第7話 内閣官房第三種事案対策室
私は、「F」と名乗った黒服と、その名刺を交互にまじまじと見た。Fは私が緊張していると、たぶん思ったんだろう。
「そんなにかしこまらなくてもいいんですよ。君野さん」
「いえ、そんなことはなくて……」
でも、そういう判断をするということは、おそらくアクロバティックサラサラとは違った、まだ正常値の域にいる人間なのだろう。
「いえ。補佐……って、どれくらい偉いのかなって」
Fはサングラスの奥の目が丸くなったのを感じた。これがたぶん普通の、女子大生のリアクションだと思うのだ。
「えーと、そこそこですよ」
「そこそこですか」
「はい。そこそこです」
たぶん、こんな平均値以下の疑問を抱く女子大生には、なんだって、快く教えてくれるんじゃないだろうか。と思って、私は話題を切り出すことにした。名刺を渡されたということは、おそらく聞いていい質問なんだろう。
「えっと、その当たり前にわからないのですが、「内閣官房第三種事案対策室」って、いったい何をする組織なんですか? あんまり聞いたことがなくて」
「そのままの意味ですよ」
「えっと、私、バカなんです」
「では、順を追って説明しましょう」
サングラスの奥の目が、どのような事を考えているのかは読み取れない。でも、心なしか楽しそうには見える。
「『内閣官房』って知ってます?」
「すいません。知らないです」
「はい。ではそこから説明しましょう。この国では、内閣総理大臣を首長として、各大臣による内閣が組織されますね。内閣官房は、内閣の補助機関であるとともに、内閣の首長たる内閣総理大臣を直接に補佐・支援する機関です。具体的には、内閣の庶務、内閣の重要政策の企画立案・総合調整、情報の収集調査などを担っています。事務組織としては、大まかに、内閣総務官室、国家安全保障局、内閣官房副長官補、内閣広報室、内閣情報調査室、内閣衛星情報センター、内閣サイバーセキュリティセンター、内閣人事局がありますが」
さすが官僚。言っていることはわからないが、よく口が動くなぁ。
「でも、『内閣官房第三種事案対策室』は、今あげた中に入っていませんよね?」
「そうですね。賢いです。まあどこの役所も、秘密の組織の一つや二つくらい抱えているものですよ。長いので、『三対室』もしくは、Cabinet secretariat of CE3 Incident response office 略称で、『
「何かが起こったときの対処とか対応をする組織?」
「その通りです。では、第三種、とは?」
優しい言葉で、Fは問いかけてくる。
「私の知っている知識の中で、CE3が、『第三種接近遭遇』のことを差すと仮定すると、つまり、UFOの搭乗員と接触すること。もう少し広義に考えると、超常現象に直面する事案について、対策・対処を行うための、内閣官房っていう内閣の直下に設置された秘密機関」
「その通りですね。素晴らしい。あなたは常識的な知識がちょっと足りないだけで、頭は悪くはないようです。そういう人は伸びますよ」
「じゃあ本当に、私達を助けてくれたんですね」
「はい。第三種による事件や事故が発生した場合、可能であれば人も助けます。ただし、我々の力で退治できる第三種は稀です。その際は被害の極小化や、何かしらの手段を使っての第三種の捕縛、又は行動抑制――ありていに言えば、封印ですかね。などに努めます。ただ、対処は事案が発生した場合に限りますので、それ以外のときは怪異の把握や共存に努めることが多いですね。」
そう言って、黒服はテレビをつけた。すると先ほどの新宿の騒ぎがニュースになっているところだった。映像にはアクロバティックサラサラがおり、ムチのようにしなる腕でアイ子を攻撃している。その後ろにかばわれている私。明らかに異様な光景なのに、通行人はアクロバティックサラサラの方に歩いて行って、首を跳ねられたり細切れにされた。――まるでアクロバティックサラサラが、彼らの目には映らなかったかのように。そしてテレビのニュースでは、「原因不明の落下事故による破片が通行人に直撃した」というような報道がなされている。
「気付いたようですね」
Fは、その後トラックがアクロバティックサラサラを跳ね飛ばし、京王線にアクロバティックがひかれるところまで見てテレビを消した。
「『アクロバティックサラサラ』のような怪異の場合、人間では知覚しえない場合が往々にしてあります。霊感がある人もない人も、この霊は見えるけどこの霊は見えない、といったことはよくあります。今回は我々もアクロバティックサラサラを捉えることが出来たので介入が用意でしたが、見えなければ対処は困難だったかもしれません。怪異によってはこの世界と位相の異なる空間を生成する者もいる」
「すいません、この世界と位相の異なる空間……? というと」
「そうですね。わかりやすく言うと、
「ああ、
「ご存知でしたか。まああくまで一例で、怪異によってはそれに類する独自の空間を展開するものもいます。その場合、外界から完全に隔絶される場合があるので、我々による介入もできなくなることがあります。『アクロバティックサラサラ』はそこまで至らずとも、「通常の人間には知覚できない」場合がある怪異と言えるでしょう」
なるほど。であれば、テレビのニュースでは、「原因不明の落下事故による破片が通行人に直撃した」というような報道がなされてもおかしくはない。そもそも他の人には見えていないのだ。
「通常の人には知覚できないのに、どうして私には見えたんでしょう。アイ子はたぶんそういうふうに造られたのだと思うので、理解できますが」
「そこですよ。それは我々も気になっていました」
Fはサングラスをくい、と引き上げる。三対室もその部分の核心にはたどり着けていないのだというように。
「失礼ですが、華さんは霊感などはおありですか?」
「さあ……ないとは言い切れませんし、逆にあるとも言えません。何を持って霊感があるか、という基準も不明ですし」
「一応、ある程度霊感を測定することが出来るテストはあるのですが、あなたの場合は不要な気がしますね。アラヤ博士が開発した位相ずらしを突破し、
まあ、日本も国家だし、性格診断テストみたいなものを学校で受けさせられることもあるし、保健所や病院にかかることもいくらでもあるわけだから、そういう裏の諜報機関みたいなものが存在して情報が回っていてもおかしくはないのかもしれない。そんなことよりも。
「
「それについては、私から説明するよ」
私がそう尋ねると、後ろの扉ががちゃりと開いて、声の主の霧香さんが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます