(2)

「今日の撮影現場は茨城に有る工場」

「はい」

 車で移動しながらの打ち合わせだ。

「あと、今日からTVと夏の映画の撮影を並行してやる」

「わかってます」

「で、TVの次のエピソードの撮影も今日からだけど、台本読んだ?」

「……」

「読んでねえのかよ?」

「すいません」

「いつもの事だから、そうだと思ったよ……移動のバス内で読んで」

「はい……」

 そろそろ、チュ〜の額に脂汗が浮かび始める。

 しかし、まだ、地獄の入口から、ちょっと進んだぐらいだ。

「あと、撮影現場の工場、何か、急に休日出勤する人が大量に出たらしいんで……」

「えっ?」

「撮影には協力してもらえるけど、工場の従業員が見てる所では煙草は吸うな。パニックにも成るな」

「そ……そんな……無理っすよ……」

「まぁ、あんたのせいじゃないけど、工場の喫煙所を使わせてもらえるかは、あっちに行ってみないと判んないらしい」

「やめて下さい……」

 チュ〜は力ない声で、そう答えた。

 そろそろ、嫌な予感がしてくる。

 もう症状が出てるのかも知れない。

 チュ〜の奴は、5話目の撮影の時に、鬱とパニック障害を発症した。

 まぁ、4話目の撮影の時点で「台本無くした」とか言い出し……こっちとしては「サボタージュするなら、せめて、もう少し頭を使え」と言いたくなったが……。

 その時点で気付くべきだった。こいつが、おかしくなり始めてた事に……。まぁ、次の撮影からは、あたしも台本をもらう事になったが……もちろん、対処療法でしかないが。

 まったく……。

 嫌だ嫌だ嫌だ、と泣き喚いてくれた方が遥かにマシだ。

 そっちの場合は、本当にヤバい事になる前に兆候ぐらいは把握つかめる。

 こいつの場合は……予告無しに、固まる、過呼吸になる、呂律が回らなくなる、台詞を言えなくなる、表情をコントロール出来なくなる。早い話が、こいつ以外の人間からすると、こいつが突然、演技が一切出来なくなり、しかも、それがいつどんなタイミングで起きるか全く予想不能。もちろん、こいつ本人にとっては、そうなった時には、とんだ地獄のズンドコに突き堕とされてる訳だ。

 車のバックミラーを見ると……後部座席のチュ〜の奴は……目の焦点が合ってないのに目が座っている……という何とも不思議な表情になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る