第11話 夏の月は夜にふける

真夜中の公園、居るはずのない人を

目で探して、思考を止める様にまぶたを閉じる

母さんは去年の夏に死んだ

おれの誕生日の前日

プレゼントを買いに行った帰りに

信号無視をした車にはねられた


キィキィと鳴るブランコの音が響く

ふと視線を感じて顔をあげる

公園の入口で女の人がおれを見る


「あ、えっと大丈夫?こんな時間に1人で」

挙動不審気味に訪ねるその人は

心配する様におれを見る

「おれ、18だから」

相手をするのが面倒で適当に返す

「えっ?そうなの?」

素直に目を丸くするその人に笑いが込み上げる

「なわけないじゃん」


反応が面白くてしばらく見ていると

照れた様に話しだす


「えっと中学生かな?高校生?」

よく間違えられるが

この人にもおれは中高生に見えるらしい

「小学生」

「え?本当に?」

また目を丸くしている

そんなに予想外だったのか

人を呼ばれたら面倒だ

これ以上はここにいられない

「え、ちょっとどこ行くの?」

「家、帰る」

帰る家はまだ決めて居ないけれど

まあ、大体なんとかなる

最悪おれの顔目当ての人間に

1泊させてもらえばいい


離れた所から振り返る

あの人はまだあそこにいる

そんなに他人の心配をして

なんになるんだろうか


早朝、居心地の悪い仮の宿を出て

あてもなくふらつく

昼前になるとまだ暑い、はおっていた

パーカーを手に持って歩いていると

前から3人組が歩いてくる

おれから見て右、車道側を歩く人と目が合う


「「あ、、」」

同時に気が付き声が出る昨日の女の人だ

「「なつき!?」」

連れていた2人はよく見知った顔

翔(かける)と良(りょう)、前はよく遊んでいたが

母さんが亡くなって学校が変わり

疎遠になっていた

3人はショッピングモールにいくらしく

おれも来いと翔が言う

良もうんうんとうなずく


いくあてもないので

仕方なくついていく、誘ったくせに

おれと話すのはまだ気まづいらしい

ショッピングモールまでの道を

微妙な距離感で歩く


ショッピングモールに着くと

女の人に何が欲しいかと聞かれた

昼前でお腹がすいていたので食べ物と応える

おれの言葉にお腹の音で応える

お腹がすいていたのは

その人も同じだったらしい


「ふふっ、きなこは食べ物がいいかな?」

翔の声は何処か愛おしむようで

相当にその人を好意に思っているのだとわかる

恥ずかしそうに足早にフードコートに向かう

おれ達も後を追う


「あの人の名前、きなこって言うの?」

珍しいと思ってとなりを歩く翔に問いかける

「ああ、違うよ、なこ、[くろき なこ]だって」

「へー」

翔が女の人を愛称で呼ぶのは珍しいと思ったが

それ以上は追求するのをやめた


「これがハンバーガー!初めて食べます…!」

騒がしい3人を横目に食べ慣れた

ジャンクフードを口に詰める

きなこと呼ばれた人の視線に気づいて見ると

クスリと笑うなにがおかしいのだろうか


ゲーム屋ではしゃぐ翔をいさめたり

食べ歩く良に付き合っているともう夕方だ


「なんだか帰るのが惜しいね」

翔が呟く

「いっそこのまま皆でお泊まり会しない?」

お泊まり会、いつ以来だろうか

懐かしくなってその言葉に賛同する

「ええ、今から?どこに?」

「それはもちろん!きなこん家!」

[きなこ]は困ったように

乾いた笑いを翔に向ける

ふと目が合いこちらに近づく

少し声のトーンを落として言う

「今日は、ちゃんと帰る?」

驚いた、おれの嘘に気づく人も気づいてなお

こんな風におれを気にかける人もそういない

「ああ、もちろん」

きなこはおれの言葉の意味に気づいた様で

観念するようにため息をつく


きなこの家は思っていたより立派で

一人暮らしの家とは思えない

聞くと先月に両親を亡くして帰郷し

そのまま両親の残した家に住んでいるらしい

あっけらかんと言うきなこに胸の奥が痛む

おれは1年経ってもまだ

こんなにも苦しいのに、なぜ、


荷物を下ろすと家に連絡を入れると言う

翔と良の親に電話して

おれの番とばかりに連絡先を教えろと促す

しぶしぶ父親の電話番号を教える

数回のコールがして父親に繋がる

仕事先と電話をする時の

ハキハキとした声が漏れて聞こえる

きなこが事情を話すと声はどんどん小さくなる

「一応、許可は取れたかな」

あいまいにきなこは言う

心配して帰ってこいと言うのではないかと

期待にも似た不安は無駄だったらしい

「そう...」


夕飯の準備を手伝い席につく

少ししてきなこがご飯を持ってくる

相変わらず騒がしい面々を聞き流して

夕飯のカレーを食べていると

きなこが期待するようにこちらを見る

「…うまい」

たったそれだけの言葉に嬉しそうに

ニマニマと笑顔になる

その顔は、悪くないと思った


夜も更けてきてあくびが出る

布団を敷いたきなこに翔が

一緒に寝ようとただをこねる

助けを求めるようにこちらを見られたが

こうなった翔はなかなか厳しい

ここで寝ろ、と布団を叩くと

きなこから小さなため息がもれる


4人で布団に入りしばらくすると

となりから寝息が聞こえる

しぶった割にはすんなりと寝たようだ

外からは虫の声がして

まだじっとりとあつい風がそよぐ


(寝付けない…)

ベランダに出ようと2階にあがる

ふと、廊下の奥に目を向ける

隠されたようにある一番奥の部屋

重厚感を感じる扉の取っ手は

今までに何度も開かれたためか

なめしたような艶があった


取っ手に手をかけると

ギィ…と鈍い音を立てドアが開く


青い月あかりの中壁際には無数のキャンバス

机の上には乱雑に置かれた絵の具と筆

この部屋はきなこのアトリエなのだとわかる

だが、それよりも目を奪う存在が1つ

部屋の中央、使い古された椅子の前にある

キャンバスには【微笑む翔の姿】

(どうして…)

【どうして、俺じゃないんだ】

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