第7話 帰る場所

ふぅ...と息を吹き思考を振り切る

これ以上は目の毒だ

体を起こすと夏月が居ない事に気づく

見回してもおらず、夜風に当たろうと

2階のベランダに行くとそこに夏月の姿があった

「2階にはあんまり来て欲しくなかったかも

仕事部屋とかもあるから」

出来るだけ穏便に注意する

「そうかよ」

視線を外に向けて言い捨てる

昼間はまだ暑いとはいえ

夜はもう秋の準備を始めていて冷える

寝室からブランケットを持ってきて

夏月の背にかける



「くしゅんっ」

長い沈黙を破ったのは私の生理現象だった

はぁ...と呆れたため息をつくと

ブランケットの端を私の肩にかける

「去年の夏に母さんが死んだんだ」

夏月がポツリと言葉を紡ぐ

「母さんは良いとこの令嬢で

父さんはただの会社員、学費が払えないから

アイツらと同じ学校には通えなくなった」

寂しげに投げ捨てるように言う

2人が通っているのはこの辺りでは有名な小学校

学費もかなり高額になるという

「母さんが死んでから父さんは働き詰めで

まともに顔も見れない、おれが居ないのだって

気づいてんのかもわかんねえ、そんなとこに

帰る意味なんかあんのか、?」

高ぶる感情を押し殺しながら

確かな想いを吐露するまだ小さな背中が震える

そっとその背中を抱き寄せる

しばらくすると震えは収まった

「やっぱり、帰ろう?お家に」

腕を解いてそっと話しかける

「なんで...」

掠れた声で問いかける

「私も一緒に行くから、私が守るから

それでもダメな時はまた家においで」

余計なお世話、他人が関わるべきでない

そんな言葉が頭の中に浮かぶ

それでも目の前の少年の力になりたい

この子がもう、震えなくて良いように


「おはよー!きなこ!」

朝になり2階から降りるともう既に起きていた

翔がいつもの笑顔で挨拶をする

「おはよう翔」

夏月はなぜかキッチンで

勝手にコーヒーを入れている

冷蔵庫にあった牛乳で

割って飲んでいるようだ

「コーヒー、私の分ある?」

「おう、」

無愛想に返事をして

私のマグカップに注いでくれる

「ありがとう」

コーヒーを受け取りそのまま飲む

「ブラックか」

「うん、朝はね」


「ふわぁ、きなこちゃんおはよぉ」

寝ぼけ眼をこすりながら良が起きてきた

「良くんおはよう」

「あれ?なんかみんな仲良くなってる?」

翔が不思議そうに私達を見る

「ぼくもー!」

「えっ!?ちょっと!?」

近くに居た2人も巻き込んで

勢いよく抱きついてくる

「あははっ」

「ちょっと翔くん!ふふっ」

翔も良も楽しげで夏月は

いつもの仏頂面でされるがままになっている


「そうだ、きなこ2階行っちゃダメなの?

起こしに行こうとしたら夏月に止められたー」

翔は不満気に唇を尖らせて言う

「ああ、うん色々あるから」

「仕事部屋って言ってたけど

なんの仕事してんの?」

はぐらかそうとするも夏月から追求される

たまに描いた絵を売って小銭を稼いではいるが

昼間のアルバイトで食いつないで居るのが現状だ

「まあ、色々と...」

言葉を濁すと怪訝な顔で見られたが

それ以上は聞かれなかった


朝ごはんを食べて帰り支度をさせる

夏月は案外すんなりと荷物をまとめる

翔と良を見送ると夏月に向き直る

「大丈夫?」

不安になり夏月の顔色を伺う

「守ってくれるんだろ?」

小憎らしい笑顔で応える

「がんばります...」

夏月の家へと向かう、彼の帰る場所が

安らげる場所であるようにと願いながら


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