第6話 黒服の行く先

黒塗りの車は私たちを乗せると急発進して、ものすごいスピードで高速に乗った。首都高をちょっと走って、そしてその地下のどこかかから脇道に逸れて、十数分くらいだったろうか。どこかの建物の地下駐車場に止まった。駐車場には担架が待機していて、アイ子はそのままどこかへ連れていかれてしまった。残された私は黒服に連れられて、車寄せからエレベーターに乗せられた。


この夜中にサングラスかあ、と思ってエレベーターの中で黒服の顔を見上げていると、


「ああ、これですか? 偏向サングラスです。夜強いライトで目がくらんだりするのを防ぐものですよ」


黒服はそう言って微笑んで見せた。思考を読まれたような気になり、私はなんだか複雑な気持ちになった。


「こちらでしばしお待ちを」


と言って応接室のような場所に通された。特に座る気も起きずになんとなく窓に近づいてみて、ブラインドから外を覗くと何だろう。国会議事堂が見える。ということはおそらくここは霞が関ということか。であればあの首都高で逸れた脇道は、首都高から首相官邸や霞が関に続く秘密の通路がある、という都市伝説は本当だったということになる。


がちゃ、と音がして、扉が開いた。黒服がコーヒーを持って帰ってきたのだった。私が窓際から外を見たのを悟ったのだろうか。「ここがどこだかは秘密ですよ」と言って、私をソファに座るように促した。しかたない。そう思って、私は黒い皮のソファに腰を下ろし、目の前のコーヒーをじっと見つめた。


「毒なんて入っていないから安心してください。我々が君に害意があるのなら、ここでない別の場所で既に殺害しています」


まるで私の心の中を読むように会話の先手を打ってくる。

それもそうか。霞が関のど真ん中、官僚がたむろする建物の中で早々殺しなんてあってたまるものかと思って私はコーヒーに砂糖とミルクを入れて口に運んだ。それでもちょっと苦いかな、と思ったけど、ここに来るまでの怒涛の展開を考えると、一息つくには十分な温かさだった。


「少し落ち着きましたか? 君野華さん」


しかし、心の中の会話で前言撤回だ。そう思って黒服を睨むと、黒服は困ったように頭をかいた。この黒服、どこかで私の名前を調べている。そして黒服は私が彼に警戒心を持ったことに気づいたらしい。この黒服とは黙っていても会話ができるんじゃないか。


「これはこれはすいません。木島先生から連絡がありまして、貴方たちとの接触の機会をうかがっていたところ、あんなことになってしまいまして。あなたはなかなか数奇な運命の下に生まれているようですね」


ああ、やっぱり霧香さんから聞いたのか。まあ、たぶんそういうことだろうとは想像はついていた。霧香さんも新宿の廃校舎の屋上に、普通なら入れないゴシック調の空間なんて管理していたりするはずもないし、もしそうなら政府が何か絡んでいるとしても不思議ではないだろう。私達との接触の機会をうかがっていたということは、アクロバティックサラサラにトラックをぶつけて助けてくれたのも黒服の仲間なのかもしれなかった。そういう意味では、恩義があるのかもしれない。


とはいえ、あまり実のない想像ばかりしていても始まらない。私は私のおかれた状況を確かめなければならない。


「それで、黒服さん、あなたのお名前をお伺いしてもいいですか?」

「私のことは『エフ』とお呼びください。君野さん」


その言葉に、なんだか時代錯誤なものを感じで笑ってしまった。エフ、エフですって。


「何かおかしいですか?」

「いえ、この令和の時代にコードネームで自己紹介っていうのがなんかおかしくって」


私が笑いをこらえられずにいると、Fはバツが悪そうにしている。霞が関にいるということは、彼も官僚なのだろうけど、根はまじめな人が多いらしい。


「あはは。ええと、すいません。Fさん、ではお名刺とか……私は、就活前の大学生なので持ってないですけど……」


Fが革製の名刺入れから取り出し渡された名刺には、きっちりコードネームの「F」が書いてあった。しかしながら、それ以外はわりとちゃんとした名刺だった。電話番号もメールアドレスも載っている。ただしその所属は、内閣官房第三種事案対策室?


「ないかくかんぼう、だいさんしゅ、じあんたいさくしつ、だいさんぐるーぷ、ほさ……?」


内閣官房、というのはよくわからないけど、その後に続く言葉はさらに意味の分からない文言の羅列だ。


「内閣官房第三種事案対策室、第三グループ補佐の『F』と申します。以後お見知りおきを。君野華さん」


そう言って、Fは私に笑顔で一礼をした。

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