第八話

「空いているよ。入っておいで」


 仕事中の姉の部屋に入り、淹れてきたコーヒーをデスクに置く。トロピカルな甘い香りがふわりと漂う。エメラルドマウンテン。コロンビアで生産されるコーヒーの中でもわずか3%という高級豆だ。スペシャリティグレード。これのミディアムロースト(浅煎り。短い焙煎時間のものをいう)を使用した。今日は姉に相談事(先程の公園での出来事だ)があるため、いつもよりもいい豆なのだ。


「わざわざ淹れてくれたのね。ありがとう。とてもいい香りね。いつもよりいい豆を使っているんでしょう?」


「わかる?エメラルドマウンテンだよ」


 姉は、コーヒーを口に含み、ほぅと一息吐いた。


「いつもよりも明るい味ね。ふふっ、随分取り乱しているのね」


「すごいね。コーヒーの味でそこまで分かるんだ」


「当然でしょ。あなたの姉ですもの。あなた、悩んでいたりすると、最初の1投目の勢いが良すぎて、湯量が多くなるんだもの。飲めば分かるわ。エメラルドマウンテンみたいなバランスのいい豆なら特にね」


 そう言い、またカップに口をつけた。


 彼女は私の姉、五十嵐 月(いがらし るな)。非常に優秀で海外の大学を出て、起業している女社長だ。しかも、優しく家族思いで、とても尊敬している自慢の姉だ。基本的に外に出たがらないインドア派で、基本リモートで全てを済ますように社内制度を整えているため、大体家にいる(というか家から出たくないので起業したまである)。私よりも背が低いが、170cmあるモデル体型だ。しかも私よりも顔がキツくないので、男受けも抜群だろうに恋人を作ったことのない勿体無い系美人なのだ(そもそも家から出ないから出会いがないのだが)。余談だが、姉が月(るな)、兄が桜花(おうか)という。3人目の私は、雪が来れば雪月花なのでは?と気づいた両親が、私に雪の字を当てて雪菜(せつな)にしたそうだ。順番めちゃめちゃだなと思った。


「でもとても美味しい。あなたってとても丁寧に入れるから。むしろ酸味がいつもより強く出たこのコーヒーの方が好みまであるかな」


「狙ってない味を褒められても嬉しくないかな。でも、酸味が出た方が好きなら今度から抽出方法変えてみようかな」


「ふふっ。そうすると、悩み相談の時は酸味が出過ぎたコーヒーを飲むことになりそうだから、今のままでいいと思うわ。それで、一体なにを悩んでいるのかしら?」


 姉の方から切り込んでくれたため、私は本日起こった出来事を姉に話し始めた。

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