作る勇者、食べる魔王の娘

独身ラルゴ

第1話 誘う勇者、釣られる魔王の娘

「「母が死んだ」」


魔王おとうさまは言った。災害に巻き込まれたと」

国王とうさんは言った。事故に遭ったと」


「「けれど、そんな言葉信じられない」」


おかあさまはあの日言っていた。人間の友達に会いに行くと」

かあさんはあの日言っていた。魔族の友達に会いに行くと」


「「父は嘘をついている」」


「人間が憎いとは思っていない。ただ私は……」

「魔族が憎いとは思っていない。ただ僕は……」


「「――――真実が知りたい」」







 魔王の娘として生きてきた。

 

 父が私に求めてきたのは力ではなく礼儀礼節。

 魔族と人間、両方の貴族社会で生きられるよう躾られた。

 所作はすぐに覚えられたが、とりわけ難しいのは言葉使い。

 人間語は癖が強い。敬語の微妙なニュアンスの違いなど覚えられる気がしない。


 日々勉強、苦しい生活の中で唯一の楽しみは母の手作りお菓子。

 ティータイムが好きだった。甘いものが食べられて、母に甘えても許される、そんな甘いひとときが大好きだった。


 そして辛い勉強の時間と幸せなおやつの時間、良い塩梅の日々を送っていた6歳の頃。

 母が事故で死んだ。

 人間の国で災害に巻き込まれたらしい。


 私はショックで塞ぎ込んだ。

 そんな私に対し、父は優しさを見せず一層厳しくなった。


 日々の勉強時間が増え、代わりにティータイムはなくなった。

 辛い時間が増え、幸せな時間が消えた。


 どれだけ望んでもあの幸せはもう帰って来ない。

 母の居ない辛さを紛らすために、辛い時間に没頭した。


 母を亡くして早二年。

 魔王である父から珍しい命令が下された。


「人間の国へおつかいに行ってきなさい」


 拍子抜けするような指令に脱力する。

 しかし人間の国、私はまだ人間語を完全には習得していない。

 あるいは、礼儀の実践教育としてのおつかいなのか?


「畏まりました。お父様」


 いずれにせよ、私に拒否権はない。







 王都の中央に位置する王宮。

 そこに住まうは国王とその息子。

 王の息子は勇者に選ばれた人間だった。


「国の結界内に上級魔族が侵入した。息子よ、勇者として対応してきなさい」

「承知しました。すぐに向かいます」


 父親であり国王の命令に従い、急ぎ準備をして現場へ向かう。

 防具よし、帯剣よし、戦闘準備万端。

 勇者として戦闘訓練も積んだ。

 初めての実践、緊張しながら街中を小走りする。


 そんな胸中でふと頭に声が響いた。


『齢15にしてようやく勇者らしいイベントじゃな。待ちくたびれたぞ』

(……あのさ、集中したいからちょっと黙っててくれないか? ご先祖様)


 心の中で押し問答をする。

 

 勇者の体には二つの魂が宿っていた。

 一つは自分自身、そしてもう一つは勇者の祖先を名乗る魂。

 文字通り勇者に選ばれた人間だった。


 ご先祖様は心の中で無遠慮に話しかけてくる。


『堅いこと言うでない。平和すぎてつまらぬ現代にようやく敵が現れたのじゃ。昂らぬわけなかろう』

(戦闘民族め……僕からすれば戦争とか時代遅れなんだよ)


 昔は魔族との戦争もよくあったらしいが近年は比較的に平和だ。

 争わず、しかし共存せず、人間と魔族の間にはお互い不可侵の条約が結ばれている。


 だからこうして街の魔族侵入を報せる結界が反応したのも久々のこと。


 結界が危険を報せてくれたお陰で街の民は全て屋内に隠れている。

 つまり、外を歩く者が居ればそれは今回の侵入者、魔族だ。


 商店街に入りようやく人影を発見する。

 それが魔族だと分かっているからこそ、目を疑った。


(え、幼女? あれが上級魔族の正体なのか……?)

『ふむ、確かに魔の気配を感じるな』


 可愛らしい小さな女の子が歩いている。

 ウィンドウショッピングでもするように街を見て、人が居ないことを不思議がっている。


 まるでおつかいにでも来たかのような微笑ましい姿、しかしどこか儚げな表情。

 そんな彼女がこちらの存在を認識した。


(来るかっ……)


 剣に手を添え、攻撃に備える。


 しかし少女は躊躇うことなく、ゆっくりこちらに歩いてきた。

 とてとてという擬音が似合いそうな辿々しい歩み、思わずほっこりする。


(なんか……可愛いな。無性に癒される)

『お、わし知っとるぞ。お主ロリコンというやつじゃな?』

(違うわ! てかご先祖様、昔の人のくせによくそんな言葉知ってるな)

『意識だけなら今も生きておるからな。まあお主の性癖はどうでも良いが、警戒は怠るでないぞ』

(分かってるって)


 心の中でツッコミを入れつつ、視線は一点に集中する。


 見た目に惑わされてしまう自分の甘さは十分に理解しているつもりだ。

 しかし、それにしたって敵意を感じない。この子は警戒されていることにも気づいていないのではないか?


 遂に目の前まで来て、少女は口を開いた。


「おみせのひと?」

「僕? 僕は……ただの通りすがりだよ」

「そう……」


 思わず通りすがりなどと嘘をついてしまった。

 しかし少女は疑う様子もなく、ただ落胆するように目を伏せた。


「お嬢さんは買い物にでも来たのかい?」

「うん。おみせ、あいてない?」

「あー……そうだな。まだ開店時間じゃないんだ」

「そっか。じゃあまつ」


 恐ろしいほどに素直で純朴。

 舌足らずな言葉遣いも相まって本当にただの幼女にしか見えない。

 それでも、彼女が上級魔族だと言うのなら見過ごすわけにはいかない。


「お嬢さん。良ければ時間まで僕の家で待たないか? お菓子もあるよ」


 言ってから後悔する。この誘い方、明らかに変質者だ。


『……誘拐は犯罪なのじゃ』

(うるさいな。言葉選びが悪かったのは自分でも分かってるよ……)


 誰が聞いても身の危険を感じるであろう誘い文句。

 しかし目の前の少女は臆すことなく、むしろ聞いてきた。


「おかし、つくれる?」

「ん? んーまあ作れるけど」

「じゃあいく」


 想定外だ。まさか今の誘いで乗ってくる者がいるとは。


(自分で言うのもなんだが、この子大丈夫か?)

『大丈夫ではないじゃろ。犯罪者予備軍を前にして警戒心が薄すぎる』

(誰が犯罪者予備軍だ)


 心の中で非難を浴びながらも、目的は達した。

 街の被害はなく、無害そうな魔族の保護に成功。


「はやく、おかし」

「あ、ああ。行こうか」


 あとはこの子を丁重にもてなすだけだ。


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