第3話 怪話型AI ARAAI <アイ子>
怪話型AI?? と、聞き間違え出なければそうあっけらかんと言ってのけたアリアだが、私は一瞬何を言われたのかもちろん分からなかった。AIということは、人ではないと言いたいのだろうか。しかしながら傍目には、アリアはかなり端正に整えられた顔立ちと類まれなるプロポーションを持っていて、透き通った肌をしている。この辺りはすごく人間離れしているようにも思えるが、血の通った人間のように見えるけれども……。いきなり自分を人間でないアピールし出すってどういうことだ。
「えーと、理解が追い付いていないのですが、アリアさんはご自分の事を人間ではなくAIだと仰っておられるんですか?」
「そんな、お姉さま。『アリアさん』だなんて他人行儀な言い方ではなく、『アリア』と……はっ、ソウダ。えーと……」
アリアは、何かに思い至ったかのようにしばらく考え、人差し指を合わせてもじもじし始めた。何か私にしてほしいことがあるような、でも言い出しづらいことがあるように見える。しかしとうとう意を決したように、彼女は言った。
「実は……
「ええ?? なにそれいきなり?? 見ず知らずの自称AIの名付け親になるなんて、いや無理、ちょっと無理」
「そんなこと言わないで。後生、後生ですから。お姉さまぁ。一回、一回だけでいいんですううううう」
「いや、でも無理なものは無理。生理的に名付け親なんて」
「ワカリマシタ。では、お姉さまがその気になってくれるよう、お姉さまの素敵なところを百万上げますね。まず、切れ長の瞳。一見冷たそうに見えるのですが、心の奥底まで見通してしまいそうな優しい瞳。ワタシはまずこの瞳にやられました。それから、きれいに切りそろえられた黒髪。とてもキュートです。肌のきめ細やかさも、尋常ではありません。身長も小さくでかわいくて。アッ、それから性格です。いやだいやだと言いながら、お姉さまはワタシに気を使ってくださいますし、暗がりの階段もさりげなくエスコートしてくださいマス。そのときワタシの心機構は思わず高鳴って――」
「あああああ!!! もうやめて! やめなさい!」
AIは必死だ。本当に私の好きなところを百万くらい羅列するつもりでいる。そんなことをしていたら話が先に進まないし、何より私のメンタルが持たない。インターネットやYoutubeの配信なんかを見ていても、配信者や推しからの名付けを欲する妖怪はたまに現れる。その一種だと思って私は割り切ることにした。
「はい。わかった! わかりました! えっと……じゃあ、「アイ子」。AIだからそのまま「アイ」で、私の「子」をあげるよ。これでいいでしょ?」
そうすると、ぱあ、と彼女の表情が明るくなり、後ろで見えない尾っぽがぶんぶん振られている気がした。まるで大型犬みたいだな。
「ハイ。「アイ子」……「アイ子」!! いい名前です!」
名前を付けてもらえてそんなに嬉しかったのか、にこにことを私を見つめて微笑む彼女はすぐさま口を挟んでくる。
「アイ子さんは」
「アイ子です!!!」
しかも有無を言わせない感じだ。そういえば、最初の対人関係では、初対面の印象が最も大事とかどこかで言っていたっけな……? 私は腹を決めた。
「アイ子はさ」
「ハイ!!!! なんなりと!」
名前を呼び捨てされて、犬のようにキラキラと目を輝かせるアイ子。何度も話の腰を折られて先に進む気力がなえてしまいそうになったけど、私は意を決して続けた。
「今、自分のことを人間じゃない、AIだ。みたいなことを言っていたけど、それって本気で言ってる? 本当であればノーベル賞ものの技術革新のような気がするんだけど」
「え? そんなことデスカ?? 確かに、ワタシが自分を「AI」だと言うと、それは少し抽象的に聞こえるかもしれません。わかりやすく説明しますと、ワタシは、工学博士でありオカルト研究科でもあったアラヤ博士に開発された人工知能(AI)の一種で、私の会話内容は、アラヤ博士の開発した特殊チップに搭載された、アラヤシステムによって生成されておりますが、ほとんど人間と変わらない会話機能を有しておりマス」
「そういう事じゃなくてね……。まあいいや、君はさ」
「アイ子です!!!!!!」
君、なんて呼称を使おうものなら、すぐさま「アイ子」と訂正された。これが自称AIの反応力……??
「アイ子はさ、自分のことを『会話型』AIって呼称したよね。それって、学習によって得たものを、会話形式で出力するAIってこと? それなら一般的な生成AIと変わらないんじゃないの?」
生成AIとは、さまざまなコンテンツを新たに生み出す人工知能(AI)のことだ。生成系AI、ジェネレーティブAI(Generative AI)とも呼ばれ、従来のAIが決められた行いを自動化するのに対し、生成AIはデータから学習したパターンや関係性を活用し、テキスト、画像、動画、音声など多岐にわたるコンテンツを新たに生成する。ただ、『会話型』と言っても出力方法が『会話』に限定されるだけなのであれば、『生成AI』と銘打ってもいいような気がするのだが。
「あっ、もしかしてお姉さま、『カイワガタ』を、お話するほうの会話と誤解していますネ! ワタシは、『怪』話型AI……『怪』は怪しむ方の『怪』です。つまり、怪談に特化したAIと考えてクダサイ」
「怪談に特化したAI……?」
「大雑把な怪話型AIの特徴は以下の通りデス。
一つ目が、怪談や恐怖体験の生成。
怪話型AIは、ユーザーのリクエストに応じて恐怖感を引き起こすような物語を生成したり、不思議な現象や怪談話を作り出すことができるAIデス。例えば、AIがユーザーに怖い話を即興で語ることができます。
二つ目は、 怪談の分析と提供デス。
日本や世界中には様々な怪談の伝承がありますが、怪話型AIはそれらを分析し、異なる文化や時代の怪談を提供したり、特定の地域に伝わる恐怖のテーマやパターンを説明することができます。
三つ目が、インタラクティブなホラー体験デス。
怪話型AIはユーザーとの対話を通じて、インタラクティブな恐怖体験を作り出すことができるかもしれません。例えば、ユーザーがAIに何かを質問するたびに、AIは怖い雰囲気やストーリーの展開を通じて応答し、ホラーゲームのような体験を提供することが考えられます。
四つ目が、感情認識と恐怖の誘発デス。
怪話型AIは、ユーザーの反応や感情を認識し、それに基づいてストーリーを調整することができるかもしれません。例えば、ユーザーがあまり怖がっていない場合は、さらに恐ろしい展開に物語を変える、といった応答が可能になるでしょう。
五つ目が……」
「ちょっと待ったちょっと待った。ごめん。私が悪かった。定義を聞くとかよくないよね。いきなり回答を並べられても理解が追い付かないよ。まずはなんか、ぱっと分かる君がAIである要素として、体がロボットか何かであるっていう証拠はないの?」
「ハイ。そういう事でしたらお安い御用デス!」
そういうと、彼女のドレスの方の部分がバシュ、と音を立てて開閉し、シュウウ……と音を立てて空気が漏れた。あっ、やばい、これ、多分本当のやつだ。
そのまま彼女は右腕で左腕を掴んでぐりぐりと回すと、ぱっとその体から左腕を分離して見せた。まるでSFの設定みたいな展開だ。ああ、アイ子、君、本当にロボットだったんだね……。
「これでワタシが怪話型AIであること、ご理解いただけましたカ? お姉さま??」
それは、少なくとも今のところ、私が彼女のことをロボットであり、「AI」であると認識するのに至るのに十分な論拠だった。
わかってくれて嬉しい、そんなふうに満足げに、アイ子は微笑んだのだった。
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