第27話

 チュンチュン……


(ン……あれ?

 小鳥が鳴いている。

 もう朝なのね?)


 キッチンには誰もいなかった……。

 助手君はどこにいったのかしら?


(そういえば……昨日、アタマオハナバタケにちゃんと投薬したわよね?

 記憶が曖昧なのよねー。どうやって、研究所に帰ってきたんだっけ?

 それから、まゆかのお母さんにあったような……。

 なんかおかしなことをいっていた気がするわ……。今日のパーティーにまゆかはこれないとかなんとか。

 アタマオハナバタケの花粉のせいで、変な夢をみていた気がする。

 あれは夢だったのかな?)


 だだだだだっ


「博士、たいへんですっ!」


「助手君、どこにいっていたのよっ! 私の朝ご飯は?」


「それどころじゃないんですよっ! 培養室にきてくださいっ!」




「これは……っ!」


 培養室の花畑に、複数の人型の子供が歩き回っていた……。

 彼らは、部屋に侵入した私たちのすがたをみると、目を警戒色にそめた。そして、身を寄せ合うようにして、角のほうへ逃げていった。

 

「まさか……アタマオハナバタケが人の生成に成功したの?!」


「正確には、人ではなさそうです……。額に水色の角が生え、その周囲を光の粒のようなものが纏っているのがみえますか? ……ホラ、その光が、ちかくにいる個体の角と反応して、点滅しているでしょう? 彼らは言語の代わりにあの光を用いてコミュニケーションをとっているのかも。

 人とよく似ていますが……すこしちがう、魔導生命体のようです」


 ピキピキキピキ……

 私たちの方を見ている人型の口元がうごき、培養室に異音が鳴り響いた……。私は耳をふさいだ。交流を図ろうとしているのかもしれないが、その音は私たちには解読できず、害虫の羽音のように不快だ……。


「でも……すごいじゃない。完璧に肉体の縫合が完了し、エネルギーが漏洩せずに活動できているわっ! 凍結効果……つまりユメヒヤシンスの効果がでたってことかしら?」


「いくつかの個体の縫合は失敗しているようです。ホラ、あれをみてください」助手君は花畑の一角を、興奮したようすで指さした。そこには、青色の液体をふきだす、小型の肉塊がころがっていた。近くにあったアタマオハナバタケの葉は、枯れかけ、花は萎れている。


「なるほどね。

 質のよくない花から生成された個体は、縫合失敗しているようね。

 成功した個体を、政府の研究機関にくわしく調べてもらいましょう! この個体たちから配合例のパターンを逆算していけば……きっと、人類を生成することもできるわっ!」


「ハイッ……やりましたっ! まさかぼくたちが人類の救世主になるとは」シクシク……


「フフッ! 涙は人間の生成に成功した時に、とっておきなさい!

 とりあえず今私たちにできることは……。

 生きているこの子たちは保護するとして、失敗個体を回収して、成分の解析を行ってみましょう」

 私はゴム手袋を装着し、大き目のビニール袋をひろげた。


「そうですねっ! にしてもユニコーンを作ろうとしたのに、人型の魔導生命体ができるとは……。あの錬金術師の日記はやはりあてになりませんね……」


「え、えぇ、そうね」(まちがえてオレンジジュースを混ぜたカモなんていえない……)


「じゃあ培養室は広いので、二手に分かれて個体の回収にあたりましょう♪ぼくはこっち側をやりますねっ!」


 そうして……失敗個体の回収をしながら、私はボーナスをもらった後、どこに旅行にいくか考えていた。山はこの前漏らしかけたからNG。なら南の孤島でバカンスをするのもいいカモメ。あー鮫がでてきたら困るわね……。南の孤島、そこに美女(博士ちゃん)とくれば、鮫がやってくるのは当然よね。しかも私、泳げないから、水たまりでも命にかかわるわ。けれどまずは……競馬で作った借金の返済かな? うぅ……世知辛い世の中ね。どうしてがんばった者が報われないのかしら?


 そう思った時だった。


 ヒタっ……


 花畑の隅……壁際に、一層腐敗のすすんだ箇所があった。

 他にも腐敗した花はあった……だがそこだけはレベルがちがっていた。白色の花が黒く濁り、爛れおち、ポタポタと半分液体のようになり、ハエが群がっていた。

 溶けおちた花は、黒色の邪気を宙に放っていて、周囲の空間をそのまま歪ませているようで……私は寒気を感じた。ここは、侵入者を拒んでいる。見てはいけない、ここは、見ない方がいい。本能がそういっている。


 ──何をしている? 離れたまえ。


 なのに、私の体はコントロールが利かない。引寄せられるように、私はそこへむかった。


 じゅるじゅる……


 そして……水を吸いこむような音が、そこからきこえた。


 私は花をかきわけて、その場へむかい、花畑をかき開いた。

「?! ゲホゲホ……」開けた花の隙間から、濁りきった空気が解き放たれ、あまりの悪臭に、私はたまらず咳きこんだ。ハンカチで口元を覆いながら、必死の想いで花畑の中を確かめる。


(エルグっ! どうしてここに)


 そこにいたのは、一体のアンリバイル・エルグだった。エルグはとぐろをまいていて……なにかに巻きつき、食事を行っている最中だった。どうして、培養室に? その疑問は、すぐ横にあった培養室の壁の下方をみて解決した。壁の一部が破損し、大きな穴が開いている。そこからエルグは侵入したのだった。


 エルグは私のすがたにおどろき、獲物をつかんだまま、その穴からはい出ていった。彼の体が穴の外に消えていく時……獲物の顔が、一瞬だけみえた。――裸のままの人型の個体。


(え……まゆか?)


 それは、服を着ていない、裸のまゆかだった……ような気がした。一瞬だったから、確信は持てない。それに、目は閉じられていたから……あの愛くるしい瞳を確認することはできなかった。

(そんな……ありえないわ)そう一蹴するのは簡単だった。けれど、脳裏に焼きついた、その獲物の虚無をまとった顔の残像をとりはらうことができない。


 捕らわれた獲物の体は、エルグに覆われ、そして腐蝕され、ほとんどみえなかった。だから、それをまゆかだと決定づけるものは、なにもなかった。培養室に多く転がっている、失敗個体の雌型である可能性もあった。


 ……なのに、なぜだか、あれはまゆかな気がした。


(でも……そんなはずは、ないわ!

 だって、もしもあれが仮にまゆかであったなら)


 ――だいじょうぶ……彼らは死肉しかたべられない、臆病な分解者なのよ。


(アンリバイル・エルグは……死者しかたべない。

 だからまゆかは……ここで死んでいたことになるわ!

 そんなわけないっ! どうしてまゆかが……死ななくてはならないの?

 どうしてここで死んでいるのよっ! 

 ありえない……っ! ありえないっ! あれは、まゆかなんかじゃないわっ)


「博士~こっちは終わりましたよ~そっちはどうですか~? って! なにしゃがみこんでいるんですか! サボっちゃダメですよ」


 助手君ののんきな声が、意識の外からきこえる。


 視線をかんじた……。

 

(そんなわけないっ!

 夜に見た……まゆかの母の存在、あるいは夢の抽出物が、まゆかは帝都にいったといっていたじゃないっ! ここにいるはずかないの……だから、あれはみまちがい。そうよ、きっとわるいみまちがい。私は昨日、夜遅くに寝て……つかれが抜けきってなかったものね。だから、よくない幻をみたのよ……)


 寒気……。

 無数の視線を感じる……。

 スッゴク気持ち悪い! 胸をかきむしりたくなる! みないで……。

 敵意、憎悪、侮蔑、愛憎、軽視、そして、

 無関心……。

 形容し難い、温度のない、そんな、視線。

 私は顔をあげた。



 培養室のすみにあつまった魔導生命体たちが、冷たい目で私をみつめていた。大型な生命体に手を引かれた、一人の女の子型の目に、一滴の雫が浮かんでいた。私にはそれが、母を失った子供のみせる、悲哀の目にみえた。

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