第一話

 川に桜の花びらが浮かんで、不規則に流されていく。雨上がりの川の流れは存外と荒々しい。今朝の雨で桜はすっかり散ってしまった。花見シーズンも終わりだなんて思いながら音楽スタジオに向かって河川敷の道を自転車に乗って進んでいく。

 

 私は、3人組の音楽サークルに所属している。サークル主が作詞と作曲と打ち込みで曲を作って、もう1人が絵を描いて、3人で歌を歌って、私が動画作成とアップロードをしている。元々はバンドをするつもりだったのだが、サークル主が顔出ししない方針と言った途端に2人抜けた。随分と顔に自信があったようだ。彼女らは、自分のSNSのフォロワー数に影響を及ばさない音楽活動に、やる意味を見出せなかったのだろう。

 

 走行していると脇道が見えてきた。この脇道の階段を下ると件の音楽スタジオへの近道となるのだ。 

「よっと」

 サドルからお尻を上げ、腰を後ろに引き、体重を後輪にかけ、階段を下っていく。私の自転車はグラベルロードという車種で、悪路もそれなりに走れるロードバイクといったもの。(車でいうとSUVみたいなものかな?)それにコンチネンタル社の40Cの太めのタイヤを履いており、エアヴォリュームもバッチリだ。チューブの入ったママチャリとは異なり、インナーチューブのないチューブレスレディはリム打ちパンクの心配はない。グラベルロード万歳。

 階段を下り終わり、先に進もうとするも赤信号だ。せっかく近道をしたのだが、残念、停車だ。

「また、雪菜(せつな)ったら、そんなことやって。怪我しても知らないよ!」

 スタンディングでキコキコ前後に揺れながら信号待ちをしていると、後ろから声を掛けられた。右肩越しに目をやると、そこには長い黒髪を靡かせた綺麗系美少女がいた。

「乗ったことのない人から見ると危なく見えるかもしれないけれど、私たち自転車乗りからすれば、大したことではないのよ。」

 軽口を言いながらも、ペダルから足を下ろし、自転車を押しながら歩く決断を早々に下す。歩くことがあってもいいように、私は街中走行でビンディングシューズを履かないのだ。

「嘘だよ。階段を自転車で降りてくる人なんて雪菜以外に僕は見たことないよ。」

「ダニー・マッカスキルはよくやっているわよ。彼はマウンテンバイクだけれどね。」

「知らないよ。誰だよ。その人。」

 綺麗な口元を尖らせ、私への不満をふわりと吐き出す。こんなに不満を可愛く言えるなんて羨ましい。私なら怖がられるか喧嘩になるかのどちらかだろう。

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