第29話
カタカタカタ……
狭く灯りのない部屋に、キーボードの音が鳴りひびいている……。
ここは……王都にあるとあるビルの書類庫であった。
精神の腐食を安定させるため、私は今日も「つまらない絵空事」の抽出をおこなっている。悪い妄想も紙に落としこめば児戯のようにくだらないものにみえてくるはず。
考察材料は……、
もしも、あれが幻でも夢でもなかったなら。
「あれ」
エルグがつれさった、まゆかによく似た少女の死体、その一連事象。
あの日……ソピアの生成に成功した前日の夜。
私はまゆかの母親にあったわ。
……彼女はおおきなトラベラーバッグをもっていたわね。大人の体には大きすぎるけれど、子ども一人くらいなら入りそうなサイズの大きなトラベラーバッグ。
くだらない妄想だけれど、あの中にまゆかの死体が入っていたとしたら?
まゆかの母が……じつの娘を殺し、アタマオハナバタケのなかに遺棄したと仮定し妄想をする。
カタカタカタッ……
殺す理由……つまり、動機については、ふたつ候補がある。
ひとつは、母親の加虐がエスカレートし、殺害にまで至った、という物。まゆかは酒を飲む母親から暴力を受けていたらしい。つまりは、ストレスへの捌け口として娘を利用していた。母親は……帝都に移ることの精神的ストレスから、娘を殺した。そういう仮説。
もうひとつの理由として、じつの娘の未来の不幸を回避するため、という物。
まゆかの家は一家そろって帝都に移住することになっていた。帝都は危険な場所で、戦争被害の激震地であり、毎日のように町に鉛の弾の雨がふる。犯罪件数もとても多く、性被害や暴行も横行しているという。私は詳しく知らないけれど、助手君はいわく、帝都にすむ子どもたちが、犯罪に巻き込まれ、言葉にするのも悍ましい手段で殺害されているとか。(子供をいたぶり殺す嗜虐家にその行為は「高価な商品」で、さらに灰汚染のすすんでいない子どもの臓器は高値がつくらしい……)まゆかの母は……帝都にすむことで、娘にふりかかる不幸をとりのぞくため、娘に手をかけたのだ。……顔に傷痕や苦痛の跡が見られなかったことから、毒物を使用して殺害したのかもしれない。
──そして私は二つ目の仮説が適合していると推測している。でなければ、死体遺棄の場として、培養室は適していないからだ。
アタマオハナバタケの培養室に死体を遺棄したのは……──永遠の眠りにつく、娘に良い夢をみせたあげたかったからではないか? 私はまゆかにあの花に備わっている安眠作用と「良い夢をみる力」について話したことがある。まゆかも母に……アタマオハナバタケの効用について話したのではないか? 母はそれをおぼえていて、娘に安寧にそまった夢を与えるべく、アタマオハナバタケに眠らせた……? とか。
カタカタカタ……
(くだらない稚拙な妄想だ……。
私はこの狭く仄暗い書類保管庫に閉じこめられ、狂った妄想物書きにでもなる気なのかね? 痛みはある種の嗜好家にとって麻薬となり得るが、根拠のない妄想を語ったところで乱痴気なオウムとなされ相手にされない。
親が子供に手をかけ「プレゼント」のように花畑を用意する?
花嫁のブーケじゃないんだから……死に際に花でお祝いされても。
人間という動物は、そこまで非合理的かつドラマチックな生き物であったか?
否定する材料はいくらでも浮かんでくるが、この部屋はいささか暗く、そして、退屈すぎる……。
暗い場所、そして、空虚の時間につつまれると、あの少女の死体の顔がうかんでくるんだ……。だから……妄想を言語化して矛盾点をさがしてみる。そうすると、おちつくからね。
でも、たしかにあれがまゆかの死体であった証拠もないが、ソピアの死体である証拠もみつからないのだ。だからこれは終わりのみえない悪夢の袋小路だ……。アタマオハナバタケの見せる作り物の安息の夢とちがい、この現実の世界は暗黒の悪夢で……私は永遠に囚われ、抜け出せない。
まゆかの死体なのか? あるいはソピアの死体なのか?
私はこの薄暗闇のなかで、永遠と妄想しつづける)
ソピアの死体、か……。
そういえば……これはだれにもいっていないことだけど、私はあの日の前日、薬剤をまちがえ触葉薬にオレンジジュースをまぜた。ユニコーンの配合例と一か所異なり、完成したのがソピアのわけだが。
(暗澹たる気分だ……。お日様にあまりあたらないから、ビタミンDが不足しているのかもしれない。だからこんなありえない空想ばかりおもいうかべてしまう)
「本当に……あのオレンジジュース入りの触葉薬でソピアができたのだろうか?」
私は……まゆかのことを考えていると、もうひとつの仮説に支配されてしまう。
それは……触葉薬とユメヒヤシンス……そして「まゆかの体液」がまざったことで、
ソピアが誕生したのではないか?
というものだ。
そう考えたほうがしっくりくるんだ……。
現在、ソピアたちを生成する方法は、同胞の骸、つまりソピアの体液を触葉薬に混ぜることだし。
それなら……やっぱり生き物の体液が媒介となって、他の生き物が生成された、と考える方が自然よね。
まゆかのような……つまり、灰汚染のすすんでいない、最も若い人間の子供の体液を触葉薬に混ぜたことはないし。
人型の魔導生命体がオレンジジュース入りの薬で作られるとは思えないし。
錬金術師の手記はなくしてしまったけれど、人型の魔導生命体を作るなら、やはり人の成分が必要であったのではないか?
(試そうにも、研究所の権利はすでに譲り渡してしまった。ソピアたちに聞けばなにかわかるのかしら?
意思疎通のアプリのおかげで彼らと会話できるようになったけれど……あの子たち、あきらかに私たちのことをバカにしている気がするのよね……。それに斜にかまえている節があるから、素直にペラペラ話してくれるとは思えないわ……)
カタカタカタッ……
(フッ……いろんな賢者が現れたけど、世の中わからないことだらけで反吐が出るわね。なにか癒しが必要だわっ! でもこの部屋にある癒しは……このパソコンのキーボードのカタカタ音くらいっ! あーやっぱできる女はパソコンのカタカタさせナイト!)カタタタタッ
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