第13話 腐れ縁

あれから何度目かの夏月と2人きりの午後

このペースなら今日中に完成すると考え

息を整えて筆を進める

その集中を遮るチャイムの音

2人はまだ来ないはず

そう多く居ない来客に嫌な予感がする


「よお、」

玄関で片手をあげ馴れ馴れしく挨拶をするのは

見知った顔、いや、もう既に見飽きた顔

「だれ…?」

夏月が怪訝な顔で聞く

来客は夏月の顔を見て顔をしかめる

「奈子…お前…」

「違うから、保護者の許可を得て

預かってるだけだから」

邪推するそれの思考を遮る

彼は志水晃(しみず あきら)

中学の頃からの友人で

今は画商として働いており

私も厄介になっている

晃は夏月に自己紹介を済ますと私に向き直る

「で、今週納品の絵は?」

そういえばそんな物があったと思い出す

「上にある」

短く返すとアトリエの隣の部屋

既に完成した絵や換えの画材が置かれた

物置部屋へ向かう

夏月も私達の後につく

今更隠す物も無いのでそのまま案内をする


「おー、いいじゃん」

晃は本心か疑わしい褒め言葉をもらすと

まじまじと絵を見る

その横から夏月も顔を出す

「これ、湖?」

晃に渡したのは観光地として有名な湖の風景画

「そうだよ」

「人は書かないの?」

夏月の質問に一瞬、戸惑ってしまう

「奈子はもう随分人なんか描いてないだろ」

晃の正直な言葉に

苦虫を噛んだような心地になる

私の過去を知る数少ない人間は

口に戸をたてられないらしい


そうこうしているうちに

翔と良も学校を終えて訪ねてくる

晃は2人にも簡単に自己紹介をすると

良の顔をまじまじと見る

「もしかして、九条家のお坊ちゃん?」

九条(くじょう)は良の苗字、この辺りでは

そこそこに知られている名前だ

「は、はい」

良が引き気味に答えるとパッと笑顔をつくる

「源蔵さんはうちのお得意さんでね

美術展にもよく来るんだよ」

営業をかけるように良に擦り寄るのを止め

さっさと絵を持って行けと言う

変わらず笑顔ではいはいと観念するように

帰り支度をする


「きなこが画家さんだったなんて

以外だったなー」

晃を見送ると翔が口を開く

「しかも画商さんと仲良さげだったし」

イタズラな笑顔で言う翔に

はぁ…とため息がもれる

「ただの腐れ縁だよ」

否定の言葉は今までに何度

繰り返したかわからない

隠した秘密が静かに綻んで行くのを感じた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る