第3話 断れない勇者

 夕飯、使用人の料理を父含めた3人で食卓を共にした。


「ごちそうさまでした。ごはん、おいしいでした」

「そうかそうか。クララ嬢のお口に合ってくれたようで何よりだよ」

「でも、おかしがすき」

「食事よりお菓子か。リスタとは趣味が合いそうだな」

「うるさいよ父さん……否定はしないけど」


 僕が母親譲りのお菓子好きであることは父も知っている。

 軽口を返しながら、約束通り僕はデザートの準備をしていた。


「はいどうぞ。食後のプリンでございますお嬢様」

「おー、ぷりん」

「おや、私の分も用意してくれたのか」

「国王だけ仲間ハズレとか、そんな不敬は働けないよ」

「息子をそんな下らないことで罰するつもりはないぞ? でもありがとう」


 3人分のデザートが食卓に並び、自分の分をスプーンで掬い口に運ぶ。

 想定通りの味付け、悪くない出来栄えに満足しながら他の二人の反応を伺う。


「うん。とても、おいしい」

「それは良かった」

「やっぱり、おかあさまのあじ」


 クララは涙こそ見せないものの先のシフォンケーキと同じ反応。

 自分の作るお菓子がクララの母と同じ味付けになる理由は分からないが、満足してもらえてそうなので良かった。

 対して父は、クララの反応を見て呟いた。


「母の味、か。やはり……」

「父さん?」

「いやなんでもない。美味しいよ」

「ん、ああ。ありがとう」


 意味深な納得顔が気になったが、本人がなんでもないというのでそれ以上の詮索は止めておいた。

 






 食事を終え、それぞれ入浴を済ませて就寝の時間になった。


「ここは客用の寝室だから好きに使ってくれていいよ。それじゃ……」


 普段の来客通り、クララを客室へと案内した。

 あとは寝るだけだし別れを告げても問題ないだろうと去ろうとする。

 しかし後ろから袖を引かれ、引き止められる。

 振り返るとクララが不可解そうな顔で問いかけてきた。


「りすた、さま。どこいく?」

「僕? 自分の部屋で寝るだけだけど」

「じゃあ、わたしも、そこに」

「んん? いやいやいや。クララの寝室はここだって言ったよね?」

「じゃあ、りすたさまも、ここに?」

「ええと……一緒の部屋が良いってこと? なにゆえ?」


 聞いてみるとクララは頷き、ねだるような上目遣いで言ってきた。


「きょうは、ひとり、やだ」

「ええ……」


 まるで幼子のようなワガママ。

 拒絶しようにも、袖を握る力が強くなるのを感じ、より一層引け目を感じてしまう。


「あー……分かった。今日はこの部屋で寝るよ」

「! うん。それがいい」


 輝くような笑顔を見せ、客室の中に引き戻された。


『リスタよ。手を出すのは流石に……』

(分かってるよ! けど断れるわけ無いだろあんなの! ……言った通り"今日は"この部屋で寝るよ。深夜日付が変わった後なら約束破ったことにもならないだろ)

『小賢しいやつじゃな。まあわしのも軽い冗談じゃよ。幼子との添い寝くらいなら問題にはならんじゃろうて』


 ご先祖様からのご忠告を受けつつ、クララと共に寝具の上に横になる。

 すると、ものの数分でクララは寝入ってしまった。

 軽く腕を絡ませてきてはいるが、抜け出すのには大して苦労しなさそうだ。


 そんな思考の中、不意に寝言が耳に入る。


「すぅ……かあさま……」


 今日何度か聞いたワード。

 少女の顔を見ると、目尻から一滴の液体を零している。


(母親の夢? そういえばお菓子の味が似てるとかって……ああ、だから"今日は"一人が嫌ってことか)


 ただのワガママだと思って聞き流した少女の言葉、その真意を理解し、考え込んでしまう。

 そうして時間だけが過ぎてゆき……。


『リスタ。日付が変わったようじゃが……』

(そうだよな……けどこれ見て一人にさせたら流石に最低過ぎると思うんだけど。……参ったな)

『……わしも今日ばかりは無粋なことを言うのは止めようかのう』

(そうしてくれると助かるよ)


 ご先祖様からのお許しを得て、部屋から抜け出す体勢を止めにした。

 気を張る必要もなくなったため、眠るためにも目を閉じる。

 左腕に感じるぬくもり、その先端で少女の細い指が絡む気配を感じた。

 無意識の行動かは分からない。

 僕は確認することなく、ただ左手を握り返し、そっと意識を手放した。

 






 翌日、朝食を済ませた後、クララの当初の予定通り街へ買い物に来ていた。


「おー。にんげん、いっぱい」

「王都だからね。この街はかなり栄えてる方だと思うよ」


 昨日の閑散とした風景はどこへやら。

 むしろ昨日店を開けられなかったことが今日の人出に影響しているようだ。


「それで今日は何を買いに来たんだ?」

「はなたば、ばら」

「バラの花束? 誰かの贈り物とか?」


 興味本位で聞くと、少女は優しげな表情で返答した。


「おそなえ。おかあさま、ばらがすき」

「お供物か……じゃあこの街一番の花屋を紹介するよ」

「うん。おねがい」


 それ以上は追求せず、大きなバラの花束を持たせて家に帰った。

 少し申し訳なさもあったので、内緒で半額支払っておいた。







「さて。あとはクララが持ち帰る用のお菓子を作るくらいかな」


 袖を捲くって気合を入れていると、クララは行く手を阻んで声を掛けてきた。


「りすたさま。おねがい、ある」

「お願い? 作るお菓子のリクエストとか?」


 逆に聞いてみたが、クララは首を横に振る。

 彼女の口から出てきたお願いというのは予想外のものだった。


「おかし、わたしのいえでつくる、できる?」

「え? クララの家で?」


 唐突な誘いに返答を迷う。

 魔族の家に行くこと、それがどれほどのリスクかは分からない。


「くる、できない? いそがしい?」

「……いや、急ぎの用はないよ。折角だからお呼ばれしようかな」


 確かにリスクはあるのだろう。

 しかし幼い少女の期待を裏切りたくない気持ちと、どうせなら焼きたてを食べてもらいたいという気持ちが強く出てしまった。

 するとクララは嬉しそうに立ち上がり、僕の手を引いた。


「ありがとう。いこう。はやく」

「そんなに急がなくても……ん? その水晶玉は何だい?」

「げーと」

「げーと……え、ゲート?」


 クララが手の中にある水晶玉を掲げると、目の前に光の扉が現れた。

 手を引かれるままに光の扉を抜けると、そこには別世界のような光景が待っていた。


「ついた。ここ、わたしのいえ」


 自分の国のような緑豊かな風景とは違い、暗い空に荒廃した大地。

 そこに佇む大きな城をクララは指さしている。


「そっか……君の家、魔王城なのか……」


 思い返せば心当たりはいくつかあった。

 魔族、令嬢のような振る舞い、そして心を読める特別な能力。

 その能力は伝承に記されている魔王の能力の一部。

 つまりクララ・ウィル・デモニアは、魔王の血族だ。

 そして現在彼女の家、つまり魔王城に招かれた。


 期せずして勇者は、魔王城へ乗り込むことに成功してしまった。


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