1-3
2人が去った後、俺はウェストウッド様と呼ばれた男性に頭を少し下げて話しかけた。
「私はブラックモア侯爵家で侍従をしているエドモンド・アランと申します。失礼ですが、あなた様は?」
ウェストウッドと言えば、ウェストウッド伯爵家が思いつく。あそこは二人の子息がいるから、紋章を付けていない彼は次男の方だろう。本当なら使用人の自分から話かけるのは身分違いも甚だしくてNGだけど。話しかけないと待ってる間の間がもたなさそうだし。
「あぁ。自己紹介をせずに申し訳ございません。私はフィリップ・ウェストウッドと申します。」
「ウェストウッド殿は、本日はなぜこちらに?」
兵士の彼ことトマス殿が訪ねた。
「王妃様に新しい宝飾品の作成を仰せつかりまして、本日はその打ち合わせに。ここの隣の王妃様の私室で商談させていただいていたところ、悲鳴が聞こえて…」
ウェストウッド家の次男は商会を立ち上げたって話だけど、王宮に出入りするくらいの商会ってことか。聞いたことないけどな。
「王妃様も悲鳴を聞いたってことですか。その、王妃様は今どちらに?」
俺が訪ねると
「王妃様には侍女をつけて、お部屋でそのままお待ちいただいております。少し混乱しているようで…」
メイド長っぽい女性が答えてくれた。
彼女はすごく不安そうに見える。
「失礼でなければお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
女性に頭を低くして尋ねると、彼女はあっと小さく言ってから
「失礼致しました。メイド頭をしております、カロライン・スタッフォードと申します。」
と答えた後、続けて俺に質問してきた。
「あの…なぜブラックモア侯爵家でお仕えのあなたがなぜこちらに?」
うん。ものすごいもっともな質問。
「私がお仕えしているシェヘラザードお嬢様が第一王子殿下のお茶会に参加させていただいているのですが、広い城内の庭で迷ってしまいまして…こちらのトマス殿にとがめられている際に、悲鳴が聞こえたのです。お嬢様が悲鳴の原因を気にされておりましたので、トマス殿のご許可をいただき様子を伺いに参った次第です。」
「許可は出していませんけどね。」
俺の言葉に、トマス殿はすんごく嫌そうな顔をしてそう返した。
ウェストウッド殿は俺の言葉に何か納得したように、
「あぁ、ブラックモア侯爵令嬢のお噂は私も聞いたことがあります。たしか、大きな事件を解決されたとか。」
と言った。
そうなのだ。お嬢様はベテラン刑事も真っ青の推理力を持っている『名探偵』なのだ。声を大にして言いたい。
うちのお嬢様はただの変な子じゃなくて、名探偵なんですよーーー。
でも、この話が広まるのをお嬢様は嫌がっているので、話をそらさないと。
「スタッフォード様は悲鳴を聞いていないんですか?」
俺が訪ねると、
「私は自分の執務室で作業をしておりましたが、特に何も…。執事のクレイトンさんに呼ばれて、こちらに。」
と答えた。
これで話題がお嬢様からそらせたはず。
ということは、現状悲鳴を聞いたのは外にいた俺とお嬢様、トマス殿と、隣の部屋にいたウェストウッド殿と王妃殿下、そして王妃の侍女だけってことか。入口の兵士も聞いてないっぽかったもんな…
そんなこんなで会話をしていると、クレイトンさんと団長が戻ってきた。団長の後には斧を持った兵士達がいる。
「国王陛下から部屋を開ける許可が出た。」団長がそういうと、その場に緊張が走った感じがした。
え?扉、壊すの?
団長の「はじめ」の合図で、斧を持った兵士たちが扉めがけて斧を振った。
あ、壊すんだ。
兵士は扉の中央に視線を固定し、斧を高く掲げた。次の瞬間、勢いよく斧が振り下ろされ、鈍い音とともに木製の扉に深い裂け目が走った。
「ガンッ!」という重い音が響き渡り、扉が震える。ガシャンッ、ガシャンッと何度も斧が打ち込まれるたびに、扉には徐々に大きな穴が開いていく。
やがて、兵士は斧を脇に置き、穴の中に腕を伸ばして、内側を探るようにもぞもぞとしていた。ガチャリという音が響いた。
「開きました」と、兵士は静かに報告した。
団長が皆に下がるように指示を出し、一同は一歩後ろに退く。扉の前に立った団長は、慎重にその傷ついた扉を押し開けた。
扉が開くとそこには―――――
何もない空っぽの空間が広がっていた。
豪華な装飾も、家具も一切ない。
あるのは、壁にかけられた一枚の肖像画と、中央に倒れている一人の女性だけだった。
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