーフか?
目を眇めると、レティははっとなって慌てて首を横に振る。
「ま、魔王と性格が似てるみたいに言われたらぎょっとするかもしれないけど、あの……あくまで私が感じた印象だと、魔王といっても悪い人って感じはしなかったから、悪口のつもりじゃなくて……できたらこう、フラットに受け止めてもらえたら嬉しい」
「……わ、悪い人じゃないって、思ったんですか? 魔王のこと……」
え、な、なんだ? 急に緊張してきたぞ?
よく分からんが手が震えてきた。
し、鎮まれ謎の震え、謎の身構え!
レティは俺が不快そうにはしていないことを確認して、こくりと頷く。
「もちろんあのときは手加減無しで戦ったけど、……すごく強くて格好いい王だと思ったよ。彼の剣はすごかった。私の知る限り、彼ほどの剣の使い手は他にいない。魔族の身体能力の高さにものを言わせてる感じでもなくて、純粋に彼自身の努力と技量によるものだった。あれは本当に、痺れた」
「……」
な……なんか……聞けば聞くほどふわーっと意識が天に昇っていくような……。
「ギル? どうしたの? やっぱり勇者が魔王を褒めるなんて、聞きたくなかっ」
「い~~~~やいやいやいやいや!!!! 全然ですッ!! 大丈夫ですッッ!! むしろどんどん下さいッッッ!!!!」
ヤバイヤバイ引き戻せ、魂!!
こんな得がたい話を聞かずして死ねるものか!!
俺はもう、なりふり構わず魔王の話を懇願した。
なんでもいいから感想を述べて欲しいと袖を引き、床を転げ回って駄々をこねることさえ考えた。
するとレティは、困惑しつつも頼みに応じてくれた。
「……まぁ、実際どんどんってまではネタがないんだけどね」
彼女は遠くを見るように、
「私は彼の好きな食べ物さえ知らないし。もし平和な世界で出会ってたとしても、剣の道一辺倒で生きてきた私じゃ、うまく話もできやしなかっただろうけど。それが今さら……、惜しい、のかな。悲しいのかもしれない。当たり前だけど、殺してしまったらもう二度と会えないんだ。それがやるべきことをやった結果だとしても、はいおしまい、って忘れられるわけじゃない」
「……っ」
「といっても、向こうからすれば私のことなんか忌々しい敵でしかないだろうけどね」
「っそ、そんなこと……!!」
ない、あり得ない!!
「……っお、俺だって、俺のほうだって、」
兜で顔さえ見えなかったし、女だなんて知りもしなかったが、俺だってお前と剣を交えたあのわずかな時間だけで、……俺だって……。
レティがびっくりして目を丸くしている。
いつも控えめな子どもが血相変えて手を握ってきたらそうもなるだろう。
……胸が張り裂けそうに苦しい。
私のことなんか、なんて言葉、間違っても言わせたくないのに。
レティにそんな風に思って欲しくない。
お前は美しく、強い。一度会えば、剣を交えてしまえば、二度とは忘れられない人だ。魔王が至上の敬意を払うに値する、素晴らしい個体だと自分で分かっていないのか。
「…………っ」
格好いいとか悪人には思えないとか、レティがそんなことを俺に対して感じてくれていたなんて想像もしていなかった。
俺の思いも知って欲しい。
伝えたい、のに、……伝えられない。
俺は人間の子どもの振りを続けなければならず、レティに正体がバレるわけにはいかない。
そもそも俺は、人界の戦力的要であるレティを暗殺するためにここへやってきたのだ。
……そんな卑怯な真似をしていたことが露見したら、レティはもう、こんな風には……。
「……魔王だって、きっと……もう一度、何回でも、レティ様に会いたいと思ってますよ」
「……そうかなぁ」
そうだと嬉しいな、とレティは微笑み、俺の言葉を子どもの懸命な慰めだと思って受け流した。
……ああ、クソ、本当のことなのに、人間の美少年の皮を被ってちゃ信じさせられない。
俺は肩を落とし、レティの手から手を離した。
真相を知らないレティはおずおずと言う。
「あ、あの、……ギル。もし良かったら、なんだけど」
俺はのろのろと顔を上げた。いっそ敬虔な気持ちで。
「はい」
「もし本当に、ギルが嫌じゃないのなら、ときどきでいいから、気が向いたときだけで充分だから、これからも彼の話、聞いてくれないかな」
ひとりで抱えているのが難しくて、とレティがつっかえつっかえ、そんなことを頼んできた。
かと思うと、限界が来たかのようにぱっと顔を背け、耳まで真っ赤に染め上げて、細い首筋に汗を滲ませる。
ますますか細くなった小声で、
「………………私ね、たぶんあの人のこと、好きになっちゃったんだ……」
……
……
……お
お
俺も
俺も好き~~~~!!!!!!
……えっ好き!!??
ま、待て落ち着け、これってなにかの罠なのでは??
あまりに俺に都合が良すぎるのでは??
人畜無害な人間の美少年ならともかく、敵として出会った魔族の王だぞ??
人間がこ、こ、こ、恋……する、なんてことがあるか??
もしやすでに俺の正体がバレていてカマを掛けようとしているとか、……いやレティに限ってそれはない。だったら本心……?
ていうか俺……俺ってレティのこと好きだった、の……??
んでレティが魔王の俺に一目惚れしてたというのが本当なら、転生した美少年「ギルくん」にレティが惹かれているっていうのは全く的外れな思い込み、もっと言うなら俺の単なる願望だったってことになるのだが……??
だがしかし、胸に手を当てて真剣に考えてみても、心臓は分かりやすく「好きだ~~~~レティ~~~~!!!!」と叫び続けている。
頭上には堕天使たちが祝福の食虫花を降らしながらくるくる回るイメージがつきまとい、瞬く間に体温の上限が突破されていく。
「……ぼっ、僕で良ければいつでも、喜んでお聞きします……っ」
「……ありがとう。ギルがいてくれてよかった」
――――あぁ、好きだ。
だって、レティがほっとしたように微笑んだだけで時間が止まったように感じる。
この笑顔も本当なら俺に向けられてるものなんだよな~~。なんで直接受け取れないんだろうな~~。
魔族はエログロが大好き、だが社会生活を営む生物である以上、魔族も立場のある個体は普通に配偶者を(少なくとも命や尊厳に関わる部分では)大切にするし、家庭だって円満に越したことはないと考えている。
と、ごく当たり前のように結婚するところまでシームレスに想像してしまっているが、むしろこの展開でちっとも想像しないほうが不誠実で器の小さい男なのでは? よって俺は正しい。
しかし、このままでは「ギル」としてレティの俺への想いを聞かされ続けるだけで具体的に進展は望めないという、ご褒美のようで拷問のような毎日が始まってしまう……!!
ず、ずっとこのままなんて絶対嫌だ。
魔王は……俺は……、ちゃんと愛したいし愛されたい派なのだ……!!
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