1-2

「なんでついて来てるんですか?」


俺が追いかけていることに気づいた兵士が、困惑した表情で俺に尋ねる。


「ご令嬢について、会場に戻ってください。」

「いや、一刻も早く状況を確認した方がいいですよ。うちのお嬢様は大丈夫なんで。」


たぶん、一人でさっきの庭園を散策してるだろうし。


「言われなくてもそうします!」

「じゃあ行きましょう!」

「だから、あなたは戻ってください!」


そんなやり取りをしながら、悲鳴が聞こえた棟の入り口に到着した。入口には二人の兵士が立っている。


「悲鳴が聞こえなかったか?」


俺が追いかけている兵士が尋ねると、入口の兵士たちは互いに顔を見合わせ、「いや…」と答えた。どうやらこの場所からは悲鳴が聞こえなかったようだ。


「とにかく、確認しに行くべきですよ!」俺がさらにしつこく言うと、兵士の彼はしばらく俺を睨みつけた後、ため息をついた。


「わかっりました。いいです。勝手にうろうろされるよりは、こちらで監視した方がましなので。ついて来てください。ただし、勝手な行動は許しませんので。」


「了解です!」と言って兵士らしく敬礼すると彼は明らかに嫌そうな顔をしながら、棟の中に向かって歩き出した。


彼に続いて棟の内部に入ると、正面にそびえ立つ壮麗な中央階段が見に飛び込んできた。大理石でできたその階段は、白とグレーの美しい縞模様があり、豪奢さと優美さを兼ね備えている。階段の手すりは、金箔が散りばめられた繊細な彫刻が施され、まるで芸術品のようだ。

階段の左右には、高い天井から吊り下げられたシャンデリアが二つあり、その光が中央階段を柔らかく照らしている。天井には精巧なフレスコ画が描かれ、神話の一場面が広がっていた。


お嬢様がすんごく好きそうな感じだ。


見惚れていると

「こっちです。」と声をかけられた。


階段を上る彼を追いかけて上に進むと、階段を挟むようにして、左右に長い廊下が伸びていた。悲鳴が聞こえたのは棟の東側だ。

廊下の壁には、歴代の王族たちの肖像画が飾られ、それぞれが厳粛な表情でこちらを見下ろしている。赤い絨毯が敷かれた床は、歩くたびにわずかな音を立て、静寂な空間に響く。

燭台が並ぶ廊下は薄暗く、蝋燭の揺れる炎が不気味な影を作り出している。奥に進むほどに、外の光は遮られ、まるで時間が止まったかのような静けさが支配していた。


長い廊下を進んでいくと、廊下の突き当りあたりに数人が集まっているのが見えた。


兵士の彼が集まっている人に声をかけた。


「何があったんです?」


「こちらから悲鳴が聞こえたんです。」


深いネイビーのコートに金色のボタンが施された上品な上着を着た男性が部屋の扉を指さして答えた。貴族の紋章を付けていないので当主や嫡男ではないみたいだな。年齢は自分よりちょっと上くらい、20歳前後に見える。赤毛の髪に緑色の瞳が印象的で、割とイケメンだ。たれ目気味の目が優しそうな印象だけど、同時にちょっと遊び人のような雰囲気も感じる。


他の集まっていた人たちもちらっと確認する。一人は40代後半くらいの男性だ。銀のモノクルをかけ、焦げ茶色の燕尾服を着ている。たぶん執事かな。もう一人の女性は、深緑色の制服着ていて、制服には白いレースが施されている。メイド頭だろうな。


「この部屋ですか?」兵士の彼が訪ねた。


「そうです。」という男性の答えに、

「この部屋は現在、誰も使用しておりません。常時施錠されておりまして、鍵は国王陛下が管理されております。ここから悲鳴が聞こえたというのは…」

と執事らしい人が続けた。彼はすごく困惑した顔をしている。


「クレイトンさんは、悲鳴が聞こえなかったんですか?」

兵士の彼が怪訝そうに執事らしい人に訪ねる。


「私は聞いておりません。そちらのウェストウッド様より連絡があり、確認しにまいりました。」


「あの、部屋の中を確認した方が良いんじゃないですか?自分たちも外から悲鳴が聞こえましたよ。ね?」

兵士の彼の後ろに隠れながらからそう言うと、クレイトンさんと呼ばれた執事だろう男性と女性は俺の発言に驚いたみたいだ。

女性も悲鳴を聞いてないのかな。ウェストウッド様と呼ばれた男性は「ほら」とでも言いたげな顔だ。


「確かに。われわれも聞きました。中を確認することはできませんか?」

「先ほども申した通り、こちらの鍵は国王陛下がお持ちです。仮に鍵をお預かりしても、この部屋の扉を開けることはできないのです。」

兵士の彼の質問にクレイトンさんが答えた。


どういうことだ?


質問してみると、

「この部屋には鍵が二種類ついておりまして、そのうちの一つの鍵が長いこと行方知らずなのです。」

と、女性が答えてくれた。


つまり開かずの間ってことか。


目の前の扉を確認すると、扉の中央には王家の紋章が精巧に彫刻されていて、紋章の下には大小2つの金属プレートがある。このプレートそれぞれが鍵穴を囲むように配置されているようだ。上の大きなプレートには、蔦と花が絡み合うような複雑なデザインが装飾されていて、下の小さなプレートには、剣と盾のようなシンボルが彫り込まれている。扉自体は黒檀の木製みたいだけど、施された金属の装飾達が冷たい光を放ち、扉全体が重苦しい雰囲気をしている。


すると、一人の男性がやってきた。赤を基調とした兵士の制服に多くの勲章をつけていて、肩から黒いマントを垂らしている。マントの着用は兵士団の団長の証だ。棟の入り口にいた兵士が団長に状況を報告したのかな。


「状況は?」


簡潔に団長が質問すると、兵士の彼は敬礼してこれまでの状況を説明した。


「部屋の内部の確認には扉を壊す必要があるか…」

団長がそう言うと、

「それは…。国王陛下の許可をいただけなければなりません。」

クレイトンさんが慌てたように答えた。


「では、国王陛下に報告を。今後の安全を考えると、中の確認をしないわけにはいきませんので。私も同行させていただきます。」


団長にそう言われたクレイトンさんは渋々と言った感じで俺たちに一礼し、廊下を歩いて行った。

まぁ、お忙しい国王に許可を取りに行くのって、普通にやだよね。俺でも足が重くなるわ。


「ここを頼むぞ。トマス。」そう言って団長はクレイトンさんの後に続いた。

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