第26話

「捻挫した足、逆にねじ曲げてみれば治るかしら?」

「……博士がいうと本気か冗談かわかりかねますが、おそらく運転はできるとおもいますっ!」


 私たちは『後ろ指の渓谷』を出立した。


 渓谷の入り口付近では、まだ学生たちが作業をしていた。

「夜なのにがんばるわねー。先に帰るわ。皆、むりしないようにね」

「ハイ! ぜひまた遊びに来てくださいっ!」

「ところで湿布を持っていないかしら? ア、頭に貼るわけじゃないのよっ! 頭に湿布を貼って賢くなればいいけれど、そうじゃなくて……この運転手が捻挫しちゃったのよね。利き足じゃないからそれほど支障はないとおもうけれど……」

「アっ! それなら救急箱にありますよ♪ねー誰かもってきて」




 女学生が届けてくれた湿布を足首に貼ると、助手君は死力をふりしぼって、研究所まで運転してくれた。人間やればなんでもできるものね……。今度、不眠連続記録のテストを助手君で試してみようかしら? まぶたが落ちそうになるたびに……フフ、熱した針で助手君の愛らしいお腹をツンツンしてあげるの♡あまり知られていないけれど、お臍には神経がたくさん通っているから……ぐふふふふ……♡


 ま、そんなくだらないジョークは置いといて、大急ぎでユメヒヤシンスを触葉薬に調合しましょうっ!

 明日の昼にはまゆかを送るパーティーがあるから……ユニコーンを見せるなら、今晩がんばるしかないわっ!


「博士、がんばりますね~……ぼくは運転疲れたので、先に寝てていいですか?」


「えぇいいわっ! 私は車のなかで寝ていたから……もうすこしがんばるわっ! 

 助手君、運転お疲れ様っ!」


 それで。私は調薬室に籠ったんだけど……


(んーあれだけ寝たのに、まだ眠いわね……。

 もう、深夜だもんね。寝ずの番をしている、野犬の遠吠えが、どこか遠くからきこえる……)

 ウトウト……がばっ!

(今ちょっと気絶してたっ! このままじゃ寝ちゃうっ! そうだわ……っ! コーヒーを飲みましょうっ!)


 コーヒーを作るためにキッチンに戻ったけれど、もう助手君は寝ていた。


(困ったわ。叩き起こしてもいいけれど……助手君ってば発情期の猿だから、夜這いとかん違いしそうよね。自分で作るのは……ンー、この前自分でコーヒー淹れようとしたら、コーヒーサーバーを壊してしまったのよね。しかたない、ここはオレンジジュースで我慢しましょう!)


 コポコポコポ……


 よし、オレンジジュースをついだし、今度こそ準備完了っ!

 えーっと、ユニコーンの配合素材は……。

 これと、あの薬液と、あの植物の根と、栄養剤と、あの薬剤と……。

 それに……ユメヒヤシンスもあるわねっ♪

 ア……フライパン(叩く用)を忘れていたわっ!


 さて準備もできたし、調合していくわよっ!


 がちゃがちゃ……

 ゴソゴソゴソ……

 ビービーッ……

 がちゃんこがちゃんこっ!

 シュボッ! ボボボボボボッ……

 コポコポ……

 バゴンバゴンッ!!

 ↑調合中……


(はぁ……はぁ……眠くなってきた……。

 でも、あとはこのオレンジ色の薬剤を注入して……五分蒸らせば完成ね)


 コポコポ……


(ふーっ完成♪

 さてと、ちょっと一息つくためにオレンジジュースのもーっと♪)ごくごく……

(おえっ?!)ぶーーーーーっ


「ゲホゲホ……これ、オレンジジュースかとおもったら、触葉薬の薬剤じゃない!

 神経感覚を沸騰させる作用があるから……急いでゆすいで、吐き出さなきゃ……、廃人になってしまうわっ!」ダダダダダッ!


 私はトイレにいき、喉に指をつっこみ、胃の中身を出した……。

↑作者より 先程の調合シーンの通り情景描写には力を入れていたつもりですが、吐瀉シーンの描写は、よくよく考えた結果、彼女の名誉のため伏せさせていただきます。ご了承ください。


(ハァハァ……死ぬかとおもったわ。

 アレ……てかさー、さっき飲んだのが薬剤なら、触葉薬に投入したのってオレンジジュースだったのかしら?)


 ……。


 まぁ、たぶん大丈夫でしょう……。←現実逃避

 それにーオレンジジュースと薬液の色が似すぎてるのがいけないんだしー、

 私が悪いんじゃないしー、

 もう予備のユメヒヤシンスもないしー、

 眠いしー、

 なので……、


 諦めようっ!


 なぜ人類は強靭な牙や爪を持っていないのに、生態系のトップに君臨しているか知っている? それはね、理不尽な勝負事に対し、深追いをせずに諦めるというカードを切れたからよっ!


 それに、せっかく採取したユメヒヤシンスを無駄にしたなんて助手君にバレたら、また雷が落ちるわっ!

 さーて、じゃあ~アタマオハナバタケに投薬しに行こ~っと♪


 眠い目をこすりながら、培養室にまで歩き、触葉薬入りの水をアタマオハナバタケにあたえた。ア……スプリンクラー、タイマーが切れたのか、止まっている……。水滴が、ポタポタ……。けれど、靴は土によく沈む。私たちが出かけている間に雨がふったのか、土は湿っている様子だった。灰をふらせる雲のすき間から、月灯りがこぼれ落ちている。サーと適度な風が吹き、余分な灰を払いとっていく……そんな深夜帯。アタマオハナバタケは、心地よい夢でもみているのか、気持ちよさそうに花びらをゆらしている。光量も土の具合も良好だ……これなら、明日朝にはなにかしらの生成が行われるだろう。


(さー帰って寝るわよ……ふぁぁ、今日はよく働いたわね。この研究室に来てから、一番働いたんじゃないかしら?)


 そうして、あくびまじりに培養室をでた時だった……。

 ザザッ……

 ちかくの草むらがゆれうごき、大樹の影から、何者かが現れた……。


「おかえりなさい」


「ええっと。アナタは?」


「おひさしぶりです……まゆかの母です」


(夜のアタマオハナバタケの花粉を吸いすぎた。眠い……)

「あぁ……まゆかのお母さま」


「フフ……まゆかのいう通り、ここに咲く花は、夢幻でみるかのような美しさですね。しっかり目を開けてなければ、夢と見分けがつかないかも」


「……?」

 まゆかの母は……その手に大きなトラベラーバッグをもっていた。コロのついたバッグを、コロコロとひきずり、私の方に歩いてきた。

「ええっと……まゆかに伝えておいてください。明日のパーティー楽しみにしていてくれ、と」


「あぁ……それなんですけど」

 彼女は私の前で立ちどまった。トラベラーズバッグももちろんのこと、止まるのだが、


 ガンッ!


 と……重い物が内部でぶつかったのか、そんな鈍い音を鳴らした。


「まゆかはこれません」


「え……?」


「本日……旦那が帝都行きの格安航空券をもって、家にきたのです。本日限りの航空券でしたから……まゆかと旦那だけ、先にむこうへいったのです」


「……そう、ですか」


「私はまゆかのことを言づけるため、こうして夜、ずっと待っていたのです。

 まゆか、あなたにお礼をいってましたわ。

 今まで遊んでくれてありがとう、パーティーにいけなくて、ごめんね。

 と」


「……」ウトウト……


「フフ……博士さん、お眠みたいね。

 早く研究所に……ベッドに帰った方がいいわ。

 心地よい夢があなたを待っている……。

 私はもう少し……この花を見ていこうかしら? そうしたら夢の余韻をつれて……空を飛ぶことができるかもしれない。

 もうすぐ夜も明けるわね……朝一の格安割の飛行機で、飛び、私は帝都にいくのよ。悪夢の待っている、帝都へ……。安寧の夢は必ずいつかは覚めてしまうけれど、果たして悪夢もいつかは終わるのかしら?

 …………

 わずかな、朝陽が遠くにみえる。

 だから、もう、私だけでも……ずっと起きていた方がいいわね」

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