第11話 再戦 アクロバティックサラサラ
『私たちは、アクロバティックサラサラを倒せるかもしれない』
『本当デスカ? でも、どうやって』
『うん。だから、私に協力して欲しい。私とアイ子が生きるために』
*********
そう言って、私はFから貰った名刺にあった連絡先に電話をかけた。スリーコールのうちに取った電話の先はFだ。どうやら本当に直通連絡先を渡してくれたらしい。
『すいません、「アクロバティックサラサラ」を退治できる算段がついたのですが』
『……?? 本当ですか??』
『でも、正直なところ、私には社会的には「アクロバティックサラサラ」を倒す理由がありません。「アクロバティックサラサラ」が私を殺しても消えるかどうかはわからない。そのあたりはFさんも不安に思っているのでしょう? だから、契約をしましょう。「アクロバティックサラサラ」を倒せたときの報酬。いくらまで出せますか? 今後についても。それから周囲に被害が出ないように、バックアップもお願いします』
私がアイ子の所有者だというのなら、今後ものすごいかかかっていくであろうアイ子の食費(飲み代)の確保も考えていかなければいかない。怪異に対して無力な私は、せめてアイ子の生活費くらいは稼がないと。
『承知しました。では、具体的にはどのように……?』
釣れた。善は急げで正解だった。
私は、大体のことのあらましを告げた。失敗してもたぶん私が死ぬだけだ。機関にとっては私自身に価値なんてないのだから、ほぼノーリスクといえばノーリスクだろう。
『なるほど。わかりましたが……』
何か、喉に引っかかることがあるかのようにして、Fは言った。
『昨日はああ言いましたが、私どもは、ARAAIを目覚めさせ、アクロバティックサラサラに目の敵にされるあなたご自身にも興味を持っています。その点についてはお忘れなく』
それは、場合によっては守ってくれるということだろうか。……いや、でも過剰の期待はしてはいけない。物事は何事も、自助、共助、公助の順番だ。それにあんまり助けてもらうと、いただけるお金が減るかもしれない。
*********
そうして、私たちは夜を待った。場所は、最初にアクロバティックサラサラが登場した歌舞伎町タワー前。もしあの時、山手線に轢かれたアクロバティックサラサラが、私のことを物理的に見失っていたとするのなら。アクロバティックサラサラには、見失った相手をサーチする能力がないと仮定するのなら(おそらく、昨日の晩に再襲撃がなかったところをみると、そうなんだろう)。ここで再会する可能性が最も高いと思われたからである。
「……お姉さま。本当に、アクロバティックサラサラを倒せるんでしょうか」
西武新宿駅駅前の歩道の手すりに腰掛けながら、不安そうにアイ子は言った。無理もない。攻撃力や敏捷性、何より、人ではないものとしての動作を行っているうえで戦闘力の分はアクロバティックサラサラにある。それでいて、昨日は退治するための切り札も失敗し、さらに私というお荷物を守りながら戦わなければならない。
「ワタシは、少しの間違いでお姉さまを失ってしまいそうで、とてもコワいです」
不安そうな面持ちで、アイ子は震えていた。昨日とは打って変わっての消極的な態度だった。まあ、私を守ろうとしてくれたとはいえ、機能停止にまで追い込まれてしまったのだから無理もない。私は震えるアイ子の手をぎゅっと握った。
「アイ子。難しいかもしれないけどさ。私を信じてもらえるかな」
「お姉さま……」
「アイ子の『お姉さま』にはなれないかもしれないけどさ。一回だけ、私を信じて欲しいんだ。それから、これ。お守り」
私は、アイ子の手首にそっとさっき買っておいたものをつけてあげた。それは先ほど新大久保のあたりで買ってきたブレスレットだ。安物だけど、私もそれと同じおそろいのものをつける。アイ子が銀で、私が青。
「ロザリオじゃなくてごめんね」
アイ子は呆けたようにその腕にはめられたブレスレットと私の顔を交互にまじまじと見て、そして頬を赤らめたかと思うと、目じりには、涙が浮かんでぽろぽろと泣き始めた。
「ちょ、ちょっとアイ子……な、なんかごめん」
「いいえ、ワタシうれしいんです。たとえ今だけだとして、『妹』になれなくても、なんだか嬉しくて……!」
そして、先ほどの不安が嘘のように、満面の笑みで笑っていった。
「はい。お姉さま。このお守りがあれば、ワタシは絶対に負けまセン!!」
「うん。私が理解し、アイ子が食べる。この作戦でいこう」
どうやら、アイ子も覚悟完了してくれたようだ。それなら、私の心ひとつ。そう思ったとき、喧噪や車、電車の音がすうっと遠のいて、無音の空間がやってくる。そして、同時にあたりの気温が突然ぐっと下がったような感覚――。これは、
ああ、あいつだ。あいつが来る。戦慄するような恐怖を、赤い服を纏った、異形の赤い服の女だ。
私たちは、うすぼんやりと虹色に光る歌舞伎町タワーの頂上を見た。するとそこには昨晩と同じように、真っ赤な服を着たあり得ないくらいの長身の女が、今にも足を踏み外しそうなタワーのてっぺんに立っていて、この距離で目が合うはずもないのに、その空洞のになった眼孔が――漆黒の闇が、私を認めて目が合った。そして。
ふ、と、再度、アクロバティックサラサラは、歌舞伎町タワーの頂上から地面へ向かって飛び降りた。この光景を見たのは二回目だ。だけど、アクロバティックサラサラの表情は前回と違ってどこか嬉しそうだ。逃がした獲物がまた自分の前に現れた。もう逃がすものかという――そんな恍惚感。
ずしゃあ!!
残念なことに、運悪く、今回アクロバティックサラサラの落下点にはベンツではなく人がいた。アクロバティックサラサラはその人を脳天から切り裂くように着地し、あたりには血の海と化す。人間の血液量は、大体4~5リットルというから、その量の血液がいきなりぶちまかれたことになる。血の雨が降る、とはこのことだ。
長身の女性だった。身長はおそらく二メートルを超えているだろう。青白い肌に、深紅の服。足元まである長い黒髪が印象的だ。手足は長く、その両手に無数につけられたひどいリストカット跡が痛々しい。そんな異形の女が広がる血だまりの中、まるでその血の池から生えたように肉片を踏みしめながら立っている。
そして、そのぽっかりと空いた眼孔が。そこにある暗黒の空漠が。
私を――見た。
そして、アクロバティックサラサラは、確かにその三日月形の口の口角を釣り上げて笑った。突然の血しぶきに、人々があらぬ方向へ散り散りに走り出す中、アクサラは私をめがけて一直線に突進し、その手を振り上げ。そして。首を。
――でも。
来るとわかっていれば、対処はしやすい。予想通り、落下からの突進だ。なら、同じ手は二度と食わない。恐れさえしなければ。
私はポケットに忍ばせていた携帯型の投網を投擲した。そして思いっきり身を捻る。アクロバティックサラサラはその投網をもろに正面から被ると、回避した私の横をすりぬけて、ガードレールに直撃し、その勢いのまま跳ね上がって西部新宿駅の駅舎の壁に激突した。ひとまず、最初の会敵はなんとかやり過ごすことができた。私はそのまま歌舞伎町タワーの路地裏に向かって全力で走る。
がああ! と、後ろでアクロバティックサラサラが叫ぶのが聞こえる。アクロバティックサラサラが投網を外そうともがくけど、その長い髪に絡まって動けない筈だ。投網は高強度ナイロンのものを使用している。そう簡単には抜け出せない。時間を稼ぐことくらいはできるはずだ。
だけど、いらだたしげに叫ぶ声と共に、ぶちぶち、という糸がはじけ飛ぶ音がする。そしてその直後、私の背中に飛び込んでくる――殺意。死ぬ。
刹那、ドドドン! という炸裂音ともに、その殺意の照準が逸れた。Fに頼んでおいた、ゴム弾による狙撃だ。誘導する場所が分かれば、多分狙撃はそんなに難しくない。そしてその一瞬のスキをアイ子は見逃さない。激しい衝突音がして、アクロバティックサラサラはアイ子のパンチでさらにJRの方へ西部新宿通りを吹っ飛んだ。そのすきに私は路地を駆け抜け、突き当りを左へ。そしてそのまま、開けた広場へと駆け抜ける――。
人っ子一人いない広場の向こうに、ゴジラの大きな壁絵が、映画館が見える。
その広場は、新宿東宝ビル横広場。いわゆる東横、トー横だ。いつもなら人であふれているはずだが、Fには機関による人払いの結界をお願いしていた。
私は、その広場の中央あたりまで走り、大きく深呼吸をした。たった二百メートルくらいのダッシュで、こんなに息が上がるなんて。そして、その傍らにアイ子も立つ。振り返ると、歌舞伎町タワーの脇から、赤い服の女が傷一つない状態で現れる――。
「来なよ。アクロバティックサラサラ。ここで、相手をしてあげる」
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