第2話 空の日常

「なんで、また来ちゃうかなー」

いつもの時間いつもの公園にコンビニで買った

アイスを持って立ちすくむ


どうやら私は自分で思うより重症らしい

あの少年を見かけたらどうするのか

そもそも昨日の今日で学校に行けたのか

堂々巡りのように考えるが

答えがでるはずもなく

少年を見かけたとしても

もう会話をする事さえないだろうことは

想像に難くない


「あ、やっぱりいた!」


こんなにはっきりと声を聞くのは

初めてじゃないだろうか

いつも遠目に見ていた

昨日だってほとんど声も出せずにいた

振り向いた先にいたのはあの青い瞳の少年

「え、あ、えっと?」

そばには母親と思わしき女性がいた

やはり私はお縄だろうか

毎日少年を眺めていた不審者は

昨日の一件では許されないだろうか


「貴女が…昨日は

本当にありがとうございました」

涼やかな声でお礼を告げ頭を下げる

少年と似て色素の薄く綺麗な面立ちの女性は

にこやかな笑みで私に歩み寄る

(血縁を感じる...この親あってのこの子だな)

そこまで考えてから彼女が

自分を捕まえにきた訳ではないと気づく

「あっ、いえ、そんな、お、お気になさらず」

正直言って私は人と話す事が苦手だ

初対面の美人との会話は尚更に難易度が高い

「それで、貴女にお礼がしたかったのだけれど

どこにいるかわからなくて

この子がこの時間ならここに居るって

教えてくれたんです」

女性は少年を手のひらで指して言う

「わ、わざわざありがとうございます...え?」

少年が私がここに居るって言った...?

少年はにこにこと笑顔でこちらを見ている

やっぱり見てた事バレてた...!?

「いや、あの、その…

申し訳ありませんでした」

手を横に揃え頭を下げる

「えっ?どうしたんですか?」

女性は困惑しながらも私の頭を上げさせる

「あ、そうだ、お菓子を持って来たんです

甘いものはお好きですか?」

そう言って取り出したこづつみは

有名な銘菓店の物だった

「大好きです」

即答して菓子を受け取る

すぐにでも家に帰って菓子を頂きたいが

2人をこのまま置いて行くのも気がかりだった

「も、もし良ければ家に来ますか?

たいしたもてなしは出来ませんが

お茶くらいなら出せますよ」

そのまま菓子を持ち帰る訳にもいかず

声をかけた

「いく!」

返事をしたのは少年だった

「え、私の家だよ?大丈夫?」

少しかがんで目線を合わせて伺う

「うん!行きたい!」

キラキラとした笑顔で言う少年に

ダメだとは言えない

2人を家に案内することになってしまった


「どうぞかけてください」

家に着き2人をリビングダイニングに通す

私1人には広い家に久しぶりの来客だった

来客用のコップは何処だったか探り

冷えた麦茶を注ぐ

ダイニングに腰をかける2人の元に運ぶと

自分も向かい側に座る

「あの、本当に

昨日はありがとうございました」

女性は重ねて礼を告げるとまた頭を下げる

「い、いえ、本当にお気になさらず」

あまり慣れない感謝の言葉にむず痒くなる


「私も主人も仕事が長くて中々この子…

翔(かける)の事を見れていなくて

学校と塾の間に一人でいたところを

拐われかけたようなんです…」

そう語る彼女の顔には不安が見えて

昨日の出来事が頭を過ぎる


少年に目を向けると麦茶を飲みほし

カラカラとグラスの氷を眺めていた

「もう1杯のむ?」

少年に語りかけると小さく首を横に振る

少年はダイニングとリビングの奥

小上がりになった四畳半ほどの

畳のスペースを見やる

そこに置かれたゲーム機に心を奪われたようだ

「...よ、良かったら、やる?」

私の言葉に少年の目が輝く

私が腰を上げると少年もいそいそと立ち上がる

「すみません...」

女性は申し訳無さそうに呟くが

一人暮らしをしていた家から

持って来たはいいものの

積まれているだけとなっていたゲームを

久しぶりに手に取る

「いえ、私も、楽しいですから」


小一時間ほど遊んで窓を見ると

すでに空が赤らんでいた

「そろそろ帰る?」

「えー、まだ遊びたい!」

ゲームに夢中になっている少年に伺うが

少年は不満を訴えるように口を尖らせる

「もう、甘え過ぎですよ翔、帰りましょう?」

母親の声に少年は渋々ゲーム機を片付ける


玄関先まで2人を見送ろうと向かうと

少年が近づいてくる

整った顔が真近に迫りドキリと心臓が脈打つ

「また、遊びに来ていい?」

少年の笑みは何処かイタズラめいていて

私の心を見透かしているようだった

「うん、いいよ」

声を振り絞り頷く

「やったー!」

喜ぶ姿は年相応の無邪気さを感じる

「ねぇ、名前は?お姉さんの名前」

「く、くろ、、き、なこ、です」

不意に聞かれ言葉が詰まる

「きなこ?」

「いや、ちがっ、

黒木奈子(くろき なこ)、です」

「へー、いいや、きなこの方がかわいいし

きなこって呼ぶねー」

「ええ、」

訂正の言葉は受け入れられることはなく

不本意な愛称に困惑の声が漏れる

どうやら空っぽの日常は当分訪れそうにない



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る