第8話 Akashic Records Accessible Artificial Intelligence - 01
「アイ子は、の正式名称は、『Akashic Records Accessible Artificial Intelligence - 01』《アカシックレコード・アクセシブル・アーティフィシャル・インテリジェンス・ゼロワン》。天才科学者で稀代のオカルティストであったアラヤ博士が制作した、アカシックレコードにアクセスすることのできる人工知能だよ」
「そんな横文字を並べられても理解に苦しみます。というか霧香さんどうしてここに?」
科学者らしいいきなりの説明に私は苦言を呈してみた。そんなことにはお構いなしに、霧香さんは続ける。
「アイ子がやられたっていうから、メンテナンスに急いで駆けつけてみたんだよ。でもダメージは自動修復の範囲内だった。再起動すれば目を覚ますだろうさ。それで、だ。今は。Akashic Records Accessible Artificial Intelligence、
「それくらい知ってますよ。アカシック・レコードですよね。概念としての元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶のこと。アーカーシャあるいはアストラル光に過去のあらゆる出来事の痕跡が永久に刻まれていて、それが集積されたものがアカシック・レコード。宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという記録層のことです」
「せ、正解だ。あんた、実はオカルトめちゃくちゃ詳しいだろ」
てへぺろ、と私は舌を出した。まあ確かに、怪談はオカルトの知識は、普通の人よりはあるかもしれない。
「アカシック・レコードにアクセスできるAI、ということは、そのアカシアの記録を読み解けるってことですか? そんなものが存在するんですね。アイ子やばい」
「理論的にはな。だだアクセスしたところでアカシック・レコードの情報を我々の理解できる言語や数学、物理法則や科学に置き換えて理解するのは困難だ。そういった意味でアイ子は不完全で、たぶん今のスペック的にはアカシック・レコードへの限定的なアクセスに留まるだろう。とはいえそんなものができてしまったことがばれると、世界各地にいるオカルティストたちはこぞって彼女を手に入れようとするだろうね。まあ、まだばれてないからいいんだけどさ」
「悪用の危険がありますからね。ARAAI-01は我々の監視対象でもあるのですよ」
Fもそう言った。アカシック・レコードにアクセスできると仮定すれば、そこに記載されたあらゆる記憶、記録、それが物理的なものであっても、霊的なものであっても――を読み取ることが可能だ。国家が悪用すれば、それこそ世界の覇権を握ることができるかもしれない。
「つまり、アイ子は国のもの、ってことですか?」
「いや、そんなことはない。アイ子の製造に当たっては、国の予算は一切投じられていないんだ。アイ子の製造者、アラヤ博士はARAAIの研究資金・開発資金を自分の他の研究とは明確に切り分け、ポケットマネーだけでARAAIを制作した。まあ、他の研究の特許とかの元手で資金はかなりあったんだと思う。自分の資産で作ったものを、国が接収するわけにはいかないだろ」
まあ、それはそうかもしれない。少なくともアイ子の意義や価値、危険性は、一般の理屈では与太話にしかならないからだ。
「それで、そのアラヤ博士っていう方は、自分の製造したアイ子が目を覚ましても姿を現さずに、霧香さんが来るというのはどういうことなんでしょうか」
私がその疑問を振ると、霧香さんは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。Fも同様だ。
「……アラヤ博士は失踪した。アイ子を開発した後……三年前にね。アイ子の相続人は、期限付きであたしになっていたよ」
金髪のギャルが、あきらかに気落ちしたような声を出している。たぶんなんだけど、霧香さんにとってアラヤ博士はとても大事な存在だったのだろう。
「期限付き?」
「……アラヤ博士が失踪した理由はわからない。ARAAIを作ったことで、その知識や研究成果が世界中から狙われると思ったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そこは不明だ。ただ、アラヤ博士の残した文書にはこう書いてあった。『ARAAI-01の所有権は、一時的に木島霧香に譲渡するが、ARAAI-01を起動した者が現れたなら、その者に譲渡する』とね。あたしはその約束を守るつもりだ」
しみじみと、霧香さんは言った。現所有者は霧香さんなのだから、もっと所有権を主張してもいいとは思うけど……って。ん? 待てよ?
ARAAI-01を起動した者?? って、状況的には私なのでないだろうか。
「気付いたか。つまりそういう事だよ。あたしは華、アラヤ博士の指示通り、あんたにアイ子の所有権を譲ることにする。アイ子とあんたを一緒に帰らせたのはそういうことだ。アイ子の正式な主人として末永く頑張ってくれ」
「はあ???!!!!」
頼んだぞ、と、まるで娘を嫁に出す親のように霧香さんは言った。Fもうんうんとうなずいている。いや、そんな勝手に話をまとめられても困る。
「いやいやいやいや。私にだって拒否する権利はありますよ。アイ子の所有者ってどういうことですか出会って数時間で何度も何度も貞操の危機を感じたのに。所有するどころか所有されちゃいますよ。ていうかそんなたいそうな機械とAIを飼う余裕はないです。電気代いくらかかるんですか? メンテ代とかパーツ代とかお高いんでしょう? 私は普通の女子大生なんです。そんな大金持ち合わせていませんよ。返品です返品します。今寝てるんでしたら責任持って霧香さんが持って帰ってください。でなければ国に寄付します」
「そうであれば我々は嬉しいのですが」
「でも、そうも言ってられないぞ。華。よく考えてみな」
電気代、パーツ代、メンテ代、私の貞操。これ以上に何を考えろって言うんだ。AIを飼う余裕なんてうちにはありませんのでとっとと持って帰ってください。
「アクロバティックサラサラだよ」
勝ち誇ったように、霧香さんは言った。私の喉から、「あ」と声が漏れる。でもそれをダシにするなら、霧香さんは私の意思なんてどうでもよくて、とにかくアラヤ博士という人の意思を実行しようとしているっていうことだ。
「アクロバティックサラサラに狙われているこの状況で、あんたはアイ子を手放せるかな。アイ子がいなかったら、あんたはたぶん既に十回は死んでいる。あんたがアイ子をどうしても手放したいっていうなら仕方ないけど、その場合最悪この建物を出た瞬間か、遅くとも数日中にあんたは死ぬね」
腕組みしながら、圧をかけるようにして霧香さんは言った。この人悪徳科学者だ。私は助けを求めるようにFを見た。
「え、ええと、でもたぶん、三対室の方が守ってくれるはず……!」
「いつまでも華さんをこの建物の中に留めることはできませんし、アクロバティックサラサラはあの凶暴性です。我々も自信を持って守り切れるとは言えませんよ。我々にもかなりの被害が出るでしょうし、華さんが亡くなればあの脅威は自然消滅する可能性もあるので、上の判断によっては本件については緩やかに静観という可能性もあり……」
「官僚は血も涙もないのか!!」
「
私は頭を抱えた。公権力に頼ることもできないなんて、この国はなんて非情なんだと思った。そりゃ私が死んだ瞬間に対処は終了するかもしれないけど、さすがにそれはあんまりじゃないか。
「だからさ、あんたは自衛のためには、アイ子を引き取らないといけないってこと。ちなみにクーリングオフはできないよ。大丈夫。電気代はかからない。エネルギーは経口摂取だ。アイ子のシステムは自動アップデートされるし、自動で最適化される。自動修復の機能も付いている。ドイツの魔術師の手が入ったボディでもあるから、自動修復で対応できない破損が発生する場合もあるかもしれないが、そのときはあたしが無償で修理してやるよ。ほら。あんたが今を生き抜くためにはアイ子を引き取るしかない」
この人でなしどもめ…! 私は頭を抱えた。少なくとも生存のためには、貞操の危機をずっと耐え抜かないといけないのか。前門の虎後門の狼か。どっちの選択もろくでもない。もう心を決めるしかない……。生き残るためだ。
「あー、はいはい。わかりましたわかりました!!! アイ子を引き取ります。その代わり、アラヤ博士とやらの作った大事なAIのアイ子のメンテについては霧香さんに協力してもらいますし、アクロバティックサラサラに保護対象であるアイ子を破壊されたくはないですよね? ですので、機関も私とアイ子のことを死ぬ気で守ってください」
「それくらいお安い御用だよ」
「はい。それについては全力で支援させていただきます」
この現金な大人ども、いつか絶対ぶん殴ってやる。
「それで! メンテナンスにご協力いただけるのであれば、霧香さん早くアイ子を再起動してください! いや再起動されるとそれはそれでめんどくさいんですけど……」
びしっと指を差して怒った私に、霧香さんはきょとんとした顔をした。まるでなぜ自分がアイ子の再起動をしないといけないのかとでも言いたそうに。
「おいおい、アイ子を起動したのは華、あんただろ? じゃあ再起動もあんたがするんだよ。起動できなかったあたしに再起動ができるわけがない」
「??? どうやって???」
「さあ。キスでもすれば起きるんじゃないか? たぶん」
あまりにデリカシーのない一言に、私はさすがに霧香さんのおでこをぶん殴っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます