1.はじまり

「お嬢様、大丈夫なんですか?こんなところぶらぶらして…」


ここはアルビオン王国の王都ローゼンスティーンにある王宮クリスタル=パレス。王宮の奥まった場所にある小さな庭園には整然と手入れされた美しい花壇あり、そこには色とりどりのバラが咲き誇っている。俺は自分の前を歩く小さな頭を見つめながら、ため息をついて後をついて歩く。


本来なら王宮の大庭園で開かれている第一王子殿下主催のお茶会に参加しているはずの我が主は、お茶会が始まると早々に会場を離れて王宮の中を勝手にぶらぶらし始め、現在ここに至る。


怒られるの従者の俺なんだから勘弁して欲しい。


そんな俺の心の声など知らない彼女は庭園に点在する古い彫像の一つの前で足を止めた。


「素晴らしい装飾だな。見ろ。まるでサモトラケのニケの完全体だ。私としては頭が欠けているからこその美しさと、その歴史的背景を感じさせるあちらの方が好みではあるが。」

サモトラ家のニケって誰だよ。


「お嬢様、意味わかんないこと言ってないでお茶会に戻らなくていいんですか?旦那様からしっかりアピールするように言われてたじゃないですか。」

「国王とはこの世で最も過酷な職業の一つだ。暗殺の心配から始まって、戦争や革命になれば命を一番に狙われる。権力闘争に敗れれば罪もないのに処刑される。得られるものと比べると割に合わないと思うが、なぜ国の頂点というだけでその地位を欲しいと思うのか。国王の伴侶たる王妃だって同じだ。ストレスも多く、プライバシーは守られない。どう考えてもなりたい職業のワースト1位だろう。」


また始まった。お嬢様の小難しい話。7歳のご令嬢が考えることじゃないよねぇ。


「つまり、お嬢様は王子殿下の婚約者に選ばれたくないってことですか?」

「そう言っている。」お嬢様はさらりと言い放つ。


いや、言ってない。


こちら由緒正しきブラックモア侯爵家のご令嬢、シェヘラザード・ブラックモア侯爵令嬢は自分がお仕えするようになった5歳のころにはもうこんな感じの変な子だった。貴族令嬢っぽいと言われればそうかもしれないが、同年代の他のご令嬢と比べても子供らしくない話し方だし、そのせいでもちろん友達なんかいない。


今日のお茶会は第一王子ウィリアム殿下の婚約者候補が集めれていて、王子殿下との顔合わせを兼ねている。普通の貴族令嬢なら殿下の婚約者の座を狙ってギラギラしているものなのに…


「10歳にも満たない少女が結婚のためにぎらついているのもどうかと思うがな。」


まるで俺の心の声を読んだようにお嬢様がつぶやく。え?声に出してないよね?


「エドモンド。特に問題もないだろう。いざとなったら…」

「そこで何をしている!」


後ろから鋭い声が聞こえた。


まずい。やっぱ入っちダメな場所だったんじゃないか。


振り返ると、そこには厳しい表情をした兵士が立っていた。彼は自分たちに向かって近づいて、睨みつけるように見下ろしてきた。


「ごぉめんなさぁぁい。ちょっと道に迷っちゃったみたいで…」


でた。お嬢様の子どもぶりっ子。お嬢様はこれを「体は子どもの名探偵から学んだ処世術」と言っている。

小首を掲げて眉を寄せ困った顔をしているお嬢様はまるで無垢な子どもだ。


兵士ははぁーっと一つ息を吐いて、

「仕方ないですね。ここは王族の方のプライベートな場所ですから、本来は立ち入り禁止なんですよ。本日のお茶会の参加者でいらっしゃいますよね?会場まで案内いたします。」と言った。

完全に騙されてる。優しい口調になってるし。


「はぁぁぁい。」

何、その返事のイントネーション。やたら「は」を伸ばしてお嬢様が返事をすると、兵士は優しそうにお嬢様に微笑んで、きっと俺の方を向いた。


「あなたは従者か何かで?もっとしっかりご令嬢を見ていただかないと。ご令嬢とは言ってもまだ幼い年齢なんだし。」


うるせーー。

このお嬢様は人のいうことは聞かないし、幼いご令嬢なんかじゃないんだよ。それ演技なんだよ。

とは言えないのでしっかり謝る。


「誠に申し訳ございません。」

とりあえず謝るのは大事な処世術の一つだ。


その時だった。


「きゃーーーーーーーー」


鋭い悲鳴が響き渡った。

女性の声だ。


「今の声は…?」

兵士が動揺した様子で周囲を見回すと、「上だな。」と庭園に隣接する棟の上を顎で指しながらお嬢様が答えた。

棟の方を一瞬見た兵士は「あなたたちはすぐに会場に戻ってください!」と言って走って行く。


のを、俺は追いかけた。

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