第2話 振る舞う勇者
「さてお嬢さん。まずは名前を教えてくれるかい?」
幼い少女を王城に連れ帰り、自室に座らせた。
字面だけ見れば完全アウトだがこの子は魔族だ。
お互いの安全のための保護であり、この子が危険か確認するための質問を開始する。
すると少女はスカートの裾を持ち、丁寧にお辞儀する。
「ごきげんよう、わたしのなまえ、クララ・ウィル・デモニア」
「これはご丁寧にどうも。僕はリスタ・グレイフィール、リスタと呼んでくれ」
「りすた、さま。おぼえた」
言葉遣いは辿々しいがその所作は立派な令嬢、魔族だから人間語に疎いのだろうか。
『デモニア? 此奴まさか……』
(ご先祖様? 何か知ってるのか?)
『いや……わしの勘違いかも知れぬ。気にせず話を進めよ』
頭に響く先祖の声、言われた通り今は気にするのを止めてクララとの会話に集中する。
しかし勘ぐりすぎるのも印象が良くないだろう。
まずは打ち解けるところから始める。
「お菓子は何が好きかな?」
家に連れる誘い文句としてお菓子を提示したところ、手作りお菓子が良いとクララは言った。
そんな経緯もあり、少女は目を輝かせて返答する。
「かぬれ、たべたい」
「あー……うん。美味しいよねカヌレ。でも今から作るのは流石にむずいなぁ」
「むずい?」
「難しい、難易度が高いって意味。カヌレなら半日以上生地を寝かせたいからね」
「おー。むずい、おぼえた」
「ひょっとして人間の言葉は苦手?」
「きく、わかる、なんとなく。しかし、はなす、むずい」
先程から感じていたが人間の国にはまだ慣れていないらしい。
言葉に加えて、無防備に侵入してきたことから国内に魔族検知の結界が貼ってあることも知らないのだろう。
『人間語が不自由、か。この少女、自らが魔族であることを隠す気はないようじゃな』
(だな。となると人間の国に侵入してきたのも本当に買い物がしたかっただけってことか?)
『そうなるのぅ』
頭の中の先祖の言う通り、クララは自らの身分を隠さない。
人間と魔族の間にはお互い不可侵の停戦条約が結ばれているが、この少女は知らないのか?
それともあえてそうしたのか、相手の思考を測りかねていると、またもその口から不可解な言葉が飛び出す。
「りすたさま。なんで、あたまではなす?」
「ん? どういう意味だ?」
普通に会話しているつもりであったため、頭で話すという言葉の意味が本気で分からなかった。
人間語に不慣れな少女は言語化に悩む様子を見せ、言葉を紡ぐ。
「んー……わたし、かんがえごと、みえる。りすたさま、ふたり、かんがえる?」
「かんがえごとがみえる……え? まさか心が読めるってことか?」
「そうそれ。しかし、にんげんご、むずい」
心が読める、そして僕の心の中に見えた二人分の思考。
それは僕自身と先祖、二人の脳内会話が読み取られたということだ。
『これはまずいのぅ。人間語に不慣れとは言え、こちらの目論見はおおよそ看破されているじゃろうし』
(それに僕達の会話も読まれてるってことは、僕が勇者ってことも……)
『あ、バカモノ』
(ん? あ……)
先祖の指摘で自分の失敗に気づくも時すでに遅し。
「りすたさま、ゆうしゃ?」
「うっ……まあ、そうだな」
「そう」
淡白すぎる反応にまたも驚かされる。
(え? 終わり? 魔族に勇者ってバレたのに?)
『ふむ、どうやら現代は魔族も平和ボケしているようじゃな』
脱力しながら思考しているところだった。
ぐきゅぅ、と可愛らしい音が響く。
「くうふく」
「空腹かー。うーん……あっそうだ、シフォンケーキならすぐに出せるよ」
腹の虫を恥もせず素直に申告する魔族の令嬢。
お菓子作りには時間がかかるためすぐに提供できるものを思案し、キッチンへ取りに行った。
「作り置きで悪いけど、どうぞ召し上がれ」
「ん。いただきます」
小皿に乗せられたシフォンケーキとホイップクリーム。
フォークで一口大に削り取り、口内へ運ぶ。
咀嚼し、飲み込み、気に入ったようで目の色を変えてさらにもう一口。
その可愛らしい様子に思わず微笑む。
『一応言っておこう。お主目つきがやばいぞ』
(なんか……もうロリコンでいいや)
『開き直るなバカモノ』
先祖の苦言を気にせず眺めていると、クララは声を漏らした。
「おいしい」
「それは良かった。このシフォンケーキの秘訣は隠し味にあってね。とあるハーブを入れるだけで格段に香り高く……」
「おかあさまの、あじ……」
「そうそう母さんの……って泣いてる!?」
ボロボロと涙を流しながらシフォンケーキを頬張る。
その涙の理由が彼女の言葉のとおりだとすれば……。
「もしかして君のお母さんは……」
「おかあさま、しんだ」
「そう、か……」
情緒のない言葉は人間語に不慣れ故の言葉選びだろう。
母の死を淡白に受け止めているわけではないことは、彼女の表情を見れば分かる。
しかしお菓子を作ってくれた亡き母、か。
「似ているのかもな。僕たち」
「にてる?」
「ああ。僕の母さんもお菓子作りが好きでね。そして……今は君のお母さんと同じ場所にいる」
「あ……」
似た境遇であると感じ身の上話をする。
どうにも重苦しい空気になってしまったが、クララは表情を変えて話しかけてきた。
「おねがい、ある」
「ん? なんだい」
「これ、もちかえる。いい?」
「これって、シフォンケーキ?」
「うん。おとうさまに」
相変わらず言葉が分かりづらいが、このシフォンケーキを父親にも食べさせてあげたいのだろう。
彼女の父親、つまりは彼女の亡き母の夫。
クララ曰くこのお菓子は死した母の味、父にも味わって欲しいと子供ながらに思ったわけか。
「優しい子だな。君は」
「?」
「それは食べていいよ。また焼き直すからさ」
「ほんとう?」
「本当だよ」
そう答えるとクララは嬉しそうに笑みを浮かべ、またお菓子を頬張った。
和やかなおやつタイムの最中、ノックの音が鳴り響き、扉が開かれた。
「リスタ。少し話が……ってそちらのお嬢さんは?」
「あっ父さん。この子は……」
訪問者は父。つまりこの国の王だ。
何の用にしても今は来客がいる。
それも魔族の来客、害の無い存在だと伝えたいがどう言えば……と悩んでいると、その前に少女が口を開いてしまう。
「はじめまして。わたしのなまえ、クララ・ウィル・デモニア」
得意気に自己紹介をする姿はなんとも可愛らしい。
『あ、バカモノ。その名を王に名乗るのは……』
(? 何かまずいのか?)
焦って語りかけてくる脳内ご先祖様。
しかし何の問題があるのか理解できず固まってしまう。
「デモニア……そうか、君は奴の……」
「父さん?」
「……場所を変えて話そう。クララ嬢、申し訳ないがリスタを少しお借りしても良いですか?」
「もんだいない、です」
サムズアップで答えるクララ。
快諾を得た父は僕の手を引き、廊下で話を始めた。
「リスタ。今日結界に侵入してきた上級魔族というのはあの子だな?」
「うっ……はい……」
的確に言い当てられ弁明の余地もなくなる。
家に魔族を招いた。その事実は勇者の行いとしてはありえないもので、王への反逆行為にもなりかねない。
しかし父が僕の行いを咎める様子はなかった。
「そう畏まらなくていい。クララ嬢が人間の街に来た目的は聞いたか?」
「目的? 買い物に来たと言っていたよ。けど魔族侵入の警報で店もやってなかったから連れ帰ったんだ」
「そうだったか。しかし買い物するにしてもクララ嬢に敵意がないことを皆に伝えねばならん。となれば本日中は厳しいかもしれんな」
「だよな……」
父の言うことは最もだ。
魔族侵入の報せは街の住民全てに知れ渡っているのだから、買い物に出るとしてもクララに危険がないことを伝えてからだ。
「そこでだ。クララ嬢さえ良ければ今日は泊まって貰いなさい」
「えっ良いのか?」
「家に上げておいて今更だろう。それに魔族との交流を深める良い機会だろう。勇者の役目は魔族を倒すことではく、民を守ることだからな」
「そういうことなら、早速伝えてくるよ」
「ああ。行ってきなさい」
平和主義というか事なかれ主義というか、ともかく父が過激派じゃなくて助かった。
王からの許可を得て自室に戻り、本人に聞いてみることに。
「クララ。今日は買い物に来たんだよな?」
「うん」
「けど今日はダメみたいなんだ。明日なら買い物に行っても良いらしいからさ、今晩は泊まって行かないか?」
「とまっていく? んー……にんげんご、むずい」
「ああ……宿泊する、かな。この家で夕飯を食べて、寝て、一晩過ごすってこと」
「おー、しゅくはく。おかしは?」
「……食後のデザートも用意しておくよ」
「じゃあ、とまっていく」
なんとか言葉の意味が伝わり安心する。
しかしこのお嬢様、ここでお菓子のおねだりとは想定以上に図太い。
それだけ心を許してくれているということだと良いのだが。
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