記録② 〈共和国軍〉炎系攻勢魔術兵──ローズ
ちゃんと読める字で書けてるかわからないけど、最後に私のことをお父さんとお母さんに残したいから書いてます。
魔法は何でもできる。そう思ってた時期が私にもあった。
たぶん私は運がよかった。転生したときに声をかけてきた上位者とかいうのはぶっきらぼうで、私の名前を勝手に「ローズ」とか決めるような奴だったけど、魔法使いの素質があると教えてくれた。おかげで国立魔法学校に入学することができた。
魔法の勉強は楽しかった。火を操ってボヤ騒ぎを起こしちゃったり、風を起こして教室の机を吹っ飛ばしちゃったり、雷で感電しちゃったり……。魔法は本当に何でもできた。
でも、そのうちわかってきた。魔法使いは確かに選ばれた職業だけど、だからこそ国の中では雁字搦めにされていた。罪を犯せば万引きですら死刑。野良魔法使いは存在自体がダメで、絶対に国に服従。極めつけは、逆らったら三族皆殺し。三族皆殺しとか古代中国史かよって思ったんだけど、この世界ではわりと普通だった。魔法使いはどんな職業よりも国への服従と奉仕と献身が求められた。だから戦争には誰よりも優先的に動員させられた。
私は〈共和国〉と〈王国〉の戦争に参加することになった。
初めての戦争だったけど、先輩はみんないい人たちだったし、魔術兵の移動は馬車だったから楽だった。でも、指揮官からはいきなり自殺用の薬を渡された。「もし王国兵に捕まったらそれを飲め」って。私たち新人はみんな不安になったけど、先輩たちは「捕虜が出るほどはっきり勝ち負けなんてつかないから安心しろ」って言ってくれて、それで少し安心した。
従軍経験のある魔術兵の先輩たちはみんな年齢以上に老けていた。そりゃそうだよね。魔力の源は本人の生命力から生み出されるものなんだから。戦争になれば、本当に文字通り自分の命を削って戦うことになるんだから。
私は攻勢魔術兵の部隊に配属された。初めは私の炎魔法で敵をやっつけてやるって意気込んでたけど、魔術兵はゲームみたいに好き勝手にばかすか打っていいわけじゃなく、命令がなければ動けなかった。命令違反はやっぱり死刑だった。
戦闘が始まってしばらくして、ようやく後方から移動の指示が出た。指示された場所まで移動すると、敵兵が見えた。
〈王国軍〉の方から火球が飛んできた。こっちが見えてるってことは、当然相手も見えてる。早く攻撃しないとって思ったけど、観測手が指示を出すまでは攻撃できなかった。その間、防壁魔法の担当が火球を防いでくれた。でもいくつかの火球は防壁魔法を突破してきて、それで何人か死んだ。私を守ってくれる盾持ちも焼かれてのたうち回ってどこかにいってしまった。
次に、矢が飛んできた。防壁魔法は物理攻撃を防げない。だから自分で盾を設置して、それで身を守った。
どれだけ敵の攻撃を受け続けたのかわからなかったけど、ようやく攻撃命令が出た。
先輩たちと一緒に火の雨を降らせた。みんなの魔力を合わせて作った大きな炎のボールは、空に昇ると爆発して雨になり、地上にいたたくさんの敵兵を焼き殺した。
やったって思ったけど、喜ぶ暇もなくまた矢が飛んできた。それとほとんど同時に移動命令が出た。盾持ちの人みたいに背中に盾を背負おうと思ったけど、設置型の大盾は重たすぎて持ち上げることができなかった。先輩は「盾の外に出ろ」って言ったけど、その先輩は矢に打たれて死んだ。そんなのを見たら、とてもじゃないけど盾の外に出るなんてできなかった。
気付くと、生きている味方はみんないなくなってしまった。辺りは死体しかなかった。戦いの音は遠くなっていて、もう矢も火も飛んでこなかった。
静かになっても、しばらくは盾の中から動けなかった。動かない足を引きずって、やっとの思いで盾から這い出した瞬間、腕を掴まれた。兵士の鎧には鷲のマークがあった。
そうして私は敵に捕まった。ネチャネチャした声で「女だ」って言いながら私を捕まえた〈王国軍〉の兵士の顔は、チビでブサイクで目が細くて気持ち悪かった。
〈共和国軍〉は負けたみたいで、魔術兵の先輩も捕まっていた。
捕虜になった〈共和国軍〉の女兵士たちはレイプされていた。ニヤニヤ笑う〈王国軍〉の男たちに囲まれ、自分も同じ目に合うって覚悟したけど、魔術兵に対してそれはなかった。
その代わり、魔術兵に対する仕打ちは普通の兵士よりもひどかった。まず、呪文詠唱ができないように手枷と口枷、目隠しをされた。次に魔力抜きのために血を抜かれ、そして毒を盛られた。たぶん、ゆっくりと、死なない程度に生かし続けることが目的なんだろうと思う。
先輩は隙を見て薬を飲み自殺した。あのとき同じようにしてればって思うけど、そのときは呆気にとられて何もできなかった。
それからどこかに連れていかれ、閉じ込められた。錆びた鉄と腐った肉の臭い、鳴り止まない悲鳴と呻き声の声で、ここが牢屋だとわかった。目隠しの隙間から見える世界は暗くて湿っていた。
鉄格子の向こうから私を見るのは人間じゃなかった。獄吏はタコみたいな被り物をしていた。どこかの牢屋にいる誰かは獄吏のことをタコ看守と呼んでいた。
この世界に転生して間もないころ、日本人転生者たちが現地人って呼ぶこの世界の人たちのことを、私は野蛮人だって軽蔑してた。でもそんなことはなくて、魔法学校の人たちはみんないい人だったし、私なんかより頭もよかった。兵士たちは確かに乱暴な奴が多かったけど、私は最後までレイプはされなかった。獄吏も見た目は化け物だったけど、野蛮人ではなかった。というか、明らかに知識階層の人たちだった。
牢屋での日常は淡々としていた。定期的に血を抜かれ、毒を盛られ、少しの食事を与えられた。牢屋から出るとゴリゴリって頭を弄り回された。
もうどれくらい時間が経ったかわからないけど、気付いたら手枷が外れていた。痩せすぎて手枷はスカスカになっていた。目隠しと口枷も外した。ここはやっぱり牢屋だった。そのとき、壁の隙間にあった紙とペンを見つけた。
こんなもの書く暇があったら逃げ出せって言うと思うけど、もう魔力は残ってない。試しに呪文を詠唱したり指先に魔力を集めようとしたけど、ダメだった。でもたぶん、残ってたとしても、逃げ出す気にはなれなかったと思う。
頭がおかしい。血で濡れてる。何か鉄が刺さってる。柔らかい。
上位者はこの世界を「剣と魔法のファンタジーの世界」って言ってた。でも、異世界ってもっと華やかで気軽で楽しいものじゃないの?
どうしてこんな世界に来ちゃったかんだろう。お父さん、お母さん、ごめんなさい。帰りたいけど、また会いたいけど、もう無理だと思う。本当にごめんなさい。
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